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真名神代伝  作者: ブーカン
第二章 千年路の果て
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福城の守衛手司と迎賓館 1

「ヘヤの壁を思い出すわね……」


 美名の肩の上でクミは、白壁を眺め上げてつぶやいた。

 飯屋めしやを出て、町を分断するように流れる河の架橋かきょうを渡るとすぐ、塔群のたもとを囲うような壁が続くのだ。


「……福城ふくしろを初めて訪れるヒトは大抵、『十角宮じっかっきゅう』の塔の高さに驚くと聞きますが、美名さんもクミさんも、そうじゃないみたいですね」

「私は遠目には見た事あります」

「私は……、もっと高いの、いっぱい見た事あるので……」

「『神世かみよ』の建造物でしょうか?」

「そうです。ヒトが多い町に高い建物があるってのは、どこも同じですよ」

「……それは新説ですね。神は、たくさんおられるのですか……」

「神……というか、ヒトですよ。居坂いさかと同じで、普通のヒトたち……」


 壁沿いにしばらく歩いたのち、三人が辿り着いたのが鉄柵の門扉もんぴ。「教会区」へと繋がる「北の大門」である。

 美名はクミの首元の装飾、「指針釦ししんのこう」に目を落とす。


「……もうすっごい近い。真っ赤だわ。……明良、中にいるね」

「お待ちください」


 門扉の前で立ち止まっていた一行を、白を基調とした服装の男が呼び止めてきた。携える長槍、型式ばった着帽と着衣、きびきびとした歩行姿から、クミは「門衛かな」と察する。

 彼の表情はしかつめらしいものだったが、ふと金髪の青年の人相を認めると、顔をハッとさせた。


「あ、これは……クメン様でいら……」


 だが、門衛はかける言葉を途中で失う。

 彼の視線は、クメン師の右手の「ふだがこい」に注がれる。


「ど、どうされたのですか、み、右の手の……」

「ええ、その……。やってしまいました……」


 悪戯いたずらが見つかったような幼げな照れ笑いを浮かべ、右腕を掲げる名づけ師。

 瞬きを繰り返しただけで、門衛はこれ以上の詮索はしないと決めたようだ。表情を引き締め直し、今度は美名に顔を向ける。


「このむすめは……?」

わたくしのお客様です。通ってもよいでしょうか?」

「……クメン様のお客様であっても、身分の不確かな方は……」

「……そこをなんとか……」

「いや、困ります……。規則ですので……」


 名づけ師と門衛とのやりとりを見ながら、ため息を吐くクミ。


「……そりゃまあ正しいんだけど、こういうの、ホント、どっこも同じよね……」

「これがイヤで、私も福城には寄りつかないんだよねぇ……」


 美名もふぅ、とため息を小さく吐いたところで、気が付いた。自分たちのところに近づいてくる者がある。

 身にまとうは門衛と同じ――いや、少し装飾が多いか、上下に白い制服。制帽は被ってなく、だいだいがかった毛髪を横でひとつにまとめ下げた、美名と背丈が近い少女。

 だが、光沢ある革靴をカッカと鳴らして歩み寄ってくるその姿には、少女と侮ってはいけない、ただならぬ気配があった。


(守衛手さんかしら……)


「……今度は何の騒ぎ?」

「あ、手司しゅし……」


(「手司」……?)


 美名は、「ただならぬ気配」に納得がいく。


(ってことは……この福城ふくしろの守衛手のおさで、多分、「段」の魔名術者……。私と大してとしも変わらなさそうなのに……)


 美名は自分でも知らず、守衛手司のりんとした立ち姿に見惚れていた。


「……これはニクラさん。お久しぶりです」

「クメン様……。来訪予定はなかったはずですけど……、何を揉めてるのです?」

「いえ、クメン様が同行の方を区内に通したいと……」

「ふぅん……」


 相変わらずに、どこか熱っぽく見ていた美名と、守衛手司のニクラとの目が合う。

 パッチリと開かれた、茶褐色の大きな瞳。愛らしい面相の中、美名はその瞳の奥底で、揺蕩たゆたう雲のようなかげりを見た気がした。


「……構わないでしょ。通しても」

「ええ? ですが……」

「見なさいよ、この。帯剣してるってことは、魔名術に自信がないってことでしょ。それに、平和そうに呆けたような顔で、なんだか判らない愛玩あいがんまで連れて。教会区内での暴挙の心配なんて、少しも要らないわ」


 この発言にムッとしたのは、言われた当人の美名でなく、その肩の上の、「なんだか判らない愛玩」――クミであった。

 美名も肩で感じる、彼女のイラつき。


「ダメだよ、クミ……?」


 このままでは、守衛手司に向かってまくし立て、跳びかかることも()()()()――クミとの旅程も長くなってきた美名には、容易に予想がついた。この小さな友人は、少しばかり気が荒い。

 しかし――。


「む、む……むぅ……」


 名づけ師クメンの賛同もあって、教会区内でクミは、「喋る」ことを隠すつもりでいた。「客人まろうど云々(うんぬん)のやりとりの煩雑さを、極力に避けるがためである。

 なんとか自制が効いたのか、美名の服に少しばかり爪を立て、身を縮こませただけで、クミは踏みとどまったようだ。

 憎まれ口を叩いた本人――守衛手司ニクラは眉根をひそめめ、美名とアヤカムとを一瞥いちべつしただけできびすを返す。そうして、大門の脇の通用門を開き、一行を手招く。

 

「……さ、通ってください」

「ありがとうございます、ニクラさん」

「無用なところには赴かないようにだけ、お願いしますよ」


 守衛手司から立ち入り許可を受けた一行は、通用門を抜け行く。

 充分に距離がとれた――と彼女は判断したのであろう、小さなクミは銀髪の陰から後ろを振り向く。そうして、鉄柵の奥の小柄な後ろ姿に向け、牙を剥く悪態をついて見せた。

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