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真名神代伝  作者: ブーカン
第二章 千年路の果て
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秘密集会の地下室と黒頭巾 3

 明良あきらが通された奥の間は、前室とは違い、ひどく狭い部屋であった。木製の簡素な椅子が二脚、天板だけの、これもまた簡素で小さな机とともに、壁際に寄せられているだけの、飾り気のない部屋。広間では漆喰しっくいが塗られていたが、こちらの部屋の壁はなんとか押し固められているようなものの土が剥き出しで、そのためなのか、妙に空気がひんやりとして重苦しい。

 黒頭巾は椅子の一脚の背(もた)れを掴むと、もう一脚と向かい合うように配置しなおす。


「座りなよ、『未名みな』の子……」


 言いながら、黒頭巾は壁際の椅子の方に腰を据えた。


「……」

「……言っただろう? 何も、危害を加えようというんじゃない。我らにとって利用価値があるかどうか、見たいだけだ」


 しばらくの無言のあと、明良もようやくにして椅子に腰かけた。

 憮然ぶぜんとしながらも、明良は相手を観察する。


(両の手は……健在だな……。ひとまず、()()ではない……か……)


 黒髪の少年がまず危惧したこと。それは、この目の前の人物が「去来きょらいの大師」――ホ・シアラであるかであった。

 「戦禍」云々(うんぬん)を明良に告げた張本人――ホ・シアラが、そのもの「戦禍」にまつわるであろう、この密やかで危な気な集会に関わっている可能性は大いにある。

 とすれば、まずはこの黒頭巾が疑わしい。例の直感により、魔名術の熟達者であるとも判じているからなおさらではある。体格と面相は頭巾と外套衣で秘匿されているし、「劫奪こうだつ」で奪った「波導はどう」を用いれば、声音も自由自在であろう。

 だが、相手の()()()()()()()()()

 希畔の智集館ちしゅうかんの攻防において、「去来の大師」の左手首は、明良自身の手で断たれた。シアラの最後の言葉からしても、依然詳細不明な「転呼てんこ」であっても、失われた平手が容易に戻るとは考えづらい。ゆえに、明良の眼前、両手を組み、指先をまめやかに動かしているこの黒頭巾は去来大師ではないと判断がつく。

 しかしまた、その判断は「この黒頭巾は去来の大師ではない」だけに留まる。

 この地下室内にありながら大師が「去来の何処いずこか」に潜んでいれば、明良には気配の探りようもない。

 そのため明良は――。


「お前たちは、去来大師と関わり合いがあるか?」


 黒頭巾に先んじて、直截ちょくせつに言葉にして訊いた。


「……去来大師……? ホ・シアラか?」

「……そうだ。ヤツは『福城で戦が起こる』などと言い放った。俺はそれを確かめるため、福城まで赴いたんだ。この集まりを見聞きする限り、ヤツの言葉はお前たちのことを指しているのは間違いがなさそうだからな」


 黒頭巾の奥で相手は瞬きをすると、少しだけ顔を俯かせ、ふっと笑ったようだった。


「……お前、思い違いをしてはいないか?」

「……なにが、だ?」

「我らの目的は、戦争などではない。邪道を行く魔名教をあらため、居坂を正しく導くことだ……」

「……」

「去来の大師サマがなんと言ったか知らんが、お前、その言葉を信用するほどに邪悪な大師と懇意なのか……?」


 言われてみると、確かにそうである。

 明良からしてみれば、ホ・シアラはまさしく仇敵きゅうてきである。彼の言葉や行いを、頭から信じることはできないと考えてはいる。

 だが、黒頭巾に指摘され、あらためて不思議に思ったのが、大師の言葉の真偽自体を疑う考えが、明良にはこれまで浮かんでこなかったこと――。


(あの状況からして、ヤツが嘘を吐いたワケではあるまい……)


 ひとまず明良は、そう()()()()()()納得する。


「それと……お前が思い違いしていることが、もうひとつ」


 黒髪の少年が顔を上げたところに、背後の戸が開かれ、男女がふたり、入室してきた。


「立場をわきまえたほうがいい。この場所は我らが『魔名解放党』の領域。問うのは俺だ。お前が自由勝手に質問できる訳がない」


 明良は立ち上がって、闖入ちんにゅう者たちに向き直ると、背後の「幾旅金いくたびのかね」の柄に手を掛ける。

 黒頭巾は「座れ」と、少しばかり声量を強めて言った。


「だから、何も痛めつけようというんじゃない。正直に答えてくれれば済む話だ……」

「……コイツらは?」

「周囲の言動を観察し、推測する癖をつけたほうがいい。お前への質問の真偽を検めるため、やむなく魔名術を行使してくれる者たちだ」

「……信用できん」

「してもらわなければ、福城で戦争が始まる以前の問題として、少年と……その友人の死体が大河に浮かぶだけさ」


(ゲイル……ッ!)


 黒頭巾をしばらく睨みつけたあと、明良は観念したように腰を下ろした。


「気迫と圧は申し分ないんだ。我らの同志になりえるなら、と俺も思うんだよ。『未名』というのも素晴らしい。あるいは、お前こそが主神様の使いなのかもしれない」

「……判ったから、さっさと『問い』とやらを済ませて解放してくれ」

「そうだな……。まず、『読名どくめい』をあててくれるか」


 闖入者のうち、女がこくんと頷くと、明良に向かって平手をかざし、「ア行・読名」と詠唱する。

 魔名術者は目を細めたり、逆に見開いたりしたあと、おずおずと「すみません」と小さく言った。


「『未名』ではないようなのですが……、『魔名』としても、おかしくて……」


 「どういうことだ?」と訝し気に術者に目を向ける黒頭巾。続けて、明良にも目をくれる。


「……『魔名』はあるみたいなんですが、読めないんです。グチャグチャで……」

「……だから言っただろう。ややこしい、と」

「説明しろ」


 黒頭巾の要求に、明良はふぅとため息を吐いて、「劫奪に奪われた」とだけ言い放った。黒頭巾はこれまでで一番、瞳を大きくする。


「……悪逆の中の悪逆、劫奪か……ッ!」

「……?」


 魔名教典において「裏切り者」と称される神が存在する。それが「劫奪こうだつ大神たいしん」であった。

 「ワ行の神は混沌に交じり、主神とその他の神とのたもとを分った」。

 この神に関する記述は、教典内でこれのみである。もちろん、ワ行大神の神言かみごとろくなども存在しない。

 ゆえに、「劫奪」という存在や言葉自体、居坂の人々には忌み嫌われがちである。その点は、この黒頭巾の一派も同様のようであった。


(コイツらと普通の魔名教との境目が、よく判らんな……)


「……だから、魔名などというものは災厄を呼ぶ。等しく『未名』であれば、奪われることも、奪うこともないというのに……」


 呟いた黒頭巾だったが、すぐに顔を上げた。


「……それはそれで、『魔名の犠牲』ということで担ぎ上げることもできよう。君はもう、下がっていい」


 言われて、附名術の女は一礼を残して室を辞した。


「君、『正偽せいぎ』をかけてくれ」

「……ハイ。『マ行・正偽』……」


 残った男が、明良に平手をかざす。

 「マ行・正偽」とは、「幻燈げんとう」の魔名術のひとつで、被術者の発言の真偽を確認できる術である。本当のことを言っていれば、術者には相手がほんのりと赤く光って見え、嘘を吐いていれば、青く見える。

 黒頭巾はどうやら、明良相手に質疑をし、この幻燈の魔名術で真偽を定めるつもりのようである。


「……こんな面倒なことをしなくても、俺は偽りなど話さん。そういう性格ではない」

「それはそっちの事情だ。俺はお前のことなど知らんのだからな」


 「では、まず問う」と黒頭巾は両の手を組んで、明良の顔を覗き込む。


「……お前は、魔名教会の密偵か?」

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