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真名神代伝  作者: ブーカン
第一章 魔名なき者たち
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早朝の埠頭と漁民たちの喧騒

「ふぅわぁあ……」


 美名のあとに遅れながら、黒毛のクミはその歯牙しがを惜しみなく披露する欠伸あくびをした。


「まだまだ眠そうだね、クミは」

「毎朝のトレーニングで慣れてる美名とは違ってねぇ、私はネコよ? ネコは眠ることを宿命づけられた悲しい生き物なのよ? それを、こんな朝早くから、あのモモ大師たいしは……」

「ふふっ。モモねえ様がせっかく紹介してくれた仕事だもの。頑張ろうよ」


 美名とクミは早朝のヘヤの埠頭ふとうを歩いている。

 前日に『仮名かな』を授かった美名は、幻燈げんとうの大師、モモノと「附名ふめい」の魔名術者、カラペから、衝撃の事実を聞かされた。


『美名嬢、「仮名」を頂いたってことは……「教税きょうぜい」を支払わなければならんよ?』

『五百円になりまーす!』


 美名とクミは口が開いてしまった。


 「魔名教会」の財源は大きくふたつある。

 教徒からの自発的な贈与の「教布施きょうふせ」と、魔名教会が徴収する「教税」。

 「教税」の方ではさらに、教会が提供する勤仕きんしを利用した「代金」としてのものと、定住する地区の教会に納める「定期支払」のものがあるが、いずれも額としてはさほど大きくはない。

 今回の「仮名授与教税・五百円」といえば、美名とクミのふたりで少し贅沢な昼食が摂れる程度である。

 だが――。


『払うと……完全に路銀が……』

『消え去るわね……』


 ふたりの金欠を笑い飛ばしたあと、ヘヤという港町の首長といってもいい幻燈の大師が、仕事を斡旋あっせんすると言ってくれたのだ。


『アタシが立て替えてやってもいいんだけど、美名嬢はそういうの気にしそうな性格してるだろう? ヘヤを発つ前にひと稼ぎしていきなよ。明日はちょうど、稼ぐにはいい機会だ。口利いてあげるよ。多少の色もつけるようにねぇ』

『……ありがとうございます!』

『美名、頑張ってね!』

『何言ってんだい、クミネコは。アンタも行くんだよぉ。美名嬢との比翼ひよくを自負してるんだろう?』

『うぅ……』


 そういう経緯のため、昨晩の宿である教区館内の客用室――これと夕食ばかりは大師の勧めに甘えた――を早くに出て、漁港まで来たのだ。


「それにしても、朝早いのに活気あるわねえ。これぞ、港ってカンジね」

 

 港に近づくにつれ、軽装で、筋骨たくましい男女の姿が多く見られるようになった。いずれのヒトも大声を張り上げ合いながら、漁具の点検をしたり、それらを船に積み込んだり、気忙しく動いている。

 彼らの邪魔にならないよう、埠頭の端を歩きながら、ふたりは目的の船を探した。


「あれかしら?」


 埠頭の先端近く、美名は一艘の木造船を指差した。

 居並ぶ船の中でも特に目立つ、色とりどりに船体が塗りたくられた帆船。

 幻燈の大師が私的に舟主ふなぬしとなっている、漁船だった。


「モモ大師の破滅的な色彩センスはどうにかならないものかしら……」


 美名たちはさらにその船に近づく。

 船内ではせかせかと、人々が立ち働いている。


「すみません」


 一番手前で、選り分けるようにして漁具を木箱に、細やかに収納していた、日焼けで肌が濃い禿頭とくとうの者に美名は声をかけた。


「……ン? おぉ、来たか!」


 埠頭の上の美名とクミの姿を認めた壮年の男は、前歯をひとつ欠かした、闊達かったつそうな笑顔を見せた。

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