秘密集会の地下室と黒頭巾 2
「……主神は慈悲深く、寛大であられる。だが、現行の魔名教の体制は、その恩赦の対象とはなりえないほど腐敗が進んでる」
黒頭巾の演説に熱がこもりはじめる。
「邪な『魔名』などで御子の旅路を決めつけ、町という町、村という村でその権勢を悪辣に振るい、ましてや内部では、金銭物品で役職が売り買いされている始末ッ!」
黒頭巾は言い切ると共に、握った拳を突き出す。
「大都大戦以降の千年を経て、魔名教には終末の時が来た! 邪教を終わらせるのは、我ら、『魔名解放党』ッ! 居坂を新たに導くは、我らの『ン神の教え』ッ! この度の烽火は、その先駆けとして灯される、次代の篝火になるッ!」
黒頭巾の号に、観衆の熱気は最高潮となる。
それとは対称的に、黒髪の少年は冷ややかな悪寒とともに、確信を得ていた。
(シアラが言った「福城に起こる戦禍」の種とは、これか……!)
黒頭巾の演説が終わってすぐ、戸惑っていた明良はゲイルに腕を引かれ、半ば強引に件の演説者の前に出された。
この集会自体に初参加の者であろうか、同様に所在なさげな者たちの四人目として、黒に白の一文字の垂れ幕を眼前、横並びにさせられる明良。
「……この中で、『主神の教え』を賜っていない者は?」
黒頭巾の問いに、新参者たちはお互いの顔を見合わせるようにする。
手を挙げたのは明良ともうひとり。年は明良より少し下に見える、茶色がかった髪を編み込んだ少女であった。
「……ふむ。今は烽火に向けて準備が忙しい。正統なる教えを授けてやるのは落ち着いてからとしよう。まあ、教典や、主神様の神言を繰り返し読みこんでいれば、ほぼ間違いはない」
黒頭巾がふたりに目配せする。
近づいて判ったのだが、彼――黒頭巾は、頭だけでなく、身体全体も黒布で覆っている。まるで、魔名教の白外套衣に当てつけるような、色違いなだけで同様の衣装のようであった。
「……だが、他の邪神……『十行大神』に関する記述、神言は全て偽りだ。絶対に見るな。絶対に倣うな」
頭巾の目の部分から覗く眼光が、射るように少女と明良とに向けられる。
これも近づいて判ったのだが、この黒頭巾の正体は、少なくとも魔名術の「王段」まで修めた者である、と明良は直感していた。
希畔の町にて、「動力の大師」、「その弟子」、「去来の大師」と、立て続けに魔名術の熟達者と間近に接し、加えて、自身でも「魔名術の王段の壁」に比肩する剣術のソレを打ち破った経験からくる、直感である。
明良自身、明言はできないが、あえてその判断の因を言うなれば、眼光の鋭さと、身体から漂う雰囲気、それらの圧、演説中に垣間見た平手に感じる、魔性――。
(そこまで魔名教の道を修めておきながら、コイツはなんでこんなマネを……?)
明良はまたも手を挙げ、「いいか」と声を上げる。
ゆっくりと明良に目を配せる黒頭巾。その威圧するような目許には、鋭さが増したようだった。
「おい、明良……?」
「……俺は、友人から『仕事を紹介する』と言われてここに来たんだ」
背後でゲイルが咎めるが、明良は続ける。
「魔名教にも所属していないのに、こんな真似事の、密教じみたモノに参加する気はない」
「……真似事? 密教だと?」
少年が言い切った直後から、黒頭巾はもとより、地下室に居る者たちの空気が一変した。
「……おい、聞いたか?」
「ええ……。私たちの信じる神を、願いを……」
周囲四方から感じる、敵愾心。
その的になっている少年は、そんな敵意の海の中にあって、悄然と黒頭巾を睨み続ける。
「烽火とやらが危険なコトであれば、俺には後背の刀を、この場で引き抜く心積もりがある」
「おい、マズいって!」
黒頭巾は明良から目線を外すと、彼の奥のゲイルに目を向ける。
「……ゲイルくん。君の友人は、ずいぶんと俺たちの心を逆撫でしてくれるな」
「いえ、いえ! 申し訳ありませんッ!」
明良の背後で、ゲイルは頭を下げる。
「……コイツは、この『黒未名』は剣の腕がたちますから、きっと烽火の役に立ってくれるだろうと……」
「……『黒』……『未名』?」
黒頭巾が、明良に目を戻す。
大きく見開かれたその眼球には、どうやら訝しむような物とは違う色が宿ったように、明良には見えた。
「……お前は『未名』なのか?」
黒頭巾の問いに端を発し、少年に注がれていた視線に、これもまた別の気色が混じり始めたようだった。
当惑と好奇と羨望。
纏わりつくそれらの気配に、明良はそら気味の悪いモノを感じる。
「答えろ。その歳で『未名』なのか?」
「……知らん。自分でもややこしい現況だ。魔名がないことを『未名』というなら、そうだ」
黒頭巾は傍らの者を捕まえると、「おい」と声をかける。
「『読名』ができる者……。それと、『正偽』を使える『幻燈』を奥の部屋へ連れてきてくれ」
「……はい」
言われた者は、地下にいる者たちの注意を引くように高く手を挙げると、命じられた魔名術者を探しはじめた様子だった。
「お前はこっちだ」
「……慮外な俺は、別室行きか?」
「なに、痛めつけようってわけじゃない。その剣ももちろん、そのまま持ってきていい。いざとなったら応戦してみな」
黒頭巾は大仰に黒外套をはためかせ、垂れ幕前の段から下りて行く。
「ついてこい」
「明良……」
友人の案じるような声に、明良は振り返る。
「ゲイル……。物語というのは、絶妙に数奇なものだな……」
無礼ではあるが、それが友人の標準であることを知り尽くしているゲイル。その持って回った口調は、ヤマヒトの村で彼の身元を引き受けていた変わり者の読書家から影響を受けたことを承知しているゲイル。
(コイツをこの場に、連れて来るべきじゃあなかった……か……?)
心配と訳の判らない焦りと少しの後悔がない交ぜとなった複雑な心持ちで、ゲイルは黒頭巾とその後に従いていく明良の背後とを呆然として見送った。




