眼窩の窪んだ男と彼の信仰 1
「……この方向は……」
ミルザの父だという、筋骨逞しい男が呟く。
「アイツの『穴室』か……?」
「……アイツ?」
「指針釦」に従い、まずは「来客用穴室」内を捜索した一同。
だが、たった二間の「穴室」内は当然、サガンカの者たちがすでに調査済みである。遺物の針が指し示す先も、室の岩壁が遮るだけであった。壁の裏に隠し空間等がある可能性も考えられたが、サガンカの者は「そんなものはない」と断言した。美名たちも念入りに見てみたが、その言葉の通りであるようだった。
この「穴室」内にはいない。
ここで美名は、遺物のさらなる発見をする。
「指針釦」を地面に対して垂直に立てると、その針の上下で、対象者が自分たちより「上にいるか」、「下にいるか」も知れるようだったのだ。
一同はいったん外に出て、水平方向、垂直方向の指針を頼りにした。
まず、サガンカを出る。
針に導かれ、低木まばら、岩石がごろごろとした山肌を歩く。
そうしてる間に、ミルザの父は、「この方向は」と気付いたのだ。
「……ここをもう少し行った洞穴に、ヂルノっていう男がいるんだ。この様子じゃあ、『オ様』はそこにいらっしゃるかもしれんな……」
「ヂルノ……。少し離れてるようだけど、サガンカのヒトなのですか?」
「イヤ」と彼は首を振る。
「十週くらい前にどこからかフラっとやってきて、そこに居着いたんだ。まあ、身なり風体も怪しくはあったんだが、サガンカにはいない『マ行幻燈』だったから、初めはこっちも物資や食べ物を分けてやったり、代わりにアッチも幻燈術で援けてくれてたり、それなりにやってたんだが、いつからか、悪さするようになってな……」
「悪さ……?」
「夜な夜な、子どもたちを誑かすようになったんだ……」
美名もクミも、息を呑む。
ふたりがふたりとも、嫌な想像を巡らせた。
それを察したのか、男は「いや」と首を振る。
「……暴力を振るったりとかではないんだ。ただ、何か……魔名教の説話会みたいなことをしてるらしい。それも初めの頃は、サガンカには『魔名教会堂』がないし、岩山堀りの仕事で俺たちは十分に構ってやれないしで、むしろ子どもたちにとってはいいことかなと思ってたんだが、このところ、どうにも様子がおかしくてな……」
「様子……?」
その話から、美名とクミには当然に思い当たる節があった。
「児童窟」の子どもたちが「未名」に憧れのような態度を見せたこと。
美名の「名づけ」を止めるよう言ってきたこと。
サタナの妹――サメが、一日中泣き通すほどに「名づけ」を嫌がっていたこと。
「その、ヂルノってヒトに感化されて、子どもたちが……『十行大神』を軽んじて……いえ、むしろ、軽蔑するようになって、主神だけを崇める、いわば、『主神一尊』になってったんですね……?」
クミの言葉に、歩くミモザの父が頷く。
「『魔名術』を使いたくない、『魔名』がイヤだ、と、『児童窟』の子たち皆――分別がつく歳のスッザでさえもそう言うようになってきたんだ。直接に何かしらの被害が出た、というわけじゃあないんだが、俺たちはヂルノに注意した。『もう子どもたちに変なことは教えないでくれ』って。だが、アイツはそれでも、夜、子どもたちをコソコソと連れ出してきては、例の集会を続けていたようだったんだ。最近はそれも目に余りはじめたから、そろそろ、本腰入れて注意しようと思ってたところだったんだ……」
「……『主神一尊』を子どもたちに広める、異邦者、ヂルノ……」
美名とクミとが気を引き締めてすぐ、「名づけ師」捜索の一行は山肌の斜面に隠されるようにしてあった洞穴に辿り着いた。
その入り口は、サガンカにあるような、見た目や使い勝手を考慮されて人の手が入れられた「穴室」の入り口とは違い、まさに自然そのものが長い年月を経て開けていった、魔窟の口のようであった。
「美名、『指針釦』は……?」
「うん……。この中……。すっごい赤いから……、絶対ここだわ」
クミを肩に乗せた美名が洞穴に立ち入ろうとしたときだった。
「入らないでください」
洞穴内部を響いて、通ってきた声音。
「それ以上、この『穴室』に入らないでください」
「スッザ……?」
それは、真に迫った少年の声だった。
洞穴の暗がりから、逆立つ短髪の少年が姿を現す。
険しいその顔。声音が帯びていた色。
その少年の、美名たちと大人たちとの侵入を拒んでいる様子がありありと知れた。
「スッザ、あんた……」
「おい、こんの悪ガキ……。クメン様はここにいるんだろう?」
サガンカの大人たちの声を無視するように、スッザは洞穴の内部へ振り返る。
一同は、彼の視線の先から金髪の「名づけ師」が出てくるものかと思ったが――。
「ヂルノ……」
「このヒトが……」
出て来たのは、痩せぎすで眼窩が落ち窪んだ、不健康そうな男であった。
よく見ればだいぶ若いのだと気付けるのだが、その風貌、背を丸めたような姿勢、纏う雰囲気――それらのすべてが、彼を陰気で、実年齢よりも老けさせて見せる。
美名は「指針釦」をクミの首元に返してやると、「嵩ね刀」の柄に手を掛けた。
男は少年よりも一歩前に出てくると、洞穴を取り囲むようにする一同を見渡す。
「……皆さん、すみません。こんなことになってしまって……」
「ヂルノ……。ってことは、やっぱりお前……」
「はい」と男は答えた。
瞬きひとつもせず、ぎょろぎょろした瞳で視線を投げて来る男に、クミは不気味なものを感じる。
「……邪神の手先である附名の魔名術者は、私が捕らえてあります」
「……ッ!」
色めきだつ一同に向けて、男は意外にも、深々と礼をした。
「……すみません。俺たちの布教が間に合っていれば、こんなことにはならなかった。むざむざ、邪教徒をサガンカに迎え入れるようなことはさせなかった……。本当に……すみません」
折った上体をさらに深める男の姿に、一同は呆然とする。
この男は何を言っているのか? 「名づけ師」が邪教徒?
美名も同様である。
刀を握る手が緩んでしまうほどに呆気にとられ、理解が追いつかない。
ただ、そんな中唯一、小さなネコだけは――。
(ヤバい……。このヒト、本物だわ……)
事態の容易ならざる状況を、真っ先に感じ取っていた。
(……お金のためとか、自分の利益のためとか、そんな判りやすい理由じゃない。このヒトは、本気でクメン様を邪教徒とみなしてるし、本気でサガンカのヒトを『主神一尊』に導く気でいる……)
美名の肩の上で、クミがゴクリと喉を鳴らせた時だった。
体を起こしたヂルノは、その動作から流れるようにして平手をかざし回していた。
「……美名ッ! 術が来るッ!」
呆気にとられていた少女は我に返り、「嵩ね刀」を引き抜くと、ヂルノに向けて跳びだす。
だが、その一瞬の遅れは大きかった――。
「マ行・微睡!」
相手の詠唱は美名の到達より早く為された。
まともに魔名術を受けた美名は、跳び込んだ勢いのまま、つんのめるようにして地面を転がる。
彼女の肩にしがみついていたクミは、その転倒のはずみでその身を投げ出されてしまう。
サガンカの大人たちは、その場で崩れるように倒れ――静かな寝息を立て始めた。




