福城の守衛手司と教会区 2
「えらく人工的で、取り澄ましてるものだと思わない? 教会区って……」
若年の守衛手司――ロ・ニクラと明良とは、福城の「教会区」内、石畳の舗道を歩いていた。
「少し離れてるけど、ここは『十角宮』をぐるりと回る、『外縁』と呼ばれる遊歩道」
「……」
「この道をいつまで歩いても、どこまで行っても、ただ『十角宮』の周囲をぐるぐると回ってるだけ。……終わりのない道ね」
守衛手の長が幼さ残す少女であることに戸惑った明良だったが、彼女が纏う雰囲気と威厳に頷けるものを感じた彼は、守衛手の詰所で「福城が襲撃される計画がある」と告げた。
ニクラ手司は無言で立ち上がると、「ついてきて」と明良も立たせて、詰所を出ていこうとした。不審者とふたりきりでは、と随伴を申し出る手下を彼女が押しとどめ、そうして、ふたりで散歩に出向くような形になったのである。
明良も相手が何を図っているのか掴めぬまま従ってきたが、限度が来た。
「……詳細は聞かないのか? 『烽火』の……」
「……あの塔群も」
明良には答えず、舗道沿いに植えられたカエデのそば、ニクラ手司は顔を上げた。
「……まったく実用性のない、何百年も前に建造された、ただのお飾り。一度、『十塔を物見に使用できないか』って提案したら、ひどく叱責されたものだよ。じゃあ、あの塔は一体、どう使いたいものなのかね」
「……」
「けれど、真ん中のあのいちばん大きな塔……。あれだけは違う。あれだけには、明確な用途がある……」
「……『教主の居塔』だろう? 執務もその中でこなすのかは知らんが……」
橙のまとめ髪をふわり、ふわりと揺らして、ニクラ手司は少年の言葉を否定する意味のかぶりをふった。
「……象徴よ。魔名教が居坂を統率してるって、象徴……」
明良に向いたその面には、含蓄のありそうな薄笑みを浮かべている。
「……大きい声じゃあ言えないけれど、私に、守衛手としての『誇り』があるとすれば、それは『福城に対して』ではなく、ただ『その職務を割り当てられたから』、全うするものよ」
「……」
手司は「さて」と言ってふたたび遊歩道を歩き出す。明良も彼女に従った。
「『襲撃』の詳細とやらは、守衛手も管轄している司教様の前で話してちょうだい」
「ッ?!」
明良は目を瞠った。
「できれば上位の者に事情を伝える」目的ではあったが、「司教」といえば、「教主」と並ぶ魔名教会の首長である。告発相手としては申し分ない以上の役職である。事態が好転しすぎた驚きに、少年は目を丸くしたのだ。
「その『襲撃』は、今すぐ起こるというわけでもないんでしょう?」
「それは……そうだが……」
「それに、君自身も混ざりたがってるようね。一般のヒトを防衛勤務に加える権限は、私にはない。司教様に直談判してみなよ」
それから明良は、長い間歩かされた。
福城の町全体で見ればわずかとはいえ、「教会区」の敷地も広大である。
そのまま遊歩道を歩き、脇道に入り、石造りの建屋に入り――この施設だけでも「智集館」ほどはありそうな大きさだった――、長い廊下を進み、階段を下り、ようやくにして目的と思われる扉の前に立ったのだ。
ニクラ手司は内部の者に訪いを告げるため、戸を叩く。
重々しげな岩戸の向こうからの返答はない。
「不在かな」
「……司教ともなれば、多忙だろうな」
「ま、入って待とうか」
そう言うと、ニクラ手司は重厚そうな岩の戸を軽々と引き開け、明良に入室を促す。
地下の部屋、加えて、室の主がいないため、暗いままの室内に明良は足を踏み入れる。その歩行音の反響から、どうやら室内は結構な広さがあるようだ。
「灯りは……」
「右手側に腰高の棚がある。その一番上の抽斗に火起こしの石があるよ。ただし……」
言われたまま、明良が右手に視線を向けた時――。
「ッ?!」
室内をやっと視認できていた光の元――岩の戸が閉ざされ、外光を失い、少年の視界は暗転した。
「暗がりじゃあ火は起こせないだろうし、いくら待ってもここには司教様は来ないけどね」
分厚い戸だというのに、ロ・ニクラの声は明瞭に届く。
「どういうつもりだ……?」
「周囲の言動を観察したほうがいいと、助言をしたはずよね、明良くん。魔名教に対して不敬な発言を、初対面の相手に臆面もなくするような守衛手司は、信用するべきじゃないよ」
「なんだと……?」
(俺はまだ、この手司には名乗りを上げていない……。なのに、『明良』の名を知っている……。それに、その言葉は……)
笑みを含んだ少女の声が、「『烽火』は必ず上手くいく」と高らかに響く。
「……だって、本来は敵方である守衛手司が『魔名解放党』を率いてるんだもの。密偵も妨害も、あり得ないよ」
暗中、明良は渾身で戸を蹴り叩いたが、足裏から上ってくる痺れをもらっただけで、岩戸はびくともしなかった。




