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魔女には記憶がない  作者:
第3章
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銀雪の山への旅立ち 09



「ん。このキノコ、ピリッとしてて美味しい」

「ほら、お前も食べろ」


 ラスにせっつかれたディエゴは少し彼を見た後、おずおずと一口かじる。最初はもそもそと咀嚼していたがお腹が空いていたのか、パクパクとトーストを頬張って無心で食べ始めた。その様子を横目で確認しつつ、ブレンダもお腹を満たすことに専念した。ラスはすぐに食べ終わり、鉄板を綺麗に拭いて温かいお茶を準備している。彼の荷物は調理器具が多くてすごく便利だ。


「それで、その子供だけど。町からずっとついてきてたぞ」

「まぁ、偶然こんなところで会うなんてないわよね」


 ブレンダは苦笑いしてディエゴの方を見る。無言ではあったがさっきより落ち着いたのか話は聞いてくれてるようだ。


「雪山には慣れてるようだし無視してたんだが、崖は流石に厳しいかと思ってな」

「別に、1人で登れた」


 今まで黙っていたディエゴだったが、恨めしそうにラスを見て小さく文句を言っていた。ディエゴがこの採取の旅に着いて行きたがっていたのは知っていたが、まさか尾行までして追ってくるとは思っておらず、ここまで行動力がある子なのかとブレンダは逆に感心していた。


「怪我がなくてよかった。ルアーナには秘密できたのね」

「ルアーナ?」

「ディエゴのお姉さん」

「おい、家族に黙って来たのか」


 少し表情が険しくなったラスに、ディエゴはまたムッとして俯く。その姿を見て、先日の姉弟喧嘩を思い出した。確かにあの時のルアーナは何も聞き入れてはくれない状態ではあった。危険な旅に弟を行かせたくなかっただろし、ご両親がいない手前、保護者としての責任がある。しかし、ディエゴも何も簡単な気持ちでついて来たとは思えなかった。

 彼をどうしたらいいだろう。ブレンダは困り果て隣のラスを見た。彼の表情は複雑そうだ。さっきまでの無関心な態度はなく、真剣にディエゴの話を聞くつもりのようで、胡座をかいて彼に向き合っている。そんな彼にディエゴも強い眼差しでこちらを見た。


「尾行なんてして、ごめん。だけど旅について行きたいんだ。お願いします」


 素直に頭を下げてきたディエゴにブレンダとラスは顔を見合わせた。とりあえずディエゴの顔を上げさせる。


「そこまでして旅に同行したい理由は。 ただ町から出たいだけの家出だったら、しばいて町に帰らせる」

「理由はある!ブレンダの記憶を取り戻す手伝いがしたい。数日だけだけど良くしてもらった。それに、怪しい男と2人旅は心配だし」


 怪しい男って俺のことか、と言いたげな表情でブレンダを見るラスに、申し訳ないが少し笑ってしまう。確かに初対面は怪しすぎて話しかけなかったのは事実だし、今でも口元を隠すと怪しい。ディエゴはブレンダをチラリと見ると少し気まずそうに目を逸らす。彼の表情はいつも分かりにくいが、ここ数日一緒にいたブレンダは何か言いたそうにしている彼に気がついた。


「ディエゴ、気にしてくれてありがとう。あなたが手伝ってくれるのはすごく嬉しいわ。だけど、他にも何か理由があるんじゃない?」

「……ブレンダのことが心配だってのは、本当だよ」

「うん、わかってる」

「本当にこのまま同行する気なら全部ここで言え。本来の目的が違う奴は勝手な行動をとることが多い。それは俺らの手助けにはならない」


 ラスが濁さずにきっぱりと言う。ラスの態度にブレンダも背筋が伸びた。契約時もそうだったが、ラスは自由気ままな人に見えて、ここぞという時は別人のように誠実な人に見えた。ラスの厳格な姿にディエゴも腹を括ったのか姿勢を正して顔を上げた。


「ブレンダの手助けが終わったら、両親に会いに行きたい。この契約が終われば首都にある本部に戻るだろうから、そこまで同行したいんだ。僕の町は田舎で都会の客人なんて滅多に来ないからこんな機会そうそうない。だから……お願いします」


 ディエゴはそう言い切ると、意志の強い眼差しでラスとブレンダをしっかりと見つめ返した。確かにラスは最終的には本部に戻るので、彼について行けば確実に首都に向かえる。山に慣れたディエゴが旅に同行するのもブレンダの手助けになるはずだ。総合的に見ても彼がついてくるのに問題はないのではとブレンダは思っていた。

 それにディエゴにとってうってつけの機会だ。無断で家出してきたことはいいこととは言えないが、将来のために行動を起こした姿が嬉しかった。


「ご両親にこの間話してくれたこと伝えるのね。ちゃんと話そうとしているみたいでよかった」

「うん。ちゃんと話すつもり」


 ブレンダは小さく微笑み、ラスはまだ少し複雑そうな表情だ。ラスは急にブレンダの腕を掴むとディエゴに背を向けるように体の向変え小声で話し始めた。ブレンダはいきなり近くなったアッシュグレーの瞳に戸惑いながらも耳を傾ける。


「で、どうすんだ?」

「どうするって。私はディエゴの将来を応援したいし、ついて来てくれるのは嬉しい。彼の意見を尊重したいわ」

「まぁ、言いたいことはわかるが。家出少年を連れ歩くとなると、俺達が誘拐したのと同じになるぞ」

「うーん、側から見ればそう見えるのか。すぐにルアーナに無事なことを連絡できればいいんだけど。今から町に引き返すのは」

「ねぇ、何コソコソ話してるの」


 小声で話す2人に不機嫌そうにディエゴが声をかける。後ろを振り向けば彼はムスッとした表情をしていた。この状況に困ったようにラスを見つめれば、彼はまた気まずそうな表情をすると諦めたようにディエゴの方へ体を向けて座り直した。


「お前の意志はわかった。このまま同行しろ」


 緊張した表情のディエゴにラスがはっきりとした声で言う。ディエゴは嬉しそうな瞳で見つめ返したが、ラスはまだ真面目な表情で向かい合っていた。


「許すが条件がある」

「……条件」

「今から村に引き返すことはできない。これからラーミンを採取したら"テクラードの籠"に向かう。そこですぐに姉に無事を伝える手紙を出せ。旅についていく本当の理由もだ。いいな?」

「わ、わかった」

「無茶はするな。死ぬな。俺の言う事は絶対聞け。以上、約束できるな?」

「うん。約束する」


 真面目な表情で受け応えをするディエゴに、ラスは小さく息を吐く。おもむろに荷物を片付け始めたラスに、ブレンダとディエゴは目を見合わせた。どうやらディエゴが旅についてきてくることに、ラスからも許可が降りたようだ。ブレンダはまた彼に出会えたことや一緒に旅ができるのが嬉しかったので、にこりとディエゴに微笑む。彼も緊張して強張っていた体の力を抜いて微笑み返してくれた。


「おい、もう休憩は終わりだ。体力も戻っただろ。ラーミンはすぐそこにあるからすぐに行くぞ」


 ラスが片付けながら2人に話すとブレンダもディエゴも頷いた。色々あったがしっかり休息も取れ、新しい仲間も増えたブレンダ達は再び雪道を進むことにした。



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