竜の籠と氷花の調べ 08
ラスは床にあった石を拾うと、地図の横に雫のような形の絵を描き出した。
「氷竜の住処は基本的に入り口が狭い。奥に進むにつれ氷で覆われた空間が広がっている仕組みだ。しかも住処は入口から下に向かって作る傾向にある。その寝床に降りて花を手にいれる」
「空間が下に広がってるってことは、寝床にはどうやって降りるの?」
ラスは住処の図に人の絵を描き始め、1人だけ寝床の近くに描き足す。
「氷竜の寝床には俺が降りる。2人はできるだけ援護してくれ。氷竜の住処には別の生き物も住んでて、天敵から身を守るために共存していることが多い。俺が巣穴に降りている時は援護はあるだけあった方が助かるからな」
ラスが採取の際の動きをテキパキと指示し、早速向かうことになった。ディエゴも氷竜は初めて見るようで表情が緊張している。ブレンダ達が寝泊まりしていた洞窟はかなり氷竜の近くで、少し山を登ると大きい岩石に囲まれた住処の入口まですぐついた。3人で入口を覗くと冷たい風が吹きつけ、洞窟の中は全体が氷で囲まれ光が反射して青く光輝いていた。
「氷竜は警戒心が強い。見つかったら身を隠すかとにかく逃げろ。いいな」
ブレンダとディエゴはお互い頷いたのを確認するとラスが先頭に住処に入っていった。本当に洞窟なのか錯覚するほど氷は青白く光っており、時々大きな段差を下りながら先に進む。気温が外よりもっと低くなっていて呼吸もしにくい気がした。先に進むにつれ空間が大きくなっていき、足場も下り坂のようになっている。上を見上げれば水が大きく波打ち、飲み込まれそうな動きのある分厚い氷が太陽の光で煌めいていた。
「綺麗だけどなんだか不気味ね」
「寝床の周りはもっと幻想的だ。……まて、隠れろ」
ラスがブレンダとディエゴを引き寄せると氷の影に身を潜めた。洞窟の奥から唸るような音が聞こえはじめ、風が奥へと流れていく。徐々に風が強くなり外の雪が洞窟内に流れ込み吹雪のような風になる。薄く目を開けて洞窟の奥を確認すれば、全身アイスブルーの巨大な竜が目の前に現れた。
氷竜だ。氷竜は鋭利な鱗のような氷が身体に張り付いており、獰猛な爪と長い尾を靡かせ悠々と飛び去って行った。時折流氷がぶつかり合ったような音をたてながら出口へとすごい速さで通り過ぎる。強風は氷竜が飛び去った後、鳴りを潜めまた静かな洞窟へと変化した。
「あ、あれが氷竜?」
「あぁ、狩の時間で巣穴から出たんだ。急ごう。あいつが戻ってくる前に」
とんでもない採取なのかもしれない。ブレンダは氷竜が通り過ぎて行った入口を見ていたが、時間が差し迫っていることを思い出し、気持ちを切り替え巣穴の奥へと急いだ。
薄暗い道を進み、奥に進むにつれ空気が澄んできているような感覚に緊張感が増す。しばらく氷の壁しか見えなかったが、大きな空間が現れラスが立ち止まりしゃがみ込んだ。彼がおいでと手招きしたので、後ろからゆっくり覗き込めば幻想的な空間が広がっており。ブレンダは息をのむ。
こんな雪山の頂上付近にあるとは思えないほど緑が生い茂っているが全ての植物に霜が降りていて、岩壁には霧氷した木々が岩の隙間から何本も生えている。ラスの言っていた通り巣穴は縦長で、氷結した滝が巨大な氷柱を作り真っ暗な谷底へと続いていた。凍り切っていない水が少し溢れ出ており岩や木々を濡らしている。見上げるとかなり上に割れ目があり、そこから太陽の光が差し込みより神秘的な空間を作り出していた。
「綺麗......」
「......下を見ろ。あそこが氷竜の寝床だ」
ラスが下の方を指差す。そちらに目を向ければ霧氷まみれの流木で囲まれた寝床らしき真っ白な空間があった。寝床の周りは凍結前でしか見られない青色の湖があり静かに谷底へと流れ落ちている。よく目を凝らせば寝床の周りには銀青色の何かがキラキラと煌めいていた。
「あれの光っているのがミュラッカの花だ。俺が取りに行く。その間はここで待機して欲しい。......が、そうも言ってられなくなったらフォローを頼みたい」
「わかった。気をつけて」
ラスが素直に援護のお願いをするのは珍しく、それが余計ブレンダの緊張を煽ったが気丈に返事をした。ラスは岩壁にいくつか金属を打ち込むと命綱の頑丈なロープをブレンダに一部持たせた。下を覗けば、冷風が谷底から這い上がり恐怖感を煽る。思ったよりも過酷な採取にブレンダは後ろめたい気持ちになっていた。
「平気か?」
「え、うん。ラスも平気?」
「狩猟じゃないからいつもより簡単だ。大丈夫」
思い詰めた表情をしていたからなのかブレンダの顔色を確認しながら声をかけてきた。アッシュグレーの明るい瞳が少し彼女を安心させる。ロープを持たせた手を少し強く握り返すと目元を少し和らげ、ラスは静かに手を離して崖下へと降り始めた。
絶壁ではあるが割と岩がデコボコと飛び出しており、ラスは木や岩に飛び移り徐々に寝床に近づいていた。猿のように軽快に木々に飛び移る姿に驚く。するすると手元から流れていくロープを軽く握り、ディエゴとブレンダは身を乗り出して彼の動向を見守った。氷竜が戻ってくる気配はない。ラスは順調に寝床の近くまで降り湖の近くまで進んでいた。ターコイズ色の湖の淵にたどり着き、ラスはブレンダたちに片手を上げ無事なことを知らせてくれる。
今の所何も問題はなさそうでブレンダはホッと息をついた。ラスから目を離さずに見ていると、ディエゴがブレンダの服の裾を強く引いた。パッとディエゴの方に視線を向けると彼は焦ったような表情で黙って正面を見ており、そのまま真っ直ぐ指を刺していた。その指先の方へ視線を向ければ、蝙蝠と蜘蛛を掛け合わせたような巨大な生き物が数匹、氷の壁を這っていた。
「あ、あれって、共存してる別の生き物ってやつ?」
ディエゴが引き攣ったようにブレンダに聞く。ブレンダは彼らに気づかれないようにそっとディエゴを自分の後ろに隠し、自身も静かに氷の影に隠れた。巨大な生き物はガリガリと音を立てながら壁を這い、口から糸を垂らして降下しており、糸の足場をいくつも作りながら餌を狙うように散り散りに動き出していた。慌ててラスの様子を見れば、ラスも気づいているのか寝床の流木に身を隠しながら上から近づいている巨大な生き物の様子を伺っているようだった。




