狼狽の少女と眉目秀麗な名づけ師 3
「はい」
物静かに応える声。
「来客用穴室」の扉を開け、中から現れたのは、金色の前髪を後ろに流してきっちりと固めた、見目の美しい若年の男だった。
魔名教会員の証、白外套衣を颯爽と着こなし、形のよい眉の下、凛とする眼で扉の外を見回している。
(えぇ……? なにこの、外国人モデルさんみたいなヒト……)
少しの間、相手に見惚れてしまっていたクミは我を取り戻して、「下です」と主張する。
声に気付いた若年の男は、見下ろした先に小さな黒毛のアヤカムの姿を認めたためか、目を丸くして瞬きをした。
「……今の声は……あなたですか?」
「はい、そうです。喋るアヤカム、『ネコ』のクミです」
「喋る……。もしや、まろう……」
「『客人』じゃありません! 『ネコ』です!」
先んじて言い切った「ネコ」に、男はふわりと優し気に微笑む。
正面きって贈られたその美しい笑顔に、クミは思わずため息が出そうになった。
「なるほど、判りました。客人様じゃないのですね。ネコのクミさん、こんばんは」
「……こんばんは。お休みのところ失礼しますが、こちらにトジロ様はおられますか?」
「トジロ」という名を聞くと、男はまた瞬きをする。今度のその所作には、困ったような色があった。
「……いえ、トジロ師はおられませんよ。附名術者をお訪ねになったのであれば、私がそうです」
「あ、それは……失礼しました……」
小さなネコが恭しく礼をするのを見ると、男は可笑しそうに含み笑いを零した。
(やだ……。すっかり、トジロ様がいるもんだと先走っちゃった……。それにしても……)
クミはあらためて、相手を見上げる。
彼女は「名づけ師」や、「オ様」といった呼び名から自ずと、相手は壮年程度の者だろうと想像してしまっていた。
しかし、今、目の前でたおやかに微笑んでいる「名づけ師」は、想像を遥かに裏切って若い。そして、美しい。
金髪や見た目の若さ、美しさという共通項で、クミの心中にはとある人物の姿が思い浮かぶ。
(まさか、モモ大師と同じパターンで、「実はすっごい年嵩です!」とか、ないわよね……)
「……私はクメンと申します。トジロ師と同じ、輩の皆様に魔名を差し上げて旅をしている者ですよ」
(クメン様……? いつか、美名が言ってた、『次代のクメン様』かしら……)
「それでクミさん、私に御用でしょうか?」
「あ、そう、そうだわ……」
小さなクミは畏まって話し始める。
クメン師の本来の用向きが終わったあと、よかったら、自身の大切な友人に魔名を授けて頂きたい旨。
彼女は、美名は、魔名を授けてもらうことを夢見ているのだと、少々熱っぽく。
屈みこんで、クミに視線を合わせてくれて、うんうんと頷き、微笑を湛えながら話を熱心に聞いてくれていた「名づけ師」のクメンは、相手が話し終えると、「もちろん、いいですよ」と即座に快諾してくれた。
「輩に魔名を受け取って頂くのが、私たち附名術者の稼業です。断るわけがありません」
「わぁ……。ありがとうございますッ!」
「このサガンカをあげて、明日は『未名』の子に『命名』の儀が行われると聞き及んでいます。ミナさんとクミさんも、そちらにおいでください。『命名』には半刻ほどお時間を頂きますが、引き続き、ミナさんの『命名』もいたしましょう」
「……はい!」
「よろしくお願いします!」と頭を下げたクミに、愛し気な目線をくれる、眉目秀麗な「名づけ師」。
顔を上げたクミは相手のその相貌を見ると、今度こそ、「はぁ」と、悩まし気なため息が出てしまっていた。
(ヤバ……。カッコいいし、スタイルいいし、物腰柔らかで性格最高だし、これは毒だわ……。はやく帰ろ……)
そのまま「名づけ師」に見入っていたくなるのを振り切るように頭を振ると、黒毛のクミは踵を返して、洞穴の入り口に向けて歩を進める。
視線の先では、一部始終を隠れて見ていたのだろうか、小さな案内人、ミルザの顔が岩肌の陰からピョコンと出ており、クミと目が合った。
――その時だった。
「クミさん」
背後から、呼び止める声。
振り返ると、この数瞬でどういう変化であろうか、クメンの顔色が冴えない翳りに覆われていた。
「はい……。どうかしました?」
「クミさんは、トジロ師のことは、どこで……?」
冒頭で人違いしたことで気分を害させてしまったかと焦ったクミは、「違います、違います」と慌てる。
「ちょっと、勘違いしちゃっただけです。私が最近聞いてた『名づけ師』様の御名前が、トジロ様だったもので……」
「……そうですか」
言い訳を聞いても、クメンはじっとクミの双眸を見てくる。
モモノ大師もそうで、美名もときどきそうだが、顔貌が美しい者がそうしてじっと見つめてくると、クミは心中が掻き回されるようになって落ち着かない。責められているように感じて、気が気でない。
「……トジロ師は、附名術師をお辞めになりました」
「……え?」
「……ですから、クミさん。今後、トジロ師の名は口に出さないよう、お願いしてもいいですか?」
「え……? あ、あ……。え?」
きっかりとした眼から送られる視線が、鋭い。
なにかしら正当な権勢を振るい、従わせるかのようで、怖い。
その言葉の意図もよく判らず、ただ威勢に圧されるようにして「判りました」と返事をすると、クミは少し後味悪く、「来客用穴室」を辞した。




