目つきの悪い少年と冷息吹の洞蜥蜴 8
「そんなぁ! 『遺物』でも、ダメだっていうの?!」
「嵩ね刀」の斬撃を受けても、なお健在の洞蜥蜴に唖然とするクミ。
「『遺物』……だと?!」
クミの言葉に少年が目を瞠る。
そんなふたりの目の前に、美名が降り立った。
疲労か、「裁ち切り」に失敗した落胆からか、着地に少しだけ体勢を崩しつつ。
「お前、その刀……、『神代遺物』なのか?」
「……そ、そうよ、この剣は『嵩ね刀』。それがどうしたの!」
「『嵩ね刀』……!」
美名の刀剣の銘を聞いた少年は、目をさらに見開く。
「その刀が本当に『嵩ね刀』であれば、切れないものなどないはずだ!」
「……切先だけだからだわ」
美名は刀を正眼に構え直し、腰を低める。
ふたたび、洞蜥蜴に斬りかかるつもりらしかった。
「この『不全』は『嵩ね刀』の切先を取り込んで、鉄鋼で打たれた刀……。『嵩ね刀』そのものじゃない……。完全な『嵩ね刀』だったら、刀身全体の重みで、アイツの鱗どころじゃなくて、あらゆる物が裁ち切れるのだろうけど、『不全』では軽すぎるみたい……」
美名の顔には悔しさが滲み、歯を強く噛みしめているのだろう、プルプルと震えている。
オォオォン
そうこうしている間にも洞蜥蜴の狂騒は激しさを増し、周囲に渦巻く暴風雪は三人の体力を奪っていく。
(何か、ないの?)
少年の肩の上、小さなクミは尾を丸め、考えを巡らす。
(あのバケモノを打ち倒せる、手段は……?)
小さなクミは小さな双眸で洞蜥蜴を睨みつける。
相手は巨大な鞭のごとく首と尾を振り回し、鎌首から「絶息の冷息吹」を吐き続けている。空に、木々に、クシャの家屋に、地面に――。突風のような吐息を浴びせ続けている。
(なに、アレ……?)
狂ったように暴れる洞蜥蜴。
そのアヤカムのとある部分が、クミの目に留まった。
(あの、コブみたいなの……)
それは、洞蜥蜴の頭部中央にある、半球形の膨らみだった。
洞蜥蜴の身体全体の輪郭は、鱗に覆われているとはいえ、滑らかで流麗に見えるほどである。
(大きな……ヘビみたいな洞蜥蜴……)
ふたつほど、その自然美な線の中で、クミには不自然に思えるものがあった。
ひとつは、腹部にある四肢。
洞蜥蜴の巨体にしては小さく、足としても手としても、用をなしていなさそうだが――。
(アレはまだいい。手であり、足であったってのが「判る」。使わなくなった肢の、「退化」の途中なのかもしれない……。でもアレは……?)
もうひとつが頭部のその膨らみなのだった。
鱗で覆われ、奥深い洞穴の中での進行にも適していそうな平たい頭に、突如現れたが如く不釣り合いに不格好なのである。
「あそこ! あの『コブ』!」
「……クミ?」
息を切らせつつ、美名は小さな友人に振り返った。
クミは右の肢を精一杯に伸ばして、洞蜥蜴の「コブ」を指し示した。
「あの、頭の真ん中にある『コブ』よ! あそこを傷つけたら、きっと!」
美名は勢いづく友人が示す「コブ」に目を移す。
「アレが、洞蜥蜴の『弱点』なの? ……『客人』の知識なの?」
「んんん~……、勘!」
「勘なのッ?!」
少し呆れたような言葉の美名を尻目に、即座に行動を開始したのは少年だった。
「検めてる時間はない……!」
少年は自身の肩の上の小さなクミをつまみ上げると、美名に向けて放り投げる。
直後、白光放つ刀を両の手で構え、その切先を洞蜥蜴に向けながら迫り出した。
「そのアヤカムの言葉に光明があるのは、証明されているッ!」
「……でも、アソコにも鱗がッ!」
美名の叫ぶ通りである。
クミが目をつけた、洞蜥蜴の頭部の「コブ」。
洞蜥蜴は全身を、妖しく光る白鱗で覆っている。この「コブ」も例外ではない。
この鱗には少年の刀も、「嵩ね刀・不全」も通らないことは証明済みなのだ。
「問題ないッ! 俺が狙うのは『ピンク』だッ!」
「そうよ! 『ピンク』からなら……」
空転した体を美名に受け止めてもらったクミも、少年の言葉を繰り返す。
ふたりが見守る中、彼は狙う部分に向けて、地を蹴り、跳んだ。
だが――。
オォオォォン
「なにッ?!」
間の悪いことに、洞蜥蜴の「冷息吹」の乱噴射のひとつが、少年へと注がれてきた。
攻勢にだけ集中していた少年は虚を衝かれる。
(しくじったッ! 「幾旅の遮り」が作れない!)
「冷息吹」の直撃を覚悟する少年。
その刹那――。
「ッ?!」
彼の目前で、「冷息吹」の白い暴風が真っ二つに「裂けた」。
横目を流すと、少年のすぐ下、背中に黒毛の獣をしがみつかせ、刀を振り下ろした美名の姿が映る。
彼女は少年の後に続いて跳び、「嵩ね刀」で援護したのだ。
「……上々だッ!」
「嵩ね刀」で「裁ち切られた冷息吹」。
少年は、その間隙に身を飛び込ませた。
切れ長の目の中、青灰色の瞳に狙うべき部分を捉える。
正対する、洞蜥蜴の頭部。
その先端の「アゴ」の下。
少しの出血が凍って張りついた、薄桃色の「くぼみ」――。
「そこに『幾旅金』が通ることも、証明されてるッ!」
「くぼみ」に向け、少年は白光煌めく刀を突きつける――。
「幾旅の突ィッ!!」
白刃のひと突き。
刹那に何度も放たれたが如く、何条もの閃光と化し、束となった突きは、洞蜥蜴の「くぼみ」を丸ごと貫いた。




