新たな輩の子と名づけ術師 2
「養蜂家」の敷地内。
林を切り拓かれた土地はゆるやかな丘陵で広く、蜂の巣箱は百に及ぼうかという数が置かれている。
プゥン、プゥン、とそこかしこを飛ぶ蜂たち。朝から忙し気に働く、小さな蜂たち。
美名とクミは立ちすくみ、感心したように辺りを見回す。
美名においては宵の口で薄暗かったために、クミにおいては視点が低かったのとで、昨日訪れた際には敷地の広大さと巣箱の量に気付かなかったのだ。
「これが蜂?」
「そうよ。クミは見たことない?」
「いや……アレ? 私が知ってる蜂とはちょっと違うというか……」
クミはその小さな顔で巣箱のひとつを見上げる。
暗茶色の短い毛に全身を覆われた「採集蜂」が、絶えず巣箱に出入りしていた。
「じゃあ、クミは蜂蜜も知らないの? 甘くて、スゴい美味しいんだよぅ」
「それは……うん。知ってるけど……」
美名とクミは居住建屋に向かって歩きだした。
目の前を行き来する蜂に、何度もビクつくクミに、美名は可笑しさを抑えきれない。
「やあ」
そうやって歩いているところ、不意に声をかけられた。
「君はもしかすると……」
声の方へふたりは顔を向ける。
五歩分ほど道を逸れたところに巣箱がひとつあり、その奥から姿を現した人物がどうやら声をかけてきたようであった。
作業用と思われる綿生地の上下を着て、多層式の巣板を手に持つ。
美名が最も気をとられたのは、彼女が見たこともない、日除け帽に目の粗い織り物といった装備を相手が身に着けていることだった。
「やっぱり、昨夜訪ねてきてくださった方だろう?」
板を巣箱に入れ込むと、相手は作業手袋を脱ぎながら美名たちに歩み寄ってくる。蜂除けのためと思われる目の粗い遮蔽布の奥で、日焼けして健康的な笑顔を浮かべていた。
男は美名の正面まで来たところで、日除け帽をも脱ぎ去った。いっしょに遮蔽布も取り払われたことから、その布は帽子に縫い付けられているようである。
美名は自らの手の甲を相手に向けた。
「昨夜は突然で失礼しました。美名といいます」
「僕はタ・リントウ。ご覧のとおり、ここで『養蜂』を営んでる」
養蜂家のリントウも美名に手の甲を向けて、ふたりは「挨拶儀礼」を交わす。
「こんなに可愛らしいお嬢さんだったとは。言葉遣いが丁寧だったから、僕はもう少し年を上にみていたのだけど……。『ミナ』というのは、『仮名』かい?」
一般的な魔名では、「個人名」が一音になることはまずない。
それがゆえ、一般魔名教徒であろうこの養蜂家が、「ミ・ナ」という名が正当な魔名ではないと考えるのは当然であった。
美名の「美名」は正式な「仮名」でさえもなかったが、説明するのも冗長かと、彼女は「はい」とだけ頷く。
「リントウさんは『タ行』の『亜段』なんですね」
日焼けで肌色が濃く、清々しい汗を額に浮かべている顔に向けて、美名は訊いた。
齢の頃は美名とも大きくは離れていなさそうで、よく働く好漢という印象を彼女は抱いた。
「ああ。そうだよ。僕の『使役』の魔名は、まだ『タ』なんだ」
「でも確か、蜂の『使役』には……」
首を傾げる美名に、リントウはニコリと微笑んだ。
「そうだね。魔名術で蜂を操作できるのは『居段』――『チ』の魔名からだ。僕は『タ行の養蜂家』ではあるけど、魔名術でこの子たちを操ることはできない」
「じゃあ、どうやって養蜂の稼業を……?」
「なんでもないことだよ」
男は両腕を左右に広げ、林の中で開けたこの地を誇るような笑顔を浮かべる。




