福城の守衛手司と迎賓館 1
「ヘヤの壁を思い出すわね……」
美名の肩の上でクミは、白壁を眺め上げて呟いた。
飯屋を出て、町を分断するように流れる河の架橋を渡るとすぐ、塔群の袂を囲うような壁が続くのだ。
「……福城を初めて訪れるヒトは大抵、『十角宮』の塔の高さに驚くと聞きますが、美名さんもクミさんも、そうじゃないみたいですね」
「私は遠目には見た事あります」
「私は……、もっと高いの、いっぱい見た事あるので……」
「『神世』の建造物でしょうか?」
「そうです。ヒトが多い町に高い建物があるってのは、どこも同じですよ」
「……それは新説ですね。神は、たくさんおられるのですか……」
「神……というか、ヒトですよ。居坂と同じで、普通のヒトたち……」
壁沿いにしばらく歩いたのち、三人が辿り着いたのが鉄柵の門扉。「教会区」へと繋がる「北の大門」である。
美名はクミの首元の装飾、「指針釦」に目を落とす。
「……もうすっごい近い。真っ赤だわ。……明良、中にいるね」
「お待ちください」
門扉の前で立ち止まっていた一行を、白を基調とした服装の男が呼び止めてきた。携える長槍、型式ばった着帽と着衣、きびきびとした歩行姿から、クミは「門衛かな」と察する。
彼の表情はしかつめらしいものだったが、ふと金髪の青年の人相を認めると、顔をハッとさせた。
「あ、これは……クメン様でいら……」
だが、門衛はかける言葉を途中で失う。
彼の視線は、クメン師の右手の「札囲い」に注がれる。
「ど、どうされたのですか、み、右の手の……」
「ええ、その……。やってしまいました……」
悪戯が見つかったような幼げな照れ笑いを浮かべ、右腕を掲げる名づけ師。
瞬きを繰り返しただけで、門衛はこれ以上の詮索はしないと決めたようだ。表情を引き締め直し、今度は美名に顔を向ける。
「この娘は……?」
「私のお客様です。通ってもよいでしょうか?」
「……クメン様のお客様であっても、身分の不確かな方は……」
「……そこをなんとか……」
「いや、困ります……。規則ですので……」
名づけ師と門衛とのやりとりを見ながら、ため息を吐くクミ。
「……そりゃまあ正しいんだけど、こういうの、ホント、どっこも同じよね……」
「これがイヤで、私も福城には寄りつかないんだよねぇ……」
美名もふぅ、とため息を小さく吐いたところで、気が付いた。自分たちのところに近づいてくる者がある。
身に纏うは門衛と同じ――いや、少し装飾が多いか、上下に白い制服。制帽は被ってなく、橙がかった毛髪を横でひとつにまとめ下げた、美名と背丈が近い少女。
だが、光沢ある革靴をカッカと鳴らして歩み寄ってくるその姿には、少女と侮ってはいけない、ただならぬ気配があった。
(守衛手さんかしら……)
「……今度は何の騒ぎ?」
「あ、手司……」
(「手司」……?)
美名は、「ただならぬ気配」に納得がいく。
(ってことは……この娘が福城の守衛手の長で、多分、「王段」の魔名術者……。私と大して歳も変わらなさそうなのに……)
美名は自分でも知らず、守衛手司の凛とした立ち姿に見惚れていた。
「……これはニクラさん。お久しぶりです」
「クメン様……。来訪予定はなかったはずですけど……、何を揉めてるのです?」
「いえ、クメン様が同行の方を区内に通したいと……」
「ふぅん……」
相変わらずに、どこか熱っぽく見ていた美名と、守衛手司のニクラとの目が合う。
パッチリと開かれた、茶褐色の大きな瞳。愛らしい面相の中、美名はその瞳の奥底で、揺蕩う雲のような翳りを見た気がした。
「……構わないでしょ。通しても」
「ええ? ですが……」
「見なさいよ、この娘。帯剣してるってことは、魔名術に自信がないってことでしょ。それに、平和そうに呆けたような顔で、なんだか判らない愛玩まで連れて。教会区内での暴挙の心配なんて、少しも要らないわ」
この発言にムッとしたのは、言われた当人の美名でなく、その肩の上の、「なんだか判らない愛玩」――クミであった。
美名も肩で感じる、彼女のイラつき。
「ダメだよ、クミ……?」
このままでは、守衛手司に向かってまくし立て、跳びかかることもあり得る――クミとの旅程も長くなってきた美名には、容易に予想がついた。この小さな友人は、少しばかり気が荒い。
しかし――。
「む、む……むぅ……」
名づけ師クメンの賛同もあって、教会区内でクミは、「喋る」ことを隠すつもりでいた。「客人」云々のやりとりの煩雑さを、極力に避けるがためである。
なんとか自制が効いたのか、美名の服に少しばかり爪を立て、身を縮こませただけで、クミは踏みとどまったようだ。
憎まれ口を叩いた本人――守衛手司ニクラは眉根を顰め、美名とアヤカムとを一瞥しただけで踵を返す。そうして、大門の脇の通用門を開き、一行を手招く。
「……さ、通ってください」
「ありがとうございます、ニクラさん」
「無用なところには赴かないようにだけ、お願いしますよ」
守衛手司から立ち入り許可を受けた一行は、通用門を抜け行く。
充分に距離がとれた――と彼女は判断したのであろう、小さなクミは銀髪の陰から後ろを振り向く。そうして、鉄柵の奥の小柄な後ろ姿に向け、牙を剥く悪態をついて見せた。




