竜の籠と氷花の調べ 02
かなりの時間をかけて氷層を割り続けていれば、朱色とも言える土が見え始め、緑色の丸くて分厚い野菜の葉のようなものが氷の中から現れた。3人とも息切れ状態だ。ディエゴはようやくで出来た素材に汗をぬぐいながら興味深そうにのぞいている。ラスが葉の根本を鷲掴みにすると思いっきり引き抜いた。氷がバキバキと割れる音と共に引き抜かれたのは、拳ほどの大きさのゴツゴツとした岩のようなコーラルピンクの根菜だ。
「これがラーミン?」
「あぁ、根っこの部分に強力な鎮痛効果がある。すり下ろして使う。採取に骨が折れるから結構高価だ。今回は少量でいいが、取るだけ採取しよう」
分厚い氷の下で成長しているのは不思議だったが、朱色の土はほんのり暖かく確かに植物がよく育ちそうな土だった。ラーミンの表面は硬く、かなりの力を入れないとすりおろせなさそうな見た目に見える。また同じように氷層を割って採取していれば、外はすっかり陽が落ちており、あたりは夕方になっていた。
「数本手に入れるだけで日が落ちた……」
「日が暮れる前に手に入れられただけでも上出来だろ。すぐ移動するぞ」
そういうとラスは次の目的地に向かうため、穴から身軽に出ると、当たりを見回し地形を確認していた。ディエゴと共に穴から顔を出せば、沈みかけの西陽が赤々と山々を照らし、銀嶺の景色を朱色に染め上げていた。日が落ちてきたせいか風がひんやりと冷たい。ラスは周りを確認していたようだったが、道がわかったのか来いと手招きしている。ブレンダは風に煽られながらもラスのそばに近づくと、彼が指差す方へと目を向けた。
「西陽で見えにくいが、あの山に小さい砦のようなものが見えるだろ」
太陽の光の眩しさに目を細めながら見てみれば、今いるところよりも低い山の頂上に、小さい砦ののような建物がかすかに見えた。見えたことに頷くと、ラスは持っていた荷物を下ろした。
「あそこが今日の宿泊地の"テクラードの籠"だ」
「ずいぶん距離がありそうだけど」
「あぁ、あそこはここより標高が低いからすぐ着く。準備するからここでディエゴと待ってろ」
「準備?」
ブレンダが不思議そうな顔をして首をかしげたが、ラスは近づいてきたディエゴに荷物を渡すと、胸元からシルバーの小さな笛を取り出した。シンプルな笛の持ち手にはネイビーの宝石が埋め込まれており、それを咥えると近場の大きな岩へと向かっていく。
「え、え!なんで?」
ラスの重い荷物を受け取りふらついていたディエゴが急に興奮した声をあげた。状況が掴めないブレンダは頭にハテナを浮かべながらディエゴを見ると、あまり表情が崩れない彼の瞳がキラキラと輝いていた。訳がわからないままラスを見ると、いつの間にか深く被っていたフードを脱いで岩の上に立っており、笛を咥えて辺りを見渡していた。ナイトブルーの髪の毛が風で舞い上がり、夕日に照らされて綺麗だ。ストールの飾りがぶつかりあい、カラカラと音を立てている。
ラスは息を吸うと強く笛を吹いた。かなりの高音なのかピィーと微かだが力強い音が聞こえ、ネイビーの宝石がそれと同時に仄かに光り輝く。ブレンダは何故か神秘的な光景を見ているような気持ちになり、ぼんやりとラスをみていた。彼が何度が笛を吹くと、羽音が近づいてきているのに気づいた。山の方を見れば遠くから巨大な鳥の姿が見える。ブレンダは驚いて目を凝らしたが、その鳥の頭は猫のような顔をしており、胸元に契約書と同じ紋章の入った鎧を身につけていた。
あっという間に超巨な鳥がラスのところに近づくとバサバサと羽を動かし急停止し、彼がいる岩場へと舞い降りてきた。呆気に取られるブレンダとディエゴに、ラスはにこやかに撫でると、いつの間にか狩っていたであろう魚を餌としてあげていた。
「……この、生き物は?」
「首都の護衛獣だ。名前はラオネン」
ラオネンは美味しそうに餌を食べで口元を舐めていたかと思うと、もっと餌が欲しいとラスの顔を舐めている。また餌をラスが渡すと無心に食べ始めており、彼はその間にラオネンの首に何か取り付けていた。
「首都での依頼で何度かコイツと仕事をする機会があったんだが、成果報酬としてうちの狩猟団体はラオネンの取り扱い許可が出てる」
「…………すげぇ……」
空いた口が塞がらないディエゴが小声で称賛する。ディエゴによると、この生き物は王宮直下の護衛獣で、首都でしか見かけない生物らしく、基本的に騎士が乗る生き物だそうだ。
「ラオネンは王宮の護衛獣だが気分屋で扱いにくくてな。体もかなり小さいし戦力にしずらかったみたいで、基本的にうちで自由に働いてもらってるんだ」
2匹も魚を食べたラオネンはご機嫌そうに長いしっぽをくねらせて、大欠伸をしている。全体的にフワフワしており白と赤茶色の羽が暖かそうだった。首への取り付けが終わったのかラスが2人を手招きした。ブレンダとディエゴは顔を見合わせると、静かにラオネンに近づく。ラオネンは大きく身体を震わせると身体を沈めて岩の横に身をかがめた。ラスがブレンダを岩上へと引き上げると、片腕でしっかりと受け止める。
「こいつに乗ってテクラードの籠に飛ぶ。元々人を乗せるのはギリギリ1人しか難しいヤツだ。3人となると降下のみ、短い距離しかいけない。だが、あそこの砦くらいなら問題ない」
「この子に乗るの?」
「あぁ。ディエゴ、お前が1番前だ」
岩下でラオネンをジロジロ見ていたディエゴに声をかけると、ブレンダを支えながら片手で引き上げ有無を言わさず背中に乗せた。いきなりすぎるとブレンダは慌てたが、好奇心旺盛なディエゴは何なく背中に乗り、乗れた嬉しさに震えながらうつ伏せでラオネンの羽毛をわしゃわしゃ撫でて楽しんでいた。ラオネンはくすぐったそうに身震いしている。
「ディエゴの後ろに座ってくれ」
あまりに急な展開にブレンダは頭が真っ白だった。それに、巨大な生き物に乗るのに少し緊張している。彼女は無意識にラスの外套を掴み、ラオネンから目を離さずに静かに息を呑む。




