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真名神代伝  作者: ブーカン
第二章 千年路の果て
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眼窩の窪んだ男と彼の信仰 4

「美名、来て! 早くっ!」


 ヂルノを打ち倒して直後、地べたで寝入っているサガンカの大人たちを助け起こし、岩肌に寄り掛かるように移動させていた美名。そこに、先んじて洞穴内部に立ち入って様子を見に行っていたクミの焦燥の声が上がった。

 その尋常でない様子に、美名も洞穴に駆け入っていく。

 さして奥まで行かず、美名はクミと――見知らぬ金髪の男の姿を認めた。

 その、一見した光景に美名は言葉を失う。


「こ、これって……」


 上面が平たい大きな岩石に緊縛きんばくして座らされ、眠らされていた金髪の附名ふめい術師、オ・クメン。

 息はある。

 渋面じゅうめんを浮かべてはいるが、寝息を立てている。

 だが――。


「て、手が……」


 彼の右手首から先はかった。痛々しい切断面にあるべき部位は、五指ごしを拡げ、岩の地面に無造作に転がっていた。

 美名はひとつだけ喉を鳴らすと、寝入る青年に駆け寄る。

 自身の上着を脱ぎ去り、引き裂き、附名術者の手首に巻き付け、「留め」として自身の革腕輪を巻きつけた。


「手……、手のほうも、お願い。断面を傷つけないように……。氷水があればいいんだろうけど……」

「うん」


 美名は手首を拾い上げて、上着の残り生地で包み上げる。


「……外科手術は、期待できないよね……。『他奮』でくっつけばいいんだけど……」

 

 上着を丸めながら、銀髪の少女は力無く首を振った。


「多分……、それはムリ……。私、よくヤ行の術者様から注意されてるの。『指程度なら切断したとしても、すぐに他奮術で処置すれば何とかできるけど、それ以上は』……『絶対に』……」

「そんな……」


 クミは振り返り――。


「……スッザッ!!」


 怒声を張った。

 首魁しゅかいを失った短髪の少年は、美名が大人たちを介抱するのも手伝わず、かといって洞穴に美名たちが立ち入ることを邪魔するでもなく、ただ所在なさげに美名たちを遠巻きにしていた。

 今も、洞穴の入り口に茫然として立ち尽くしていたのが、振り返った小さなクミに、少年はビクリと身を震わせた。


「アンタ、コレ……。黙って見てたの?!」

「……」

「なんで止めないのッ?!」

「……主神様の意に反する、邪神の使いだから、です……」

「……はぁ?! そんなこと……、本気で思ってるの? こんなことして神様が喜ぶと、本気で思うの?!」


 当惑するように、短髪の少年は力無く首を振る。


「……『未名みな』が……嫌がっていた。『名づけ』られることを、拒んでいたんです……」

「あの子のためにやったとでも言うつもり……?」


 クミの声が震える。

 何故そう思うのか、クミ自身でもよく判らないが、ただ悔しかった。

 美名が立ち上がる。

 冷徹な面相で、少年に歩み寄っていく。


「邪悪な魔名を嫌がっていたんだ! だから、俺は……」


パン


 少年の言葉の途中で、美名は彼の頬に平手打ちをした。

 呆けたままのたれた当人よりも、打った当人のほうが、下唇を噛みしめ、涙を零し、痛々し気であった。


「……あの子は……サメは笑ってたわ。クメン様に今日、『名づけ』てもらえるって、喜んで笑ってたの!」

「……笑った? ……喜んだ?」

「そうよ!」

「……『未名』が?」

「そう! 魔名じゃない! 邪悪な名前なんかでもない! 自分で一生懸命考えた名前。あの子が、嬉しそうに告げてくれた名前……『サメ』! それを、アナタは……」

「……そ、そんな……。俺は……」

「どいて!」


 銀髪の少女に恫喝され、スッザは後じさるようにして道を開けた。

 美名は、クメンの手を収めた布を自身に巻きつけ、クメンを背中に担ぎ上げる。自分よりいくらも上背のある者を、背負いこむ。

 そうして彼女は、悔しそうな涙顔を浮かべたまま、洞穴を出て行った。


「……スッザ」


 友人を追って洞穴を出る間際、クミは振り返った。


「……これから、アンタはすごい説教されるだろうし、何か、罰が与えられるかもしれない。この居坂いさかにどんな刑罰があるのか、私は、詳しくは判らない……」

「……クミさん、俺は……」


 すがるような、許しを請うような少年の声に、クミは首を振った。


「『サメのためにやった』なんて、絶対に言わないで」

「……」

「……アンタは絶対に間違ってるとか、私たちは絶対に正しいことをしたとか、私はそんな、偉そうなことを言うつもりはないわ」


 少年は涙を落とす。

 大人になりかけの少年は、小さなクミを見つめながら頬を濡らしていく。


「けど……あの子のためになんとかしたいと思ってたなら、アンタはクメン様をさらって傷付けることじゃなくて、そんなことに加担するんじゃなくて、サメの話を聞いてやるべきだった。彼女が本当はどうしたいのかを聞いてあげて、どうすれば彼女が泣き止むのか一緒に考えて、それで、クメン様ともちゃんと話して……。そうすべきだったのよ……」


 クミは向き直ると、四つ足で駆け出した。


(私は、自分が間違ってたとは……思いたくない……)


 背後で、少年が嗚咽おえつを上げている。

 その声を聞きたくなくて、自身の双眸そうぼうから流れる涙が悔しくて、小さなネコは美名を追って駆けた。

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