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魔女には記憶がない  作者:
第1章
3/35

雪の中で目覚める 03



 目標は太陽が沈むまでには休めるところにたどり着くだ。摩訶不思議な生物が音もなく川を横切ったり、可愛らしい小動物が岩場からひょっこり顔を覗かせたり。いくらブレンダの目を楽しませる生き物がいたとしても、疲れと空腹と眠気には勝てない。

 黙々と進みながらも太陽の位置を確認する。だいぶ日が傾いてきておりもうすぐ夕方になりそうだった。遠くに見える山は、赤みのある岩肌と白い雪が、澄んだ空に映えコントラストが綺麗で、これでもかというほど銀世界を見せつけてくる。おかげさまで、人の気配が全くなかった。困ったな、と思いながらも足を止めずに川辺を歩く。大変な状況だが景色や生き物たちを見る余裕はあると自分を誤魔化した。


 それにしても何でこんな山奥にいたんだろうか。足元の水辺に映る自分の姿をもう一度見つめる。山の冷たい風で髪が舞い上がり、吊り目なエメラルドの瞳と目があった。服装は民族的な模様が刺繍された軽装で、気の強そうな自分の顔にはいささか可愛すぎるように見える。明るい髪色とも服装が合っていない気がしてなんだか滑稽だ。ぼんやりと自分の姿をみつめていると、昼に見た綺麗な魚が優雅に水面を飛び跳ね、くるりと胴体をひねりその度にキラキラと鱗が光っているのを見た。


「はぁ、お腹が空いたわ」


 またため息を吐き川を下ろうと岩に足をかけると、鋭い矢が魚の胴体に突き刺さるのが見えた。急な出来事に驚き、咄嗟に岩の陰に身を潜める。

 もう2発、同じ方向から矢が飛び出した。1本はブレンダの足元に、もう1本は魚を射抜いており岩場におちた魚がピチピチと飛び跳ねている。静かに様子を伺うと、しとめた魚を矢ごと地面から引き抜いている少年の影を見つけた。魚は少年に締められると、ヒレを橙から濃淡な朱色に変え腰のカゴにしまわれてる。少年は魚を取りに来るためかこちらに近づいて来ていた。

 男の子だ。ようやく人に会えた。近くの町を知ってるだろうか。

 ブレンダは急いで足元でピチピチしていた魚を矢ごと引き抜く。手に持つと近付いてくる青年の方へ魚だけを岩陰から出して見せた。少年は油断していたのか、岩陰から飛び出た魚を見て飛び上がると咄嗟に弓を引いた。


「だ、誰だ。出てこい!」


 少し固い少年の声に静かに姿を見せる。少年は怯えているのか弓の構えは解かずにいたが、現れた女性の姿に困惑したように立っていた。


「こんにちは。この魚あなたが取ったのね」


 ブレンダはできるだけ優しい声で話し少年の方へ魚を差し出す。攻撃する気のない彼女を見て少し警戒をといたのか、少年は恐る恐る近づき急いで魚を受け取った。


「旅の人?女の人が1人で山奥は危ないよ」

「確かに。でもあなたも1人でしょ」

「……僕は、慣れてるし。ちょっと夕飯を取りに来ただけだから」


 少年が答えると黙ってブレンダを見上げている。できるだけ笑顔で見返すと、少年は目をそらし安全そうな川辺へと歩き出した。身軽に岩の上を移動する少年のあとをブレンダも転ばないようについて行く。

 いきなり声かけて驚いただろうか。少年がブレンダから受け取った魚をカゴにしまっていると、また魚が川から飛び出した。すぐに少年が弓を構えて矢を放つ。続いて飛び出した魚に当たると近くの岩場に落ちそれを少年が取りに行った。


「動いてる魚を射るなんて、弓が得意なのね」


 ブレンダは少年の弓さばきに関心しながら褒めると、少年は少し目を丸く見開く。しかし、またすぐに目をそらしカゴに魚をしまった。その姿を見ながら、夕飯を取りに出て来たなら近くに町や休むところがあるかもしれないとブレンダは思っていた。


「別に、慣れれば誰でもできるよ。今の時期はよくこの魚がいるから」

「慣れても難しいわよ。その綺麗な魚は食べれるの?」

「……お姉さん、食べたことないの?」


 魚を拾いながら少年は驚いたような顔をしている。食べたことがあるかもわからないので、頷きようがなかったブレンダは曖昧に笑うしかなかった。もう漁はお終いなのか、少年は持っていた矢を背中の矢筒にしまい弓を肩にかけている。ブレンダは人に出会った安心感から、先ほどまで感じていなかった体の疲れがどっと押し寄せており、すこし眠気が襲ってきていた。


「今の時期はこの魚が旬なんだ。上流の方が穴場でこっそり来てたんだけど。お姉さんは僕と同じで魚を取りに来たの?」


 少年は仕留めた魚をカゴにしまっている。鳶色の柔らかそうな髪が風にゆれて、被っている暖かそうな帽子が風で飛ばされないように抑えていた。晒された少年の頰が赤くなっており少し寒そうだ。


「実は、道に迷ったみたいなの」

「じゃあやっぱり旅の人なんだ」

「まぁ、そうかな。人に会えてよかった。川沿いに沿っていけば下山できると思って歩いていたから」


 ブレンダはまた視界がぼんやりしてきていることに気づきながらゆっくり話した。少年がこっちに歩いて戻ってくるのを見ながら近くの大きめの石に座ると、目眩を抑えるためにぎゅっと目を瞑った。何度か瞬きを繰り返していると、少年が怪訝そうに声をかけてくる。


「雪山でよく無事だったね。顔色悪いけど大丈夫?」

「正直目眩がしていてあんまり。申し訳ないのだけど近くに泊まれる宿とかあるかな?」

「すこし先に僕の町があるけど……その右腕の血、怪我したの?」


 少年は腕の血に気づいたのか少し青ざめた表情だ。ブレンダは眠気のせいで傷の事をすっかり忘れていた。獣に襲われたのだと思うが正直何も思い出せないため、ブレンダはまた曖昧に笑う。


「結構血が出てる」

「一応止血はしたのだけど、病院にも行きたいかな……」

「ついてきて。道案内してあげる」


 少年は急にブレンダの怪我をしていない方の手を取ると立ち上がらせ、森の方へと進んでいく。どうやら助けてくれるようだ。日が沈む前に人に会えてよかったと感謝しながら少年のあとをゆっくりと追うことにした。



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