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真名神代伝  作者: ブーカン
第一章 魔名なき者たち
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名のない少女と神代の遺物 4

 だが、突き出された男の拳が少女の身体を捉えることはなく、ただ何もないくうをかすめるのみ。


「な、……ど……ぁッ?!」

 

 男は当惑の声を上げたが、次の瞬間には地に倒れていた。

 おそらく意識も失ったのであろう。うめき声ひとつ漏らさず、身じろぎひとつせずに臥せている。「魔名術」の効果が切れたのか、上半身の(みなぎ)りは、空気の抜けた紙風船のようにしぼんでいく。

 貧弱になった首筋には帯状の赤い腫れがあり、その衝撃が男をこんな事態に陥らせたのは明らかだった。

 そして、倒れた男の陰で、抜き身を下げ持って立つ銀髪の少女――。


「ヲオエン?! こ、この餓鬼がき……」


 残るふたりの男が、そろって少女を睨みつける。

 ふたりともが右手を少女に突き出すと――。


「カ行・ほむら矢!」

「タ行・根走ねばしり!」


 「魔名術」を詠唱する。

 直後、「カ行」の男の手からは火炎が飛び出し、「タ行」の男は足元から、周囲の木々の根先を、地面をえぐりながらほとばしらせる。火炎も根も、少女に真っ直ぐに向かっていく。

 だが、標的となっている彼女は慌てる様子もなく、手に持つ刀剣を、ゆっくりと前に突き出した。


「な、何ッ?!」

 

 男たちを戦慄が襲う。

 空気を焦がそうかという火勢が、槍の穂先のような木の根が、ともに少女を捉えたと思われた瞬間、少女の刀剣の切先を裂け目にして、真っ二つに割れたのだ。

 銀髪を揺らし、当然とばかりに薄く微笑を浮かべる少女に、男たちは戦慄したのだ。

 

「な、なんだ? その剣は?!」

「これ?」


 少女はあらためて、自身の持つ得物をうっとりとでもするように眺める。


神代じんだい遺物いぶつかさがたな。あいにく、刀身全部じゃなくて、切先だけね」


 男たちはそれを聞くと、明らかにたじろいだ様子を見せる。


「い、遺物って……」

「あ、アレだろ? 『混沌大戦』以前に主神やら十行大神じっぎょうたいしんが使ったって言われてる、神話上の武具や装飾品の総称……」

「実在したのか……」


 男のうち、ひとりの瞳からは戦意が失われたようだったが、もうひとりは逆に、その眼光の鋭さを増した。相手は一歩、少女に向けて前にでる。


「お、おい? グノ?」

「へへっ……。『教会師からの紹介』に、『客人まろうど』に、『遺物』だ……。金になるモンばっかだ。今日はツイてるぜ」


 男はニタリと笑うと、頭上で両腕を組んだ。


「カ行・焔柱ほむらばしらァ!」


 その叫びとともに、男の両の手のひらから炎が起こり、渦を巻きながら少女に向かう。

 少女はさきほどと同様に剣先を炎に向けたが――。


「なにッ?!」


 自身の身体をすっぽり覆ってしまうほどの火勢に、少女は自ら飛び込んでいく。

 術を放った本人でさえも驚いたが、次の瞬間の光景に、男はさらに驚かされた。


「なんだとッ?!」


 炎を切り裂くようにして、少女が男の目の前に姿を現したのだ。


「がッ?!」

「え? え……、グッ?!」


 彼女は男とのすれ違いざま、その首元に尋常でない速さで刀を「打ち据えた」。そこで留まらず、及び腰になっていたもうひとりの「タ行」の男にも、さらに刀を「打ち据えた」のだ。


「ふぅ」


 少女のため息を合図にするかのように、男ふたりの身体はあえなく地に沈んだ。

 懐から質素な紙を取り出すと、少女は刀身を拭う。そうしてから、腰の鞘に納めた。


(また、やっちゃった……)


「すごい、スゴーイ!」


 少女が思いふけりそうになるのを、嬉々とした声が阻んだ。


「アナタ、強いのね。助けてくれて、ありがとう」

「あ、そうだった……」


 少女は視線を下ろす。

 「タ行」の男が、閉じ込める目的で作ったのであろう木の根の隘路あいろの中で、黒毛で四つ足の獣が少女を見上げている。

 長くしなやかな尾を揺蕩たゆたわせ、左右で色の違う双眸をランランと光らせている。左の瞳が晴天の空のような青。右の瞳が夕焼けの空のような赤。小ぶりな鼻の横からはピン、ピンと逆立つような長い毛が伸びており、歯牙はさほど大きくはなさそうだ。

 少女は初めて見る生き物だったが、その体躯の小ささや雰囲気から、ヒトを襲う類の「アヤカム」でないとすぐに判断はついたのだが――。


「君、しゃべれるの?」


 旅の中、決して少なくない種類の動物や「アヤカム」に遭遇してきた少女でも、人語を喋る「アヤカム」に出会ったのは、これが初めてであった。


「うん。ネコだけど、しゃべれるみたいね!」

「ネコ……?」

「死んだと思ったら自分がネコになってるとは。しかもオスかよ、ってね! もう何日も経つけど、いまだに実感ないんだよね!」


 相手は、小柄な体にしては鷹揚に、かんらかんらと笑った。

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― 新着の感想 ―
[一言] 世界観めちゃくちゃカッコいいです。自分もカタカナなるべく使わないで書きたい派なのですが、結果としてボキャブラリー不足に陥っているのですが、こちらの作品は実に身ごとにカッコ良く表してますね。す…
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