海霧と火球の雨 1
漁船はヘヤへの帰港のため、海を走る。
甲板の上では、大漁を祝した小さな宴が開かれていた。
「んんんぅ! これよ、これぇ! コレが食べたかったのよ!」
「……お魚の身がジュワってするね!」
「がぁっはぁ! 食べろい、食べろぃ!」
酒が入り、少しだけ顔を赤らめた禿頭のゴウラが、漁船ならではの新鮮な洋上料理をしきりに勧める。
「刺身になめろうに……くぅう! 私もお酒飲みたぁい!」
「おぉっと、クロにはダメだ! これはヒト用のクスリだぁ!」
「今、一番知りたいコト! ネコにアルコールはオッケーかどうか! この身が憎いわッ!」
「お酒ねぇ……」
美名が、羨まし気な目を舟番頭の傍らの酒瓶に向ける。
「おぉっと、美名ちゃんにもダメだ! これはオトコ用の活力水だぁ!」
「ゴウラさんは独り占めしたいだけじゃないの……」
「いいもん! 私、お酒でふらついちゃうの、苦手だし!」
頬を膨れさせた美名に、船上で笑いが起こる。
「しっかし、これだけ大漁だとモモ大師もいい稼ぎよねぇ……。大師の副業ってところかしら」
「何言ってんだい、クロは! モモさんなんて、そこらの舟主と違って、舟貸金なんか抜いていかねぇんだぞ?」
「そうなの?」と目を丸くするクミ。
「漁の成果を三、四尾分けてくれるだけでいい、あとは全部俺らの稼ぎにしていいって約束でずぅっとやってくれてんだ! 漁の間に起きた事故、ケガ、不幸にも遺されちまった家族、全部手厚く面倒みてくれるしなぁ! この船でカネ貯めて、自分の船で独立した漁師もここ二十年で何人もいるんだぜぇ!」
「へえ。あの一筋縄でいかなさそうなモモ大師が、そんな人格経営をねぇ……。って二十年?!」
目をより一層丸くして驚くクミ。
その勢いに舟番頭もたじろぎ、酒を零す。
「二十年って、モモ大師がずっと、二十年間、舟主だってこと?」
「あぁ、あ、そうだよ。そう言ってんじゃねぇか」
「じゃあ彼女、一体何歳なのよ! どう考えても二十代……それも前半くらいにしか見えないのに!」
美名は親愛なる大師の姿を思い浮かべる。
確かに、妖艶で老獪な雰囲気はあるが、見目はクミの言う通り、自分より少し上くらいかと思われた。
「さ、さぁなぁ? 二十年間ずっと、あんなカンジで若々しいお方だからなぁ。それとなぁ、船を持ってんのは三十年以上だぞ? 二十年ってのは俺がこの船に乗ってからのことだからなぁ」
「さ、三十年……。怖ろしいわ……。幻燈のモモ大師……」
慄き震えるクミの様子を、海の男たちが笑い飛ばす。
「居坂には、まだまだ判らねぇコトがある! 不思議なコトがある! それがヒトの旅路を楽しくさせんのよぉ!」
「楽しい旅路かぁ……」
美名が呟いたその傍の小さなクミが、それまでの「大師の若々しさの不可解」に対するものとは別の、ぶるりとした身震いをした。
「なんか……、寒くなってきてない?」
「……ン?」
酒酔いのため、夢見心地の顔で周囲に目を向けたル・ゴウラは、表情を一変させた。
彼は立ち上がり、叫ぶ。
「こりゃマズい! 帆上げろぃ!」
手下の漁師たちも立ち上がり、甲板上は一気に騒がしくなる。
「……霧?」
美名とクミも周囲を見渡す。
人格経営者が舟主の船は、それまでの水平線まで届く眺望を見失っており、いつの間にやら白く靄がかった霧の中にあった。




