目つきの悪い少年と冷息吹の洞蜥蜴 5
「嵩ね刀ァッ!」
洞蜥蜴から噴射された「絶息の冷息吹」。
その「息吹」に曝されるすんでのところ、美名は「嵩ね刀」を鞘から抜き、構えを向けることができた。
超質量の「嵩ね刀の切先」を裂け目として、美名とクミの目先を、裁ち切られた布のように「息吹」が流れていく。
(「嵩ね刀」なら、この、洞蜥蜴の「冷息吹」も裁ち切れる! で、でも……)
刀を支える美名の腕は痺れ、踏ん張る足が震える。
(こんなの……、ユ様に「躯動強化」もかけてもらってるっていうのに、耐えるだけで精一杯……!)
裁ち切れてはいるが、「冷息吹」は絶えず美名とクミに注がれ続ける。直撃はしていないが、「息吹」により引き起こされる「冷感」と「息苦しさ」で、美名は心根が折れてしまいそうになってきた。
そんな美名と「冷息吹」の間に飛び込んできた者がある。
その濃い茶色の革布の背中――例の少年だった。
「逃げろって……何度、言わせるんだ?!」
洞蜥蜴に正面を向けたまま、少年が背中で叫ぶ。
少年も少年で、「息吹」の直撃を「白い光を放つ円状の盾のようなもの」で遮っている。
束の間の休息を得た美名は、少年の前方にあるその「円状の盾」の正体を見た。
「か、刀が、いくつも……?」
少年が手に持つ刀を、「息吹」を遮るように横向きにひと振りすると、そのひと振りを何度も繰り返したように、刀の残像が浮かびあがる。その残像の連なりが、白光を放つ一枚の円状盾になって「息吹」の猛勢を防いでいるのだった。
だが、それも容易に為しているのではなさそうだった。
少年の顔にもまた、身体への負荷のためか、険しい表情が浮かぶ。
「目算が甘かった……。『幾旅金』でも耐え忍ぶのがやっとだ! その黒いアヤカムと一緒に早く逃げろ!」
「……逃げないッ!」
肩で息吐きながら、美名は叫び反す。
「クシャを、クシャのヒトを放って、逃げてられない! 逃げちゃいけない!」
「美名……」
「強情な……ンッ?!」
美名は少年の背中を踏み台にして蹴り上がり、その身を空中に投げた。
(洞蜥蜴は今、下を向いてる! 上からなら……)
だが、美名の目論見は成らなかった。
彼女が空中に跳び出した瞬間に、洞蜥蜴は鎌首を美名へと向け直し、「冷息吹」を浴びせかけたのだ。
「きゃぁ!」
「美名ぁ!」
またも寸前で「嵩ね刀」で裁ち切ることはできた。
だが、「息吹」の風圧に圧され、美名は体勢を崩し、クミは美名の身体から引きはがされた。
白雪の上に、片膝をついて着地する美名。
一方のクミは、投げ出された先がちょうど少年だったため、落ちきる寸前で彼の衣服に爪をかけて耐えた。
「な、なんだ、このアヤカム?!」
「ごめん! レザーに傷つけちゃって、ホント、ごめん! 下に落ちるのはマズいのよ!」
少年の肩口までよじ登りながら、クミは美名を見遣る。
「美名、ダイジョブ?!」
「だい……グゥッ!」
小さな友人からの気遣いに応じる間も与えられず、美名に洞蜥蜴から「冷息吹」が噴きつけられる。
「く、く、クッソぉ!」
「嵩ね刀」を構える美名の身体が、じりじりと、圧されるように雪の上を滑っていく。
「美名ぁ!」
「くぅ、クミは、そこにいて! 私が、私が耐えている間に……!」
「逃げろ」なのか、はたまた「倒せ」なのか、言い切らないうちに、クミの視界は突如として動いた。彼女が身を預けている少年が、洞蜥蜴に向かって駆け出したのだ。
白光りの刀を上段に構え、喊声を上げながら洞蜥蜴の胴体に迫る。
「幾旅の斬ッ!」
洞蜥蜴の胴体を眼前にして、少年は刀を振り下ろした。
間近で見ていたクミが、驚きで目を瞠る。
「剣の軌跡が、何個も?!」
少年が刀を振り下ろしたのはひと度だけだったのにも関わらず、洞蜥蜴に向かって打ちおろされた剣の閃きは幾重にも重なってクミには見えたのだ。
それが幻でない証拠に、金属質がぶつかりあうような甲高い音の連続が、辺りに響く。




