竜の籠と氷花の調べ 10
その光景に息を呑んでいれば、ラスは急いでブレンダを上の岩場へと押し上げ先に登らせた。慌ててよじ登るブレンダだったが何とかディエゴがいる入り口付近まで登り切ると、後から来たラスに肩を強く掴まれた。少し青ざめたラスの顔が目の前に現れ、息を切らしてブレンダの顔を覗き込んでいる。
「怪我は!凍っているところはないか!?」
「え、ええ。大丈夫よ」
ラスは全体を見た後に掌まで確認し、今度は顔を鷲掴みにして傷がないかの確認をしている。あまりの剣幕にされるがままになっていれば、ブレンダ達とファニアを交互に見ていたディエゴが切羽詰まって声を上げた。
「怪我の確認は後にして!あいつまた足場を作ってる!」
その声にハッとしてディエゴの方に顔を向けたラスは、そのままブレンダを抱き上げ命綱を適当に回収すると出口の方へと足早に移動し始めた。あまりの奇行にブレンダはラスのフードにしがみつき、ディエゴは茫然とした後、とりあえず回収しきれてない金具を幾つか拾いラスの後を慌てて追ってきた。
自分で走れると強めに主張しようと思ったブレンダだったが、あまりのラスの剣幕ぶりに黙って抱えられるしかなかった。後ろに着いてきているディエゴの困惑した目線に耐えながら入り口まで辿り着く。外の日差しの眩しさに一瞬目が眩んだが日は傾き始めている。遠くで氷竜の鳴き声が聞こえ、すぐさまその場を離れることになった。追跡回避のために少し遠回りして下山する。広い雪原を相変わらずブレンダを抱えたままずんずん進むラスの上空を巨大な影が通り過ぎた。
「ラス!氷竜だ!」
ディエゴが大声で叫ぶ。粉雪が一気に巻き上がり視界が悪くなる。ラスは氷竜を一瞥すると視界が雪で見えにくくなったタイミングでディエゴの襟足を引っ掴み、足元に放り投げて上から雪で覆い隠した。ブレンダを外套の中へ押し込むと自分も雪の中に潜るように隠れる。氷竜は一度様子を見るようにブレンダ達の上空を一回りし、また氷がぶつかるような音を立てて辺りを詮索しているようだった。
どうやら見失ったようだ。氷竜に見つからないように息を潜めながらここから去ることを祈る。近くにいるラスの体がとても熱く鼓動もかなり早く聞こえた。苛立っているのを落ち着かせる様に深呼吸をするラスの目がゆっくり開いた。アッシュグレーの瞳が湖のように揺らめいている。
「......ラス?」
ブレンダは不安そうな表情の彼の頰を安心させる様に優しく撫でた。ラスは眉間に皺を寄せるとまた大きく深呼吸をして、ブレンダから顔を見られない様に彼女を抱き込んだ。なすがまま大人しくしていると今度は氷竜の鳴き声が聞こえた。どうやら侵入者がいたことに気づいて気が立っているようだ。この少人数で氷竜に対抗するのは現実的ではない。ディエゴは大丈夫なのだろうか。不安に思いながらも、しつこく辺りを警戒する氷竜に、身動きが取れないまま気配を消すしかなかった。
暫く身を隠していれば、突然無数の落ち葉が舞い上がるような音が聞こえた。氷竜の喚き声が聞こえ遠ざかるような翼の音も聞こえる。2人は目を合わせると、ラスが少し雪から顔を出して様子を確認した。急にブレンダを起こして立ち上がる。咄嗟に氷竜を確認すれば、無数の黒い生き物が虫の様に氷竜の周りを飛び回り邪魔をしていた。何が起こっているのかわからないが、怯んでる今が逃げるチャンスだ。ブレンダは急いでディエゴを掘り起こすと、驚く彼の腕を掴んでラスと同じタイミングで雪原を駆け降りた。氷竜の鳴き声と共にラスの右側に突然氷塊が乱立する。
「森まで走れ!援護する!」
ラスが大きい岩の影に滑り込むとブレンダに叫ぶ。走りながら咄嗟に振り返れば、氷竜は鬱陶しそうに黒い生き物を追い払いながら、口から冷気を出して何が吐き出そうとしていた。先ほどの氷塊は氷竜が口から光線を出して攻撃してできたようだった。あんなのに当たったらひとたまりも無い。慌てて前を向くと雪原の先にラスが言っていた歪な木々の森が見えた。ディエゴはかなり息が上がっているようだったが、腕を離さないようにしっかり掴んで走り続けた。雪で足がとられかなり走りずらい。岩肌がかろうじて出ている所を選びなんとか進む。もうすぐ森に逃げ込めるというところで、不意に黒い塊が目の前に飛んできた。
「やだっ何!?」
「わっ、ぶッ!!」
驚いて急減速したブレンダは、黒い塊を叩くように払う。怯んだ衝撃でディエゴが一回転するように転んでしまった。慌ててディエゴの元に駆け寄れば、また目の前に黒い塊が飛んでくる。
ブレンダはこいつのせいでディエゴが転んだと苛立たしげに目の前の黒い塊を睨んだ。ピントを合わせる様によく見れば拳ほどの黒くて小さい妖精だった。見たこともないフォルムの妖精は丸っこい体にフサフサの短い黒毛で覆われており、悪魔のような尻尾ブンブン振りながら、青くて丸い目をパチパチと瞬かせていた。ギョッとしながら見つめていれば、ムッとした表情で何かを喚いてるようだった。丸い体から短い手足を出して、懸命に森の奥を指差している。
ニャムニャムと何が文句を言っているようだったが、何を言っているのかさっぱりわからない。氷竜にまとわりついてた虫の様な生き物もこの子達なのだろうか。後ろで何か凍るような音と破壊音が聞こえ振り返ると、ラスがミュラッカの花で氷塊の軌道を往なすように矢を撃ち抜いていた。
とんだ荒技で援護するラスはこちらを気にして後退できずにいる様だ。氷竜は妖精がまとわりついていることに苛立ち尾を振り乱している。目の前の妖精は未だ立ち止まるブレンダの髪を掴むと怒ったように森の方へと引っ張ってきた。
「痛い!わかった着いていくから!」
突然現れた謎の妖精に着いて行っていいのかわからないが、とにかく森には逃げるしかないのだ。息切れで膝を突くディエゴの手を取れば、また前を向き、妖精が指差している森の方へと再び駆け出した。




