客人の特性と先生の生業 1
美名とクミとはヘヤの目貫通りにいた。
昨晩は、労働の対価で得た収入で宿を取り、夕食には獲れたての魚を、今度は火の通った調理で堪能し、町の家々の灯で幻想的に映し出される古の防護壁に見惚れ、埠頭際で「ラ行・明光」の漁の光を眺めながら散歩をし、ヘヤという町の夜を満喫したふたり。
深い眠りのあとに朝を迎えたふたりは、宿を出、つい先刻に幻燈の大師の室に顔を出してきたばかりである。
「今度来たら、ペッちゃんさんとも食事したり、ゆっくりおしゃべりしたいなぁ」
「年近いからか、すっかり仲良くなってたわね。にしても、その『ペッちゃんさん』って面白すぎてキケンだから、やめて」
「だって、私の名づけ師様だもの。呼び捨てにはできないわ」
「うん……? うん、うん?」
うんうん唸りながら隣を歩くクミに美名は勘違いしたらしく、小さな友人を見下ろして、「大丈夫?」と訊ねる。
「お腹の火傷、痛いの?」
「ン? あ、ああ、大丈夫よ。毛が少し焦げたくらいで、元からそんなにヒドくはなかったから。貰った薬も塗ってるし」
大師の室に向かう前に、美名とクミとは教区館内の「他奮手」を訪ねていた。目的は、先日の船上襲撃の際に負った、クミの火傷の治療のためである。
だが、ここで予想外のことが起きた――というより、「起こらなかった」。
「それにしても、私に魔名術が効かないみたいだってのは、新しい発見だったわね」
クミが「客人」であると事情を話して、ヤ行の魔名術者に「治癒力強化」の魔名術を施してもらったところ、彼女の黒毛の中の小さな「禿げ」に、一向に黒毛が生えてこなかったのだ。
「治癒力強化」をはじめ、「他奮」の対象は動物全般である。事実、その術者も教徒の愛玩動物を治癒してきた経験が多かった。
それであるのに、クミの身体に「治癒力」が強化される兆候はまったく現れなかったのだ。
探求心が強いためか、自尊心を立て直すためか、ヤ行術者は同僚や周囲の魔名教徒をかき集め、少し呆気にとられはじめた美名とクミとを相手に「魔名術の検証」を始めた。
そうして、以下のような結果が得られたのである。
【クミには効果なし】
「カ行動力」による「押引」――対象を動かす魔名術。クミの身体は毛ひとつ微動だにしなかった。ただし、彼女が首に提げている「指針釦」は揺り動かせた。
「タ行使役」による「伴子」――術者の移動に付き従わせる魔名術。クミの意志も、身体も、無反応。
「ナ行識者」による「色見」、「色変」――対象の色味を数値化して正確に知れる魔名術と、変色させる魔名術。クミの体毛への術がけで、どちらも効果がなかった。
「マ行幻燈」による「癇起」――対象を由なく苛立たせる魔名術。クミは呑気に欠伸した。
【間接的に効果あり】
「カ行動力」による「発温」、「発冷」――対象の温度を温める、冷やす魔名術。この術にかけられた水の熱さ、冷たさをクミは感じることができた。
「ラ行波導」による「奏音」。「クミの口内で発音」という条件で不発となったが、これまでもそうであったように、クミと関係ないところで発音された音は聴き取れる。
その他、「抜け落ちたクミの毛」を対象とした、「押引」、「色見」、「色変」は効果があった。
【検証により得られた推論】
クミには、「直接影響を与える」魔名術、「情報を知る」魔名術は効果がない。ただし、クミの身に着けている「装飾物」、彼女を離れて「物体」となった体毛などには効果がある。また、魔名術によって引き起こされた現象、環境の変化には影響を受ける。
「得なんだか、損なんだか、よく判んないわよね」
「迂闊にケガできないってのは間違いなく損してるよ」
「美名が言うと説得力あるわ……」
そこで小さなクミは、小さな記憶を思い起こした。
「……もしかすると、クシャの教会堂師の魔名術を受けた時、私に静電気が起こらなかったのはこのせいだったのかなぁ」
「あぁ、『波導』使いの雷の力ね」
「これが、『客人』だからなのか、『ネコ』だからなのか、『私』だからなのかで、またちょっと違ってきそうな気もするけど……」
ちょうどその時、ふたりはヘヤの町を断絶するようにそびえる白壁の前まで来ていた。
その袂に設けられ、ヒトの往来激しい巨大な門を潜ると、美名は「コッチ」と脇道を指差す。
「……町を出るんじゃないの?」
「ちょっと、寄っておきたいトコロがあるの」




