目つきの悪い少年と冷息吹の洞蜥蜴 6
「スゴいッ!」
白刃の連撃が洞蜥蜴の胴体に叩きこまれる。
火花散るような目前の光景に、小さなクミは感嘆の声を上げるが――。
「ダメだ! 手応えはないッ!」
少年の焦燥の叫びのとおり、洞蜥蜴は脇腹に与えられた何重の斬撃など意にも介さない様子で、変わりなく美名に「冷息吹」を浴びせ続けている。
「……アヤカムめッ!」
怒声とともに、少年はひと度、ふた度と洞蜥蜴を刀で切りつける。
斬撃は何十にもなって襲うのだが、巨大なアヤカムの小さな鱗ひとつ、傷つけることさえかなわない。
「お腹、お腹は?! 動物のお腹なら、だいたい柔らかいはずよ!」
「こんな巨体、ひっくり返せるものか!」
叫びながらも、どこかに突破口はないものかと、少年は位置を変えつつ、刀を振り抜きつづける。
それでもやはり、洞蜥蜴の巨体には怯む様子もない。
「このままじゃあ、美名が……」
クミは美名を見遣った。
「嵩ね刀」で「冷息吹」に耐え続けている少女。
彼女の表情は、苦しく悶えているようでもあった。
「美名が、せっかく耐えてくれてる……の……に?」
(ちょっと待って……)
クミにはそこで、ひとつの疑問が生じる。
(なんで美名ばっかり、「息吹」をかけられてるの?)
小さなクミは、すぐ隣にある、歯噛みして刀を振り抜き続ける少年の顔を見遣る。
(コイツも私も、美名よりずっと洞蜥蜴の近くにいる。痛くもかゆくもないんだろうけど、日本刀で切り続けてもいる……)
洞蜥蜴の尾の根元に斬撃を叩きこんだ少年だったが、ここも手応えがないことに舌打ちを鳴らしている。
(どうして、コイツや私には『息吹』をかけてこないの? 美名と私たちの、その差はなに?)
「ちょっとアンタ!」
小さなクミは、自分が身を預けている少年を大声で呼びつけた。
「なんだ! 耳元で!」
「アンタ、このアヤカムを『殺す』って言ってたわね! 前々から狙ってたってことでしょ! 何か弱点とか、倒し方とかないの?!」
「そんなもの知ってたら、疾うにやってる!」
それはそうだと納得したクミの目の前、刀で洞蜥蜴を切りつけ続ける少年の顔がおもむろに気色ばむ。
その変化にクミも気が付いた。
「……まさか?」
「なに、何なの!」
急くように問い詰めるクミに、少年は言葉を続けた。
「神代の昔話程度だと思っていたが……、洞蜥蜴に襲われた旅人が、『逆鱗』を切りつけて難を逃れたという逸話が確か、魔名教の蔵書物の中にあった……」
「『逆鱗』……?」
「だが、それがどこの、どの鱗かなどは書かれていなかったッ! こんな、星の数ほどの鱗から、そんなもの見つけるのは容易くない!」
後ろ肢の付け根に斬撃を振りかぶり、少年が叫ぶ。
だがこの、ヒトの腰ほどの太さの付け根にさえも鱗が光っており、少年の幾重もの刃のひとつさえ食い込むことはなかった。
(鱗の場所……。竜の『逆鱗』っていったら……)
クミは少年の肩にしがみつきながら、顔を上げる。
洞蜥蜴の後ろ肢の位置からクミが視線を向けた先は、鎌首を支えている長い首だった。
首の根元から鎌首へ、先端に向かうようにゆっくりと、双眸で検める。夜目が効くネコでよかった、とクミは思った。
(首には……ない……? いや!)
ヌラリと光る鱗がいくつも並ぶ中、小さなネコは一点で目を留めた。
そこは、洞蜥蜴の頭。顔の先端の底部。ヒトでいえば、「アゴ」にあたるような箇所だった。
止むことなく美名に「冷息吹」を噴きつけている洞蜥蜴という強大アヤカムの先端。その少し手前、鱗の中、薄桃色の小さな「くぼみ」を見つけたのだ。
「あ、あれは……?」
鱗の中の桃色のくぼみ――似たような絵面を、クミは自身の記憶より呼び起こす。
(確か……、「ヘビ」には赤外線を感知する感覚器――「ピット器官」っていうのを持つ種がいたはず。あんなふうに、体表に隠れるようにしてあって、獲物を見つけるのに使ってるって……)
小さなクミは、青と赤の色違いの双眸で、洞蜥蜴の「アゴ」のくぼみを睨み上げる。
(美名と私たちの違い……。美名は、「ヤ行・躯動強化」を受けてて体が温かかった。もしもコイツが……、洞蜥蜴が、「熱いもの」――自分や周りよりも温度の高い恒温動物を優先的に攻撃して、食糧にするように進化してきたアヤカムなら……? そのために、ヘビの「ピット器官」みたいな感覚器を持っているとしたら? 「逆鱗」ってのが、その「ピット器官」のことを指しているのだとすれば……?)




