小さな飯屋と謁見依頼 1
「クメン様、これですか?」
「そうそう。クミさんがお望みのものは、おそらくそれですよ」
右手首に油花染めの「札囲い」をした金髪の名づけ師と、小さな黒毛のネコ、銀髪赤眼の少女とは、福城の町に辿り着くなり、まずは腹拵えのため、ひとつの飯屋に入っていた。
「ご注文、お決まりですかぁ?」
「私、この『米盛』と『胡瓜の塩揉み』! 胡瓜の塩は控えめでお願いします!」
「ホント、上手に喋る愛玩ちゃんですね!」
注文を聞いてくれる店員にはすでに、「クミは喋る愛玩」であると言い訳済みである。
「じゃあ、私もクミと同じもので」
「私は『夏野菜の挟み麦包』でお願いします」
「はい、かしこまりぃ!」
威勢よく注文に応じた女給仕が、店の奥へと消えていく。
「やったね、米、コメ、こめ~ッ!」
「福城には様々な料理店がありますが、『米』を出すお店はそんなに多くないですよ。もともとが大都大陸の一部の地方だけで栽培されているものらしいですからね」
「そうなんですか? う~ん……、稲作は世界中で広まってるイメージなんだけどなぁ? なんだろう? 居坂には主食栽培に適した、いい品種がない、とかかな……」
「このお店は大都大陸ゆかりの料理を出してくれるので有名で、お客さんにも大陸出身の方が多いらしいです。夜は『軒酒屋』として賑わいもしますね」
「軒酒屋?」と首を傾げるクミに、美名が「お酒が飲めるお店だよ」と答えてやる。
「お酒飲んで、食べて、お客さんがわいわいと賑わうお店。ヘヤとかにもあったでしょ?」
「ああ……、居酒屋みたいなお店ってことね」
「クミがそんなに恋しがる、『神世のゴハン』、私も楽しみ~!」
品が持ってこられるまで待ち切れない、といった様子でソワソワする美名を見て、そのソワソワの要因が「米」だけではないことを、クミは容易に察していた。
彼女はチラチラと自分を――首元の「指針釦」を盗み見るようにしているのだ。
結局、片手を失った名づけ師クメンと、明良に合流せんとする美名たちとの目的地は一緒であった。
居坂最大の都市、福城。魔名教の主都。
しかも、「神代遺物・指針釦」は遠目にも目立つ「塔群」の方向を示し、近づくごとに針の赤色はその鮮やかさを増すばかり。どうやら、「教会本部」そのものが目的地であることも一致していたようだった。
(明良は、今まさに目と鼻の先ほどのところにいるわね……。そして……)
クメン師と他愛なく福城の町について話している美名を見上げ、クミは思う。
(なんだかんだで明良に早く会いたがってるってのに、それを隠すようにして……)
「魔名教会本部に赴くその前に」と昼食をとることを提案したのが、クメン師であった。クミは即時に賛同し、美名も少しだけ見せた逡巡のあと、賛同した。
そのときも彼女はチラリとクミを――「指針釦」を見たのだ。
(ホント、可愛いかよ……)
さて、昼食を待つ場。
「米」の到来を今や遅しと、浮足立って待ち構える少女とネコとを対面にして、名づけ師クメンの顔にはどこか、真剣さが増したようだった。
「……美名さん、クミさん。おふたりにお願いがございます」
不意に名づけ師の声色が変化したことに、きょとんとするふたり。
「お願いって……どうしたんですか? クメン様……」
「米を分けてくれ、的な?」
「……不遜極まりないとは承知しておりますが、この二週ばかり、おふたりと旅を共にして、おふたりの人柄を見定めさせていただいておりました……」
「人柄……?」
コクリ、と頷くオ・クメン。
「明朗、謹直……。『倉森』の村でアヤカム被害に悩んでいた農夫に、退治を進んで買って出る勇敢さ、深切さ、その際の手並み……。おふたりには、敬服の感を持たずにはおられません」
誉めそやしの言葉の羅列に、お互いに顔を見合わせ、照れたような戸惑いを見せる少女とネコである。
「ど、どど……、どうしたんで、ですか? クく、クメン様……」
「そうですよ。吃驚しちゃって、せっかく慣れた美名もまた戻っちゃったじゃないですか」
「ふふ」と笑うクメン師。
彼が言う「見定めた」というほどではないが、旅の間、目の前の名づけ師は本当に穏やかで爽やかな性根で、このように優しく笑う好青年であることを、クミも自制にたびたび苦労するほどに知り尽くしたものだった。
だが、ふたりが見つめる間に、その優しい笑顔に不意に、憂い色が差す。
「……居坂に、動乱の兆候があります」
「動乱……?」
美名とクミとにゆっくりと目を流す、名づけ師クメン。
「クミさんの言を借りるならば、『主神一尊』……」
「それって……」
美名とクミは、クメン師と同行するきっかけとなった、サガンカでの騒動を思い起こす。異邦者のヂルノと、彼が子どもたちにもたらした、「異なる教え」。それで右手を失ったオ・クメンと、ふたりが感じた、苦み走るような後味の悪さ。
示し合わせたわけではないが、彼女たちは道中、サガンカの話は極力持ち出さずにいた――というより、被害の当事者であるオ・クメンを前にして、持ち出せなかった。
ふたりの思い至りを悟って、クメンは「そうです」と頷く。
「サガンカのように、『主神一尊』は居坂の各地で、密やかに、しかし、確実に広がっているようなのです」
「魔名教の神様を排斥しようとする信仰が、居坂中に……」
「クミさんに問われたときに惚けたのは、申し訳ありません。まだ、話してよいものか、迷っていたものですから……。余人を関わらせてしまえば、戦端に火が、いつどこで点くものか……」
「戦端……」
美名にはすぐにピンとこなかったが、クミは違った。クミのその、独自の知識から、彼女は身の毛が逆立つ憶測を即座に得ていた。
(宗教戦争……?!)
クミの懸念に該当するような戦争は、居坂の歴史内にも存在する。
その最も大きなものは、一千年ほど前の「大都戦争」である。
「魔名教」のとある信仰形態を人心掌握の根幹として版図を拡げていた、大都という王制都市。その勢いを危惧した、福城を含む同盟都市の三国家。
この両勢力が居坂を巻き込んで泥沼に争ったのが、「大都戦争」。
二十年近くの長い争いののち、この戦争は大都の陥落、王族の粛清という形で決着を迎えた。これより居坂中に拡がったのが、同盟国家内で共通していた、現行の魔名教信仰形態なのである。
「『主神一尊』を野放しにすれば、戦争がふたたび、起こり得るやもしれません……」
「そ、そんな大きな話……?」
「戦争」という言葉に、美名の表情もみるみるうちに曇っていく。
「一般にはもう知られていない事実なのですが、一千年前の『大都戦争』の折、大都勢力下で信仰されていたのが、『主神ン』を大都王族と同一視させた、『政教合一』だったと、私は学んでおります……。他の神を『主神』より低く見立て、それにより王族の権威を高め、戒律も厳格で強硬だったという……」
「それって……『主神一尊』と……」
「……似てるわね……。つまり……その、『大都戦争』再来の予兆とも言えるって……わけね……」
「私は密命を受けています」と、名づけ師クメンは潜めていた声をさらに落とす。
「『客人様を見つけ出すこと』……」
「クミを……? なぜ……」
小さなクミは、コクンと小さく喉を鳴らした。
「それは、私も判りません。ただ、教主様は……、自身でこれという方々を選抜し……、それに私も含まれておりましたのですが、面々に直接に下命なされたのです」
美名もまた、喉を鳴らす。
「『居坂のために、客人様の御力が要る』……。『戦争を避けるため、客人様に縋るよりほかない』……。クミさん、お願いいたします」
金髪を揺らし、オ・クメンは深々と頭を下げた。
「どうか、教主様と謁見していただきたく……」




