福城の守衛手司と教会区 3
「殴ってるのかな? 蹴ってるのかな? それとも、剣で斬り叩いてでもいるかな? いずれにしろ……、無駄よ」
「魔名解放党」の首魁、黒頭巾の正体は自分であると、自白にも等しい発言をした守衛手司、ロ・ニクラ。
彼女の嘲りの言葉の通り、黒髪の少年は殴打も蹴撃も斬撃もすべて、戸に浴びせかけた。だが、重厚な石戸への手応えはまったくない。
「……そこは虜囚のために造られた牢部屋よ。居坂で最も脱出困難な部屋じゃないかしら。本来は、こんなふうに会話することも不可能な堅牢」
「波導魔名術か……。 黒頭巾の声も、姿も!」
「その通り」と、少女の答えは、低い声音で届いてくる。
「明良くんは不思議に思ったことはないかな? 川の中の魚を捕えようと手を入れると、川面を境にして自分の腕が変に曲がったり、短いように見えること……。『光』は、案外に『騙る』ものよ」
「背丈をごまかした幻覚の種明かしなど、不要だ!」
叫びつつ、明良はふたたびに白刃を振るった。
カァンッ
「……くっ!」
しかし、これもまた刀身は跳ね返され、柄を握る手に痺れが伝わるばかり。
(今のは『裁』だぞッ! これほどまでか?!)
「『幻覚』じゃないよ」と、声色を戻した少女が言う。
「それもまた『真実』なのよ。感覚は当てになんかならない。他のヒトの目に見えてるものと、自分の目に見えてるものは、同じとは限らない。居坂の事象は、無限に解釈ができる――そんな好例よね」
「俺を捕らえ、どうするつもりだ?」
「これも言ったはずよ。ヒトの犠牲を出すつもりはない、って。ただし、それも私個人の、当然に限度がある話。『烽火』の日までに明良くんが改心しなければ、ごめんなさいだけど、君は魂だけの旅路につくことになる」
「……貴様らに恭順など、俺がすると思うか?」
「……ヒトの心も、案外に『騙られ』たがってるものよ。それに、私の見立てでは、誠心で説けば、明良くんはこちらよりに傾くのではないかって、そう思ってるよ。輩想いのようだしね」
「……ゲイルをまた、矢面にするつもりか?」
「できればそうならないよう、明良くんもよく考えるといいわ。それじゃあ私、守衛手司としての職務で昼礼に行くから、また夕方ごろ、説諭にでも来るわね」
明良はもう一度――今度は、勢いが余って戸の向こうにいるであろうニクラに剣閃が飛んでも構わないほどの気概を込めて、「幾旅金」を振り下ろした。
だがやはり、戸を断ち切ることはできない。
「……言っておくけど、この建屋自体が『牢』で、管轄は守衛手。近づくなって手下には号しておくから、誰も来るものじゃないわ。せいぜい足掻いて、力尽きておいてよ。その方が説きやすいかもね」
その言葉を最後に、岩戸の向こうの気配は消えたようだった。
「どうも俺は、囚われることばかりだな……。くそッ!」
明良は暗闇の中、壁に手を這わせ左方に進む。
目が慣れてきたようではあり、蓄光の性質があるのか、「幾旅金」の白刃がぼんやりと白けて見えはするものの、それでもなお室内は杳として満足に歩を進めることはできない。
苦々しくもニクラの言葉に頼るなら、入ってすぐに棚があり、そこに火付けの道具があるはずだった。
「これか……?」
手探りで掴んだ金と石を打ち合わせると、一瞬だけ室内の近場の様子が目に入った。
どうやらすぐ近くに燭台があり、蝋燭もあるようだ。
今度は明確な意図を以て石を打ち、蝋燭に火を灯した明良。それを元にして、室内で見つけた燭台を点けていき、ようやく室の全貌が見えた。
「これは……」
「牢」というには、存外に広い。
接合部も見当たらない、石壁で四方を囲まれた室内。これらは見た目からして、戸口よりも重厚そうである。
床には絨毯が敷かれ、適度に装飾も施された木製の卓も、椅子も、なんなら食器棚に茶器まで据えられており、居心地は悪くなさそうではある。
だが、明良は感じていた。
室内に満ちる、異様な雰囲気。囚われることに慣れてしまっていた明良には、感覚で知り得ることができた。
「魔名術が施された……牢か……?」
ふたたび、石壁に手を振れる少年。ひんやりとした感触の中、どこか指先にピリリとするような感覚が走る。そして、誰かに見られているかのような、不快さも。
動力大師の「磊牢」や去来大師の「何処か」にも通じる、胸を騒がせる空間であった。
居坂の「牢」に関連する魔名術といえば――。
「『識者』だな……」
咎人を「投獄」や「捕縛」するには当然、魔名術を封じる必要がある。この「魔名術封じ」をモノで為すには、「王段」の「ナ行識者」の魔名術――「封魔」が施されている必要がある。
ここが「牢」であるなら当然、この室にもその「封魔」がかかっており、「幾旅の裁」でも裁断できない堅固さは、「識者」の熟達者によるものと推測された。
そして、これは「識者」の術の特徴であるが、「モノの性質を変える」という術効果に、時間経過による効果切れは、ない――。
「最も脱出困難な部屋だと……? だったら俺が、牢破りの先達にでも、なってやろうじゃないか……!」
不敵に笑みを浮かべると、まずはその厚さを見立てるため、室内の壁を叩いて周りはじめた少年であった。




