少女の仮名と別の可能性 1
「おお! ホントに漢字の『仮名』が名づいてる! スッゴ!」
「附名」魔名術者、ウ・カラペは自身の成果を確かめるために「ア行・読名」を美名に施すと、驚喜の声を上げた。
「……『美名』は『仮名』になっておりますか?」
「うん、うん! バッチシ! そっかぁ、漢字でもいいんだぁ……」
美名と小さなクミは、お互いの顔を見合わせ、ほころばせた。
「幻映」の術から戻ってすぐ、美名は「美名」の名を「ア行・渡名」により授けてもらったのだ。
術の失敗を「附名」魔名術者は心配したが、「漢字」での「渡名」は滞りなく完遂した。
「……アタシも自分では枠外と思ってるトコロがあったけど、どうもイケないねえ。囚われていることを自覚できないものが、多いもんだ」
「……本部に問い合わせなくてよかったんですか? 『漢字の個人名』の許可、モモ様の一存なのでしょう?」
「構いやしないよ。どうせ、こういうのに目を剥くのは司教サマさ。目玉なんか、落ちるほどに勝手に剥けさせとけばいい。ペッちゃんはいつも通り、美名嬢の『渡名実績報告書』を作ってアタシに上げればいいさ」
「美名姉様に『幻映』をかけた件は……?」
「報告するなり、噤むなり、ペッちゃんの好きにしな」
「私がどうするか……モモ様は判って言ってるのがズルいわよね」
ウの魔名術師と幻燈の大師のやりとりを見上げ、小さなクミは思う。
(魔名に漢字は使わない……。私の……日本人の感覚でいえば、自分の子どもに『アルファベッド』の名前をつけるって感覚かしら。そうしようと考えついたこともない、想像の外……)
そうしてつと、ひとつの疑問が湧いた。
(どうして、私と――日本語と、居坂の言葉は全くと言っていいほど同じなんだろう。不思議な力みたいなのがあって、口頭会話は自動翻訳されてると解釈しても、目で見る文字も一緒だしなぁ……)
「……モモ姉様、ペッちゃんさん、本当にありがとうございました」
美名が述べる礼に思考を中断され、クミは彼女を見上げた。その心中には、少し複雑な想いがある。
「幻映」から戻った美名の顔が晴れやかになっていたことにはクミも喜んだ。
だが、美名と幻燈の大師のお互いの呼び名が変わり、大師に対する彼女の態度に明らかな親密さが加わっていたことに、小さなクミの心は多少なりとも揺さぶられたのだ。
(やぁね……。いいトシなのに、「大好きな友ダチが自分の知らないヒトと仲良く喋ってる」みたいな、このカンジ……)
向けられているクミの視線を見つけ、幻燈の大師は意味深げに微笑みを返した。
(……なんだか見透かされた気分。さすが、「マ行幻燈大師」――「心のスペシャリスト」ってところよねぇ……)
「その子も、報告しなくてよいのですか?」
マ行大師とクミが、傍目には見つめ合っているようになっているのに気付いて、カラペは訊いた。
「『客人』の報告義務のことかい?」
「ええ、そうです」
「するもんかい。したところで、妬くほどに睦まじい美名嬢から引き離すことにもなりかねない。アタシはこの子らに恨まれるのはゴメンだよ」
(ゲッ……)
「やく?」と少しだけ首を傾げた美名だったが、つと居住いを正し、「モモ姉様」とかしこまった。
「『客人』が『神世』に帰る術を、ご存知ないでしょうか?」
「……それが、美名嬢が『訊きたいコト』のふたつめかねえ?」
「はい」
モモノは唸るようにしながら、ぼんやりと宙を見上げる。
「あいにく、知らないねえ。なんだい、クミネコはおウチに帰りたいのかい?」
小さなクミは口を尖らせて、「そうよ」と答える。
「帰れるものなら、帰りたいわよ」
「居坂もいいところだろう? ゆっくりしていけばいいのに」
「いつでも帰れることが判ったなら、ゆっくりしますわよ」
「クミネコ、つれないねぇ」
大師は美名に向き直ると「司教さね」と言う。
「アタシら、教区の管理を任されている大師には直命が出ている。『教区内での客人の存在を確認次第、報告。身柄の確保に努め、司教に供ずること』ってね。『客人』ってのは、まるで罪ビトさぁね」
「……『客人』を、司教の許に集めているのでしょうか……?」
「集めるってホドじゃあない。記録がないから判らんがねぇ、少なくとも、アタシが大師に就いてからは、クミネコしか『客人』は現れていないはずだ。そんな『客人』について何をか知っているとしたら、魔名教内では司教以上――司教か教主かってコトだろうねぇ」
美名は目を瞠る。
魔名教会では、「輩の筆頭」として「司教」という役職と、「魔名教という集団の象徴」として「教主」という役職があり、このふたつが魔名教会の首長である。
名目上は「教主」が「司教」より上に置かれるのだが、魔名教会の運営、実務全般は司教が管理するため、権力としては同様に等しいというのは居坂の周知事実である。
このふたつの下に、「十行大師」が置かれ、各部の長が置かれ、教会師が属され……となるのが魔名教会という組織のおおまかなのである。
「クミのことを……『客人の世界への帰り方』を調べるには、そこまで上に行かないといけないのね……」
「ホラね。ゆっくりしていけってことさ。最悪のところ、クミネコは煮られて焼かれて、司教サマと教主様の夕食に出されちまうのかもよ?」
憎まれ口を叩くモモノに、クミも歯を剥いて対抗してやった。
「あの、モモ姉様。もうひとつ、訊いてもよろしいですか?」
「……ン?」
顔を美名に向けた幻燈大師は、嬉しそうにニンマリとする。
「いいねぇ。遠慮がなくなってきてるってのはいい兆候だよ」




