早朝の埠頭と漁民たちの喧騒
「ふぅわぁあ……」
美名のあとに遅れながら、黒毛のクミはその歯牙を惜しみなく披露する欠伸をした。
「まだまだ眠そうだね、クミは」
「毎朝のトレーニングで慣れてる美名とは違ってねぇ、私はネコよ? ネコは眠ることを宿命づけられた悲しい生き物なのよ? それを、こんな朝早くから、あのモモ大師は……」
「ふふっ。モモ姉様がせっかく紹介してくれた仕事だもの。頑張ろうよ」
美名とクミは早朝のヘヤの埠頭を歩いている。
前日に『仮名』を授かった美名は、幻燈の大師、モモノと「附名」の魔名術者、カラペから、衝撃の事実を聞かされた。
『美名嬢、「仮名」を頂いたってことは……「教税」を支払わなければならんよ?』
『五百円になりまーす!』
美名とクミは口が開いてしまった。
「魔名教会」の財源は大きくふたつある。
教徒からの自発的な贈与の「教布施」と、魔名教会が徴収する「教税」。
「教税」の方ではさらに、教会が提供する勤仕を利用した「代金」としてのものと、定住する地区の教会に納める「定期支払」のものがあるが、いずれも額としてはさほど大きくはない。
今回の「仮名授与教税・五百円」といえば、美名とクミのふたりで少し贅沢な昼食が摂れる程度である。
だが――。
『払うと……完全に路銀が……』
『消え去るわね……』
ふたりの金欠を笑い飛ばしたあと、ヘヤという港町の首長といってもいい幻燈の大師が、仕事を斡旋すると言ってくれたのだ。
『アタシが立て替えてやってもいいんだけど、美名嬢はそういうの気にしそうな性格してるだろう? ヘヤを発つ前にひと稼ぎしていきなよ。明日はちょうど、稼ぐにはいい機会だ。口利いてあげるよ。多少の色もつけるようにねぇ』
『……ありがとうございます!』
『美名、頑張ってね!』
『何言ってんだい、クミネコは。アンタも行くんだよぉ。美名嬢との比翼を自負してるんだろう?』
『うぅ……』
そういう経緯のため、昨晩の宿である教区館内の客用室――これと夕食ばかりは大師の勧めに甘えた――を早くに出て、漁港まで来たのだ。
「それにしても、朝早いのに活気あるわねえ。これぞ、港ってカンジね」
港に近づくにつれ、軽装で、筋骨たくましい男女の姿が多く見られるようになった。いずれのヒトも大声を張り上げ合いながら、漁具の点検をしたり、それらを船に積み込んだり、気忙しく動いている。
彼らの邪魔にならないよう、埠頭の端を歩きながら、ふたりは目的の船を探した。
「あれかしら?」
埠頭の先端近く、美名は一艘の木造船を指差した。
居並ぶ船の中でも特に目立つ、色とりどりに船体が塗りたくられた帆船。
幻燈の大師が私的に舟主となっている、漁船だった。
「モモ大師の破滅的な色彩センスはどうにかならないものかしら……」
美名たちはさらにその船に近づく。
船内ではせかせかと、人々が立ち働いている。
「すみません」
一番手前で、選り分けるようにして漁具を木箱に、細やかに収納していた、日焼けで肌が濃い禿頭の者に美名は声をかけた。
「……ン? おぉ、来たか!」
埠頭の上の美名とクミの姿を認めた壮年の男は、前歯をひとつ欠かした、闊達そうな笑顔を見せた。




