竜の籠と氷花の調べ 01
雪深い緩やかな雪原に大きな岩達がボコボコと飛び出ている。天気は蒼天で太陽の日差しが岩に当たり大きな影を作り出していた。遠くにはオルネラ国の山々が広がりかなりの絶景だ。
ブレンダは冷たい風に煽られながら絶景を眺めつつ、前を進むラスの後に続いて歩いていた。後ろを確認すればディエゴも難なくついてきているようだ。連れて行くと決まってからはディエゴもいつもの調子に戻った。町をほとんど離れたことがない彼は、ブレンダと同じように時々周りの景色を少しだけ楽しそうに眺めてめている。
「綺麗な景色ね」
「うん。晴れてるからよく見える」
ずっと景色を見ながら登るディエゴに声をかければ嬉しそうに答えた。それにブレンダも小さく微笑み返す。ラスの方を見れば彼はかなり先にいて、何か見つけたのか来いと手招きしているようだった。ブレンダはディエゴと顔を見合わせ彼のもとへ急いだ。
「ラス、見つけたの?」
「あぁ、この雪が窪んでる一帯を掘り起こす」
ラスが支持した場所は他の雪原より明らかに窪んでおり、その部分だけ溶けて少し水気が多い雪質になっているように見えた。直径3メートルはありそうな大きな窪みに入るラスにブレンダも続いた。ラスはどこからともなく取り出したシャベルをディエゴに手渡すと雪をどかし始めた。ブレンダもラスの手伝いをする。雪に水気がありまとめて掘りやすい。ディエゴもシャベルをチラリと見ると、同じように雪をどかすのを手伝ってくれた。
「ここの雪、結構深いね」
「仕方ない。ディエゴ、そのうち氷の層が出てくるからそのスコップでかち割れよ」
「わかった」
黙々と掘り進めながらラスがディエゴに支持をする。ラスがディエゴを名前で呼んだので、ブレンダは彼が名前を覚えてくれたことに少し安堵した。一緒に同行するのにずっと"子供"呼びを続けられるのも困る。ブレンダが小さく笑うとパチリとラスと目があった。なんだよと言いたげな目線を寄越してきたが、ブレンダは気づかないふりをして雪をどかす。
ふと、ブレンダは自分のことはなんて呼んでいるんだと疑問に思い始めた。掘り進めながらも出会ってからのラスの言動を思い出してみたが、名前を呼ばれた記憶が出てこない。
(あれ……私、ラスに名前呼ばれたことないかも?)
ふとそんなことを思ったブレンダだったが、いくら思い返しても呼ばれた記憶はない。旅はまだ2日目ではあるが1日一緒にいて1度も名前を呼ばれていないことに今更気づいた。どかした雪を後方に追いやりながらブレンダはラスを見る。
「ラス、私の名前知ってる?」
「あぁ、……なんの話だ?」
「旅してて1回も呼ばれてないから、知らないのかなって」
怪訝な顔をしたラスもブレンダの方を見たが、呼ばれてないと言われると気まずそうにに視線を逸らし、せっせと雪をどかしている。その仕草にブレンダは顔を顰める。思い返せばブレンダはことあるごとにラスの名前を呼んでいたのに、名前を呼ぶのが嫌なのかと少し悲しげに作業に戻った。そんな2人を見ながらディエゴはポツリとつぶやいた。
「同行している依頼人の名前を忘れるのは、プロじゃないと思う」
「いや、知ってる」
「あ、そうなのね。覚えてないのかと思ちゃった」
「そんな訳ないだろ」
呆れたように話すラスはまた黙って雪を掘り進めており、ブレンダも名前を認知しているということに満足して作業を続行する。そんな2人をディエゴは、不思議なものでも見るように見つめる。
「じゃあ、なんて名前?」
ディエゴはいつものポーカーフェイスだ。知っているという答えに満足していたブレンダだったが、確かにそれだけだと本当に知っているのか分からないなとラスの方に目を向ける。ラスは相変わらず表情が読みにくいストールを巻いているが、目だけは動揺しているのか目線が彷徨っていた。
「合流してから何回か僕が名前を呼んでるし。さすがに知ってると思うけど」
「いや、知ってるよ」
「じゃあ名前は?」
「…………」
ラスがまた気まずそうに黙り込んだ。口籠るラスにブレンダも気まずくなったが、ディエゴは相変わらず表情を崩さずに雪をどかしているようだった。そんなに発音しづらい名前ではないんだけど、と思いながら掘り進めていれば何か硬いツルツルしたものが手に当たり、ブレンダはハッとして雪を急いでどかした。手元には薄い氷が何層にも重なっている氷の地面が現れ、目をこらすと氷の奥に何かがあるのが見えた。
「ラス、氷の地面がでてきたわ」
「……あ、あぁ」
「僕割るよ」
ディエゴが不思議な氷層をシャベルでガシガシと叩くと、叩いた先から氷にひびが入り薄い氷がパキパキと崩れていく。なんとも奇妙な光景に感嘆しながらブレンダも割れた大きな破片をどかし始める。氷が現れたのは一部分だけだし、周りの雪もどかすべきかなと当たりを見回すと、緊張した面持ちのラスがなぜが立ち尽くしていた。何をしてるんだと目を瞬かせながらラスを見上げれば、首に手をあて目線をそらす。
「……ブレンダ」
「は、はい」
「俺とディエゴが氷を破るから、その、氷をどかしてくれ」
急にラスから名前を呼ばれ反射的に返事をする。そそくさとラスに場所を譲れば、彼は短刀を取り出し、柄の部分を思いっきり地面に叩きつけてバキバキと氷層を割っている。顔をこっそり覗けばほんのり赤みが差しているように見えなくもない。
「そんなに緊張しなくても」
「してない。……氷どかしてくれ」
「ふふ、はい」
小さくクスクスと笑いながら割れた氷をどかせば、ラスは気恥ずかしそうに眉間に皺を寄せている。それ以降何も言わなくなったラスだったが、顔の赤みのせいでブレンダには可笑しくみえた。そんな彼をディエゴも不思議そうに見ていたが、気にせず氷層を叩き割っている。あまり人の名前を呼ぶ習慣がないのだろうかと思いつつ、氷をどかすことに専念することにした。




