古からの港町ヘヤと教区館特務部附名手 1
「赤ちゃん、可愛いだろうなぁ」
「美名って可愛いモノ好きなのかしらね。ネコといい……」
「あ。クミってば自分で自分のこと、可愛いって思ってるんでしょう?」
「……ネコは可愛いモノだから、いいのよ。そう思ってても」
美名とクミのふたりは、低木も疎らの山道を進んでいる。
「名づけ師」の「トジロ」が向かったという港町、ヘヤ。
彼女たちは美名の魔名を授かる目的のため、ヘヤに続くこの道の途上なのである。
「あと、生まれたての赤ちゃんは、しわしわなカンジで客観的にはそんなに可愛くないよ」
「えぇっ! そうなの?」
昨日発ったばかりの農村コガに滞在中、美名たちはリントウ一家と最後の「連絡」――「ラ行・伝声」と「ラ行・拡声」でのやりとりをした。
それによると、リントウ一家には無事、ふたり目の子が加わったらしい。
「最後」というのも、「伝声」で声が届く距離は魔名術の熟練と比例するため、「ラ行波導」の「亜段」、「ラ」の魔名であるサナメには、コガまでが限界らしかったのだ。加えて、産後の彼女に負担をかけてはいけないと、ふたりが配慮したというのもあった。
コガのラ行魔名術者を通して聞いたラ・サナメの最後の声音は、幸福溢れる、穏やかなものだったことに、ふたりは胸を温かくした。
「無事に『放浪のトジロ』様に名づけてもらえたら、明良の後を追いがてら、寄ってみましょうか?」
「……うん!」
美名は笑って返事をする。
だが――。
(まただ……)
クミはその美名の笑顔に醸される翳りを感じる。
(「名づけ」やクシャの話題が出ると、な~んか変なのよね。美名ってば……)
クミには当然、思い当たる節があった。
洞蜥蜴による襲撃――すでに近辺の村々では「クシャの災禍」と銘打たれている惨事である。
その「クシャの災禍」での犠牲に悲哀募る美名を慰めたクミだったが、それとは別の何か――滾るような思惑を美名は心中に抱いたらしかったのだ。
(おかしな考え、してなければいいけど……)
「ヘヤは漁業が盛んなんでしょう?」
クミは浮かない顔の友人を気遣うように、話題を変える。
表情を取り戻した美名は、小さなクミを見下ろした。
「そうよ。前に来たときは『ラ行・明光』での漁法を見たわ。夜の海に光が照って、綺麗だったよ」
「『ラ行』ねぇ……」
クミはラ行魔名術者を思い起こす。
穏やかに編み物をするラ・サナメ。
ここまでの道のりの村々で、リントウ一家とのやりとりに協力してくれた術者たち。
そして――教会堂師、レ・ロクロウ。
(そういえば、あの悪徳一味も洞蜥蜴の犠牲になってたんだよなぁ……)
「……だから、ヘヤには『ラ行』や『サ行』のヒトが多いみたい。教区館長が『マ行幻燈』の大師だから、『マ行』のヒトも多いみたいだけどね」
「……教区館?」
聞き覚えだけはある言葉に、クミは遺物の装飾を揺らして首を傾げた。
美名が説明をしてやる。
教区館とは。
魔名教の地方管轄は九区分に分割される。その区分けは「教区」と呼ばれ、各教区の主要な都市に置かれるのが「教区館」という施設である。
この施設では、週に一度の説話集会が開かれる「教会堂」としての役目はもちろんのこと、以下の部門が置かれ、地区内の魔名教会運営が総括される。
教区内の教会堂管理、教会師の人事、「教税」の徴収、管理等を担当する「執務部」。
教会師候補向けの「魔名教学」や、魔名術の「段上げ」、幼齢者向け基礎学問等、勉学や研究の場の提供、運営をする「教務部」。
教区内の警護や「ヤ行他奮」による支援等、多様な役務が個々に執り行われる「特務部」。
教区内の様々な場所から、様々の目的のために訪れる魔名教徒のため、この施設にヒトの出入りが絶えることはない。
「……役場みたいなのね……」
そして、この教区館の首長は、当代の「十行大師」のひとりが務めるのが習わしなのである。
「『段上げ』のための勉強や修練、魔名術のコツとかを教われる機会も多くなるから、教区館のある町では、自然と『教区館の大師』と『同行』のヒトが集まってくるんだって」
「へえ。師弟制度みたいで面白いわね」
「それだから、『マ行大師』にちなんで、ヘヤは『幻燈の町』なんて呼ばれることもあるみたいね」
「『幻燈』かぁ……。ヒトの心や記憶を読み取ったり、精神に働きかける魔名術者の町、ねえ……」
道に沿い、山肌をひとつ超えると、美名は「あ」と声を上げた。
「もうヘヤが見えるわ!」
「あれが……」
ふたりの視界に遠大な景色が映る。
左手には海があり、右手には緑の半島。
陸地から視線を海岸辺りまで下げてくると、平野と草原が広くなっていく。
一か所、くぼんだ湾があり、その湾を取り囲むようにして家々の屋根が密集している。
美名が指差すその町が、『幻燈の町』、ヘヤだった。
「なに? あの、町を囲んでる壁みたいなの……」
ヘヤの家々を囲むように、海岸線からぐるりと弧を描いて延びる白い線に、クミは目を留めた。
「壁だよ」
「あ、ホントに壁なのね」
「ヘヤは歴史がある町で、戦争があった頃に陸上からの敵襲に備えてああいう造りになってたんだって。町が発展していく度に新しい壁を外側に、規模も大きくして建てていったみたいで……、ホラ」
美名に促されて目を凝らすと、クミは町の内部にも二重ほどの白線があることに気が付いた。
外側の壁ほど、高く、大きくなっていく。
家々は、その壁と壁との間を埋めるように、詰まって建てられているらしかった。
「もう長いこと、戦争なんてないらしいけどね」
「じゃああんなもの、撤去しちゃえばいいのにねぇ……。しかし、いい景色だわぁ……」
しばらく立ち止まり、ふたりで海と港町と緑との眺望を楽しんでいると、不意にクミが「お魚食べたい」と言い出した。
「お寿司か刺身がいい……」
「……あのぉ」
言い淀むような声に、クミは傍らの美名を見上げる。
「ン? 美名、どうかしたの?」
「……そのぉ」
美名は両の手を胸の前で遊ばせて、クミの機嫌を窺うような視線をチラチラと寄越す。
「お腹痛いの? 昨日の夜、お腹出てたよ」
「いやぁ、そうじゃなくて……。もう、そのぉ、おカネが……」
「おカネ……? もしや……尽きかけてる?」
クミの推察に銀髪の少女はおずおずと頷き、それが正解だと示す。
小さなクミは、大きくため息を吐いた。
「そりゃあ、あんだけ大判振る舞いしてたら、ねぇ……」
美名はここまでの道中、立ち寄った村々で何を施されるにしても、極力律儀に対価を払っていた。
「客人」や「クシャの災禍の英雄」に対するものとして、歓迎の意での供応から、クミが強かに「笑顔で貰っておけばいいのに」と思うような軽食の施しまで、すべてに、だった。
美名としては決して「大判振る舞い」などではなく、当然のことだったのだが、クミと出会う以前の旅程の方策であった、「訪れた先々で(主に力)仕事をして路銀をもらう」ことができないでいた。
「客人」や「英雄」をありがたがる人々に変に気後れして、「仕事させてください」と言い出せずにいたのが主な原因である。
そうして、無収入のままここまで来てしまったのだ。
「ま、仕方ないわね。カネは天下の回りモノ~」
「ヘヤでは仕事も……探そうね!」
陰険にからかいつつも、あどけない様子に戻った美名に、クミは内心で少し安堵する。
陽光と青い海とに導かれるようにして、ふたりはヘヤに続く下りの山道をふたたび歩き出した。




