教会堂師の話の真偽と教会堂師の真偽 3
教会堂師は戸口から二歩退がる。
だが、美名を睨むその顔にはまだ、侮るような色が残る。
「コイツからすべて聞いたわよ」
美名は倒れている男をチラリと見る。
森の中で襲撃してきた男たちが口走った言葉から、教会堂師の悪事を察した美名は、気を失っていたこの「カ行」の男を叩き起こし、一切を白状させたのだ。
「私みたいな旅人や、親ナシの『未名』の子を捕らえては、奴隷として大都大陸に売り渡してる首謀者、悪徳教会堂師め……」
「……ふん」
悪事を暴かれた教会堂師は不敵に嗤った。
「下衆な行為……。見過すなって、私の心が叫んでる!」
「観念しろぃ!」
「何が悪い? 蓄財なんて、皆やっていることだ。こんな辺鄙な村の教会堂にまわされた魔名教師なら誰でもな!」
「やり方が下衆だって、そう言ってるの。アナタの言う『皆』にはゼッタイに含まれない、とっても親切な堂師さまがたくさんいることを、私は知ってるわ!」
「そいつらがバカなだけさ。『福城』の魔名教本部に戻れば、要職を得るのに財が要る。カネが物を言うんだ。そのための準備期間が『地方堂師』だということを判っていない、無知蒙昧な奴ら……」
美名は歯噛みして堂師を睨みつける。
相手は嘲笑をさらに歪ませた。
「『未名』や根無しの浮浪者など、どうせ『教税』もまともに納めていない与太者に決まっている。有能な教会師が出世するのに一役買えて、むしろ感謝すべきだ!」
美名の足元で、毛が逆立つほどにクミは怒りに震えていた。
「ダメだわ、コイツ。『居坂』に慣れてない私でもハッキリ判る。どんな状況だろうが、どんな世界だろうが、コイツ、最悪だわ」
教会堂師はクミに目を向ける。
「しゃべる『アヤカム』……?」
いやらしく微笑んだかと思うと、その笑みは次第に大きくなり、ついには気が触れたかのような高笑いに至る。
「『客人』か! お嬢さん、朗報だ! 君が嫌がる『売り飛ばし』は今日で店じまいだ。『客人』を本部に供すれば、財力など必要ない。教会内での地位は約束される!」
教会堂師は舌なめずりをすると、ふたりに向けるように腕を振った。
「……マズい! 『魔名術』が来るわ!」
「遅い! 『ラ行・明光ッ!』」
堂師の詠唱に併せて、彼の平手から光が発せられる。
まぶしさに美名の視界は奪われた。
「クソッ! 『波導』使いだったか!」
「や、きゃぁ!」
「クミッ?!」
足元付近からの悲鳴に美名は呼び掛けるが、クミからの応答がない。
すぐ近くを堂師の気配が移動したような気もするが、美名の視野はまだ回復しきっていなかった。
「どこ? クミッ!」
ようやく視界が回復してくると、美名は周囲にクミの姿を探す。
だが、黒毛の、あの愛くるしいクミは、どこにも見当たらない。
「外か……?」
美名は勝手口を駆け出る――が。
「いたっ?!」
戸口をくぐった直後、脇腹に痛みが走った。
刺されるような痛撃に、美名は飛び退く。
「くぅ……」
うずくまり、脇腹を抑えながら、美名は顔を上げる。
勝手口の外側、暗がりの中に教会堂師がいた。
醜く笑いながら、片手には槍のようなものを持ち、もう一方の手では――。
「クミッ!」
「ごめん、捕まったぁ!」
クミの首根っこをつまむようにして掴んでいる。
「ふん捕まってイヤなハズなんだけど……、この状態、どうにも落ち着くのが困る!」
ぶらんぶらんと堂師の手の中で揺れながら、クミが叫ぶ。
確かに、美名の目にはその状況を楽しんでいるようにも見える。
「クミ、大事ではなさそうでよかった……」
ほっとひとまずは息を吐くと、美名はあらためて堂師が手に持つ得物に目を移す。
「『ラ行波導』は『波』を操る『魔名術』……。あの武器は?」
得物はやはり槍のようである。
居坂では近接武器で唯一、効果が認められて広く使用されている武器種である。大きな熟練がなくとも、間合いの長さと「突き」の型で扱いやすい。その扱いやすさは対人においても変わらず、魔名術にも対応がしやすいと過去の幾多の戦争、大戦でも重用されてきたのが「槍」という武器なのだった。
だが、美名を先ほど襲った痛覚は、槍による刺傷や裂傷といった類のものとは違っていた。
(熱い炎に焼かれたような、瞬間的に焦れたような痛みだった……。魔名術……?)
だが、美名はこれまで、『ラ行波導』の魔名術者がこのような武器を使うのを、見たことも聞いたこともなかった。
「まさか、『光』だけじゃない? コイツ、『英段』か『王段』……?」
(もしも、『王段』だとすれば……)
美名は過去に一度だけ、比較的近場での落雷に出くわしたことがある。
まだ「先生」と一緒にいた頃のことだ。
『「波導」を極めた術者にこんなの撃たれたら、跡形もなく消えちまうわな』
雨中にもかかわらず、落雷の影響で火に巻かれる木を見ながら、先生は呟くように言ったものだ。
(この堂師が「ロ」の魔名術者だとしたら、雷の力を操る?!)
嫌な想像を振り払うかのように、脇腹の刺すような痛みを紛らすように、美名は頭をひとつ振った。




