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真名神代伝  作者: ブーカン
第二章 千年路の果て
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小さな軒酒屋と昔馴染 2

「今日の宿はどうするんだ?」


 ヤマヒトの村で馴染なじみだった他の者のその後や、明良あきらの旅路の内容の端々(はしばし)――とりとめもない会話の途中で、ゲイルが明良にいてきた。


「どこの宿屋をとったんだ?」

「いや……、野宿だが……」

「野宿ぅ?!」

「持ち合わせがなくてな。仕方なく」


 これは、半分がウソで半分が本当のことである。

 明良は旅の行程において、「人里で宿をとる」ことを極力しない。「ヒトと関わること」をできるだけ避けようとするのだ。

 彼自身もこれまでは、「理由もない妙なこだわり」だと思っていたのだが、動力どうりきの大師から指摘された明良の性質――「関わった者に親愛を持つ」をかんがみると、その「こだわり」にも自覚がいった。

 すなわち、「すぐに、または、いずれ去る地とヒトと関わり、離れ辛くなる情愛を持つことを無意識に避けていた」のである。

 自分でも「俺にまさか、そんな可愛げがあるものか」と呆れるような推測だが、この解釈を得てからというもの、「あえて宿をとらない」夜にどこかで感じていた、しっくりとこない感覚はなくなった。

 ただし、そう自覚してからもこの習慣は続けている。希畔きはんを発ってからも宿をとったのは、どうしても夜通しの降雨をしのげる場所が見当たらず、駆け込むようにした一回きりであった。

 この性質を律儀に説明しても首を捻られるだけだろうと、明良は直截ちょくせつに「仕方なく」とウソをついたのだった。

 なお、「持ち合わせ」――所持金が少ないのは事実である。


「そうかぁ……。俺のところは下宿寮だから泊めさせてやれないんだよな……」


 少し考えこむようになったゲイルは、まもなく、「よし」と顔を上げる。

 すでに酒酔いが出来上がった彼の顔は、長風呂でのぼせ上ったかのように真っ赤であった。


「カネ、出してやるからどこか宿とれよ」

「え、いや……、野宿は慣れてるから構わないんだが……」

「そう言うなって! おぉい、ケイラちゃぁん!」


 ゲイルが声を上げると、名を呼ばれた軒酒屋のきさけやの給仕の女は振り向く。例のごとく、追加の注文かと書き取り紙を構えながらやってくるケイラ嬢に、ゲイルは「違う!」と声を張った。


はす向かいの宿、あるでしょ? 一室、とってきてくれない?」

「……おい、ゲイル……」

「ええ~?! そんな小間使いみたいなコト……」


 おつかいを渋った給仕者であったが、ゲイルが「もう一本つけるから!」と言うと、彼女は一転して、「かしこまりぃ!」と威勢よく店を飛び出していった。


「あ~ぁ……。どうするんだ、ゲイル? 俺は本当に宿賃もないぞ。返せるアテもないのに……」

「なぁに、こっちには返してもらうアテがあるさ」


 何かを企図きとするような顔つきになったゲイルは、明良と、彼の座席横に立てかけられた「幾旅金いくたびのかね」とに目を配る。


「剣術、まだ続けてるんだろう?」

「あ? ああ……もちろん……」

「仕事を頼みたいのさ」


 まだ要領を得ない明良は、「仕事?」と繰り返す。


「ああ。雇い主は俺じゃあないし、確約はできないが、近々、ちょっと人手が要るんだ」

「何か……、刀を使うようなコトなのか?」


 明良の問いに、同郷の友人は小さく頷いた。


「……『くろ未名みな』の剣術なら、そこらの『動力どうりき』やアヤカムなんて敵じゃないことは俺が知ってる。少しヒトを選ぶ仕事なんだが、お前なら問題ない」

「……俺は、この福城ふくしろには、せ……」


 「戦禍とやらを未然に防ぐ目的のため」と言おうとして、明良は口をつぐんだ。

 彼の言葉の続きを待つゲイルの顔を見ると、そこに、昼間の白い制帽の姿が重なる。

 明良の旧知は、今や「魔名教会」の者である。純然たる、「福城の守衛手」の一員である。

 ヤマヒトの村での世間話ならいざ知らず、場所は福城、相手は友人とはいえ、魔名教の者。安易に口を滑らせてよいものかといった疑念が、明良の言葉を詰まらせたのだった。


「どうかしたか?」

「あ、いや……」

「もう、この町でなにか、仕事でも見つけてたのか?」

「……そういうワケでもないが……」

「だったらいいじゃないか! 手伝えよ。それに……」


 明良の少しよどむようになった気配など気付かず、ゲイルはうんうんと頷く。

 

「剣術の腕に、素性と信仰もハッキリしてるし、なにより、『未名みな』だろう……? ちょっとした思いつきだったが、だんだん、自分でも妙案な気がしてきたぞ……」


 相手が自身の発案に自身で絶賛している様子なのを置いて、明良も少し考えていた。


(正直にいえば、金策はありがたいが……)


 だが、彼の第一目的は前述のとおり、「戦禍の阻止」である。労働に身をやつしている暇は、今はないように思えた。

 しかしと、明良は卓を挟んで向かいの友人の顔を見る。

 真っ赤になった顔になにやら嬉々とした笑みを浮かべて、彼はまだうんうんと唸っていた。


(ひさびさに会えたともがらの好意を無下にするのは、俺も気持ちが悪いしな……)


「……判った」


 明良の言葉に、ゲイルは「お!」と目を瞠る。


「受けてくれるか!」

「この町に来た、本来の目的に差し障りのない範囲で、な。あと、今日は野宿だ。やはり、後々の入りを見越しての借りは、気持ちがいいものではない」

識者しきしゃが固めたようなやつだな、相変わらず……」


 呆れつつも、明良の承諾に嬉しそうに微笑むゲイル。

 そんなところにちょうど、おつかいを頼まれた給仕のケイラが戻って来た。


「ゲイルさん、宿とってきましたよ~」

「ケイラちゃん、すまないけど、それ、ナシで! 申し訳ないけど、それ伝えてきてくれる?」

「はぁ~? ちょっとぉ、ふざけないでくださいよ。それに、こんなにずっと店を離れてたら私、親方に怒られちゃいますよ~」

「もう二本つけるから! な、明良」

「……判った。俺も飲もう」


 給仕のケイラは、「かしこまりぃ!」と、溌溂はつらつと言って店を飛び出していった。

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