銀雪の山への旅立ち 07
ラスは自分の命綱を手早く体に結ぶと、先程と同じように身軽に斜面を上り始める。唖然と見上げるブレンダを軽く見下ろすと、ついてこいと手で合図してきた。
「ついてこいって言われても……」
あまりにも急な斜面のため彼がどうやって登ったのかわからないレベルだ。ひとまず取り付けてくれたロープを引っ張り問題なさそうなのを確認すると、意を決して上りやすそうな出っ張りに足をかけた。時々滑り落ちそうになるのを、斜面にある木や岩に捕まりなりながらなんとか登る。
ラスがロープで引き上げて手助けしてくれたおかげで、息を切らしながらも彼に続いたが、まさかほぼ崖の様な斜面を登ることになるとは思わず、広い足場で休憩しながらズキズキと痛む右腕を労るよにさすった。
「ここを登れば、後は歩いて登れるくらいの坂だ」
「昨日が楽だったのが身に染みてわかったわ……」
崖を背に苦笑いして話すブレンダに、ロープにぶら下がっているラスは少し厳しい顔をしたかと思えば、上からロープで引きあげると言い先に登っていった。確かに崖はずっと続いてはいないようで、先に登って行ったラスがある一定の所で見えなくなった。あそこが最終地点かと見上げていれば、顔を出したラスがロープを引き催促してくる。もう痛みで力が入らなくなってきている右腕をさすりながら、よしと気合を入れて岩場に足をかけた。崖下から風が舞い上がりあまりの高さに身震いする。だいぶ登ってきたが下を少し見ると足がすくみそうになるのでブレンダは上だけ見て登った。
(腕がズキズキする。)
痛みで力が入らない腕をかばいつつ、息も絶え絶えでようやく崖淵に手をかけると、ラスが左腕と背中の服を掴みブレンダを引き上げた。急に体が浮かび上がり地面に降ろされたことで、バランスを崩してよろけたところをラスが抱きとめる。急に引き張り上げられたことに目を丸くしていれば、彼はそのままロープを解くと、怪我がないか真剣な表情で確認している。またあの香水の香りがした。
「怪我してないか?腕は。大丈夫か?」
「な、何とか……」
怪我がないか念入りに確認するラスに、ブレンダはされるがままだ。ラスは意外と長身でガタイもいい方なので、大きな布に包まれているようで暖かかった。上がった息を整えるのに精一杯で、疲れに身を任せて彼に寄りかかる。
ラスは一瞬身動きを止めたがそのまま支えてくれた。寄りかかったところから彼の心臓の音が聞こえ、目を閉じて鼓動を聞きながら息を整える。ジクジクと痛む腕の感覚が戻ってきて変な汗をかき始めた。
「大丈夫か」
「うん。ありがとう。でもさすがに腕が……」
「わかった。少し登ったら休もう」
息を整えてから一歩距離をとると、ラスはまた戸惑った目線でブレンダを見つめている。疲れ切っているブレンダの様子を伺いながら離れると、崖の近くでロープなどの荷物をまとめ、少し先に進んで行くことになった。
先の岩道は歩きづらく疲れそうな道のりだ。崖を登ったことで体力はほぼ無いに等しかったが、へこたれてる場合ではない。怪我をしている癖に頑なに自分から着いていくと言ったのだ。ラスも何か言いたそうにしていたが、弱音を吐かないブレンダに何も言わずにいてくれている。
標高が高くなってきたからか酸素がうすくなっており、空気も張り詰めた寒さだ。相変わらずラスは身軽に岩道を進んでおり、ブレンダを気にして何度か振り返っているのがわかった。岩に手をつきながら彼の足跡をたどると、大きな岩がたくさんある開けた場所に出る。
「休憩しよう。ここまで登れば、目的地まですぐだ」
すっかり息が上がっているブレンダを大きい岩場に座らせると、ラスは目の前にしゃがみブレンダに水を手渡してくれる。渡された水筒を受け取り水をぐびぐび飲むと、ラスはどこからか取り出した果実をナイフで剥いていた。ブレンダとは違いラスはほとんど疲れてない様子で、ストールをおろして果実にかぶりついている。
「ラスって疲れたりしないの?」
余裕そうなラスの表情を見て率直な疑問を聞いてみると、アッシュグレーの瞳がブレンダの方へ向いた。ブレンダは寒さと険しい道のりのせいで頬は赤いしおまけに汗だくだ。彼は果物を全部口に入れて飲み込むと、ブレンダにも皮を向いた果実を手渡してくれる。
「疲れるよ。ただ、狩人としてずっと生活しているし、雪山育ちだから慣れてる。腕を怪我してるのによくここまでこれてる」
ラスは果実を飲み込むと水筒を回収しながら答えた。ヘトヘトではあったが、現役狩人に言われると少し気が楽になった。ラスと比べたって意味がない。なるべく足手まといにならないようにしなければと思いつつ、受け取った果実をゆっくりと頬張った。その様子を少し口角を上げて彼が見つめてくる。しばらくするとラスは、おもむろに今きた道をじっと眺めていることに気づいた。
「何か、気になる事でもあった?」
ブレンダは気配を殺して様子を伺うような彼に声をかける。先程からラスは後方を気にしてるようだ。ブレンダも少し腰を浮かせて今きた道の方へ視線を向けたが、ゴツゴツした岩たちが見えるだけだ。ラスは果実を食べ終わると、背負っていた荷物をブレンダの横に置き、先程使っていたロープを掴んだ。外していたグローブをはめなおしている。
「……どうしたの?」
「少しここで荷物を見ていてくれ。気になる事があるから。すぐ戻る」
まだもそもそと果実を頬張っているブレンダに声をかけると、返事を待たずに来た道を戻って行ってしまった。気になる事とはなんだろう。不思議に思ったが疲れきっている上に置いてかれてしまったので、大人しく待つしかないかと諦めた。




