名のない少女と神代の遺物 3
「おい、そっちだ。そっち!」
「クソ、すばしこいぞ! コイツ」
少女は道を外れた草藪の中で息を潜めている。
教会堂師に渡された地図のとおりに林の中を進んでいくと、少女は殺気にも似た気配を敏感に感じ取った。
いちはやく物陰に身を隠した彼女のすぐそばを、何やら小さな影が横切っていった。それに続けて、小さな影を追うようにして三人の男も駆けて行ったところだったのだ。
(さて、どうしたものかな……)
生活のための狩猟の最中だというのなら、第三者の自分が姿を現して邪魔立てするのはよくない。
ただ、少女としても不案内な土地で、頼りは教会堂師がくれた地図だけである。「名づけ師」が訪れるかもしれない「タ行養蜂」の家に辿り着くには、男たちも通って行った目の前の道を少女も行くしかなかった。
少女は木々の葉揺れる頭上を見上げる。
(もう日も落ちようとしてる。どんな「アヤカム」が潜んでいるともしれない森の中で夜を迎えるわけにもいかないし……)
少女は草藪から身を起こすと、男たちが走っていった方角へと自身も歩みを進める。
ほどなくして、少女の耳には男たちの喊声が聞こえてくるようになった。
「『タ行』で隘路を作った。そっちだ!」
「よし。よっし! 追い詰めたぞ」
次第にはっきりと聞こえてくる話の内容で、彼らの狩猟が佳境なのだと少女には知れた。だが、追う者の昂奮とはまた違った声も、少女の耳には届いていた。
「た、助けてよ!」
気付けば少女は男たちの背後に立っていた。気配を絶つことが少女の癖になっているから、獲物に夢中になっている男たちに接近が気付かれることはなかった。
「一応、訊いておくわ」
ため息交じりに、少女は口を開いた。
「……ン?」
三人の男が、一斉に少女に振り向く。
男たちが立つその向こう、木の幹や根が不自然に形作る袋小路の中に、黒毛の小さな獣がいる。四つ足をガタガタと震えさせながら、少女に哀願するような瞳を向けた。
「助けて、お願い!」
(しゃ、しゃべった?)
少女は一瞬だけ気を取られたが、すぐに男たちに視線を戻す。
「……と言ってるようだけど? これは日々の生業だとか、家業だとか、そういった類のものなの?」
「あん?」
男の中でも最も体格のよい者が、少女をジロジロと見回す。
そうして、彼女が首に巻いた襟巻の端に「聖十角形」の紋章を見つけると、彼はニタリと歯をむき出しにして笑った。
「オイ、この嬢ちゃんは『教会師からの紹介』らしい……」
「『客人』といっぺんとは……。どうも忙しいな」
せせら笑う男たちを前に、少女は緋色の瞳に光を宿す。
「その笑い方は……キライだわ……」
彼女は深く息を吐くと、その腰に下げた鞘から刀剣を引き抜いた。
「へえ。やる気らしい」
「なんだ……、ありゃあ?」
「武器の『魔名術』か……?」
男たちは少女の手の得物に注目する。
「魔名術」を前にすれば――とくに「ナ行」や「ハ行」――近接武器など役に立たなくなるのだが、その中でも、彼女が持つ得物は特に役に立ちそうがなかった。
一見すると両刃の長剣なのだが、錆とはいかないものの、その刃は鈍い光を重たく放つのみ。とても刃物として用をなすようには見えない。
「そんなもので……。サ行・膂力強化!」
最も体格のよい男は鼻で笑うと、「魔名術」を唱えた。その直後、彼の腕回りは一段と太さを増す。
「『自奮』か……」
「お嬢ちゃんはいいところに連れて行ってやる。それまではおとなしく、寝ていな!」
男は少女に向け、飛びかかる。




