狼狽の少女と眉目秀麗な名づけ師 1
「美名、『オ様』だって! トジロ様かもしれない! 早く会いに行こうよ!」
「……うん」
案内された自分たちの「穴室」に下がると、クミは早速に相方に声をかけた。
だが、銀髪の少女の顔は沈んでいる。
今日はずっと上機嫌だったのに、一転して沈鬱になったその顔色に、小さなクミも気が気でならない。
(……原因は、まあ、まちがいなく……)
「……あの子のことが、気になるの?」
美名が小さく頷く。
ひと晩の宿を求めて立ち寄っただけの美名たちにとって、この山深くの集落で「名づけ師」と居合わせたというのは、思わぬ、嬉しい偶然である。
明日予定の「名づけ」のため、「未名」の幼な児のため、サガンカにやってきているらしい「名づけ師」。
しかし、嬉しいはずのこの状況は少しばかり、不穏である。
元来の予定で「名づけ」られる当人であるサタナの妹は、布団を被り、誰とも口をききたくないほど「名づけ」を嫌がっているという。
なぜか?
女児は何をそんなに嫌がっているのか?
美名には判らない。判らないが、祝福されるべき当人がそうまで「名づけ」を拒んでいるのを差し置いて、自らが脇から出ていって、「名づけ師」に「名づけ」てもらおうなどという気には、到底なれない性格の少女であった。
「美名ちゃん、『魔名』をつけられちゃうの?」
「せっかくまだ『仮名』なのに、もったいないよ」
「……」
子どもらが、俯く美名を覗き込むようにして訊ねる。
美名たちの部屋についてきたのは、広間でも元気のよかった三人。
寝台に腰掛ける美名を、挟むようにして座るふたりが、男児のエガと女児のコウメネ。
「穴室」の敷絨毯の上に座り、クミを膝の上に置いてゆったりと撫でまわしているのが、女児のミルザ。
その男女の子どもらが自らの「魔名」を教えてくれるときも、美名たちに違和感を感じさせた。
ほとんど全てと言っていいほど、これまでの旅路の途中で出会った子どもたちは、自分たちの「魔名」を得意気になって教えてくれた。美名とクミが彼らの名を呼ぶと、それだけで嬉しそうな笑顔を見せてくれたものだ。
だが、サガンカの「児童窟」の子どもたちは違う。
魔名を訊ねてもしぶるような様子で口ごもり、なんとか「個人名」を教えてくれたかと思うと、「属性名」は口が裂けても言わないといった強情さ。これは、この場にいないスッザも、サタナも同様であった。
(魔名教にも……宗派の違いがあるのかしら……?)
クミは、「宗派の違い」という言葉でひとまずは腑に落とした様子だったが、美名は違う。
美名の心中には、どうにも解きほぐせないしこりのようなものが残る。言葉にできない、つかえのようなものがある。それがため、銀髪の少女の顔は、どうにも晴れないのだ。
「……美名、どうするの? 『オ様』のところ、行かないの?」
「……うぅん……」
男児と女児が訴えるように美名の服の裾を引っ張る。
「ダメだよ、美名ちゃん!」
「『名づけ』られるなんて、恥ずかしいよ!」
「……あはは。う~ん……困ったなぁ……」
困惑し、戸惑うようにし、煮え切らない様子の美名に、クミの方が先にしびれを切らした。
「んもう、判った! 私が先に行って、話つけとくから!」
「えぇ……?」
「美名は魔名、『名づけ』て欲しいんでしょう?!」
「それは、そうなんだけど……」
「えぇ~」と残念がる子どもたちに、困ったように苦笑いを返す美名。
小さなクミは、なぜだか無性に腹が立ってきた。
「……明日、あの子のあとに『名づけ』てもらいたい子がいるんです、って、私言ってくるからね!」
「んん~……」
「ミルザ、案内してもらっていい?」
「あ、ちょっと、クミぃ……」
美名の縋るような声に振り向きもせず、黒毛のネコはさっさと「穴室」を出て行ってしまった。
案内を請われた女児、ミルザは、当惑するように美名に目を向ける。そうやって少しばかり、美名を哀しそうに見つめたあと、彼女もクミのあとに従いて出て行った。




