少女の髪と楚々とした教主 3
守衛手司の姿が見えなくなると、誰よりも先に美名に駆け寄って来たのは明良であった。そうして彼は美名の手をとり、両の手で強く、強く包み込む。
「すまん……。すまん……。俺が不甲斐ないばかりに……」
項垂れ嘆く明良の手の甲に、美名もまた、もう一方の手を添える。少年の震える手は、美名にはとても小さく、優しく思えた。
「美名……、説明して」
クミの声に顔を向けると、「クミ、ありがと」と美名は礼を述べる。そして、彼女の隣の名づけ師にも目を配る。
「……クメン様も、ありがとうございました。私ひとりでは、やりきれなかった……」
「……私にもお聞かせ願えますか? 彼女を遠ざけるのに……、美名さんがこうまでするのに、強い意志を感じて同調しましたが、その『強い意志』とは何だったのか……」
「実は……」
美名が、「ニクラは詳細は不明ながらも明良と敵対する者」だと告げようとした時、彼女を制止するように明良の手の握りが強まった。
思わず向き直ると、彼は美名を直視し、小さくかぶりを振っている。
「まだなの……?」
明良は頷くと、周囲の様子を窺う素振りを見せる。美名もまた、庭園内を見渡す。ひとまず、視線の通る範囲には誰もいないようだった。
しかし、そうして集中しているうちに美名は気が付いた。
異音がする。
あの、チリチリとするか細い音が、僅かに聴こえるのだ。
(まだあの娘は、私たちを見てる……)
美名は明良から手を離してもらうと、クメン師に向かって目線を送る。
「……ン? 何です?」
「んもう! 『迎賓館』からふたりとも、イチャこきすぎよ!」
伝わらないもどかしさに顔を渋らせ、美名はついに身振り手振りをしはじめた。
片手に何をかを持つような仕草。そうしてその手を、さらさらと宙に遊ばせる――。
「あ、何か、書くも……」
判じたクメン師を制するように、美名は自らの顔先に指を立てる。
「喋らないで」の仕草――。
「……私がニクラ様を追い払うようにしたのは、ま、言った通りのこともあるんですけど、単純に、彼女がキライだからですよ。気に食わないから、いてもらいたくなかっただけです」
小さなクミも、自身の荷物から「美名が求めた物」を取り出しているクメン師も、その美名の言葉が彼女の本心でないことは判り得た。
美名という少女は、滅多なことでは「ヒトを嫌う」ということをしない。
美名という少女は、本人がいない場であっても、このようなことを礼儀知らずに言うことをしない。
ふたりとも、決して長い付き合いだとは言い切れないが、少女のその性質については充分に理解している。
「……髪なんてすぐにまた伸びるんですから、大したことじゃないですよ!」
強がるように言う美名に、クメン師は筆と紙を手渡す。
美名が名づけ師の発言を制し、心にもないことを言っている様子から、クメン師とクミにもすでに悟れていた。
会話を聴かれている。
そして、その聴いている者は、守衛手司ニクラ――。
美名は受け取った筆と紙を、そのまま明良に渡した。
小さなクミは「美名上り」で肩まで上る。
三人が注視する中、明良は筆を走らせ――。
『話をつづけつつで ヤツはきいてる さほどとおくないところで波どうで』
明良の筆記はまず、三人の悟りを裏付けた。
「……そうよね。まあ、いきなり髪を切ったときには、私もびっくりしちゃった! 私も、アイツ嫌いよ!」
快活な調子で笑い飛ばすクミを傍らに、明良から筆を取り、美名もまた書きつけていく。
『たおせばいいの? ニクラを』
この問いに、明良は首を振った。
『くわしく書いてられん ヤツのけいかいからまず抜けねば』
「ちょっと強く言い過ぎたかもしれませんね。私も、あとでニクラさんに謝っておかなければ」
「謝んなくていいですよ、性悪ガールには!」
「『ショーワルガール』、やっぱり可愛い……」
今度は、クメン師が筆を要求した。
明良は少しの躊躇の色を見せたあと、彼に筆を渡す。
『でしたらやはり、主塔に向かいましょう』
『主塔』――。魔名教教主のおわすところ。
理由問いたげに顔を上げた明良に、名づけ師クメンは微笑み、追記していく。
『波導の介入ができない うってつけの部屋が主塔にはあります』
その書き文字を確認してすぐさま、「よし!」とクミが威勢を上げる。
「それじゃあ、とっとと教主様のところ、行きましょうか!」
「そうね!」
「……うむ」
目を配せあって四人は、盗み聴かれている緊張の場であるにも関わらず――いやむしろ、その状況がためなのであろうか、どこか楽しそうに目顔で笑い合うのであった。




