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魔女には記憶がない  作者:
第3章
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銀雪の山への旅立ち 06

 


 自分のことを話そうにも最近の記憶しかないため、つい質問責めのような形になってしまう。それでも自分のことを話さないのはフェアじゃないかと思い直した。


「じゃあ質問の代わりに私の話をするわね。話せることは少ないけど。そうね、ここ数日でわかったことは運動は割と得意ってことと、子供が嫌いじゃないってことかな」

「そうか」

「それと、美味しいものを食べるのも好き。朝ラスが作ってくれたジャムパンはとても美味しかったわ。あとは……ディエゴが気づいてくれたんだけど、剣術を習ってたかもしれないって事もわかったかな」

「剣術?」


 ラスは最初は黙って頷いていたが、剣術の話をすると興味を持ったのか目線だけ向けて訪ね返してきた。ブレンダは意外そうな顔をしながら手袋を外し手のひらをラスに見せる。


「ほら、手の皮が厚くなってるでしょ。ディエゴが言うにはたくさん練習してた人の手だって。護身用に習ってたのかと思うんだけど」

「……」

「ラス?」


 色素の薄い瞳はブレンダの手のひらを捉えているが、何を考えているのかわからなかった。ブレンダが彼のフードの中にある顔を覗き込むと、一瞬だけ目が合いすぐにフイッと視線を逸らされた。


「体力があるわけだな。今日取りに行く材料も辺鄙なところにある。体力は温存しておけよ」

「……う、うん」


 何事もなかったように話題を変えて崖沿いを歩くラスに、ブレンダは少し戸惑いながら彼の後を追った。

 時々ラスは何か思い詰めたように黙り込む時がある。元々そこまで積極的に話すタイプだとは思わないが、何か苦い記憶を思い出しているのではないかとブレンダは思い会話をやめて進むことにした。

 しばらく崖沿いを歩いていると、ひらけた雪原が現れた。雪が膝くらいまであったが、ラスは慣れた足取りでずんずんと進んでいる。よくあんなに身軽に歩けるなぁと思いながら、置いていかれないように崖沿いから降りると彼の足跡を辿るように進んだ。ラスがちらりとだけ視線を後ろによこし、少し遠くに見える小高い山を指さした。

 急斜面のゴツゴツした山だ。どうやら目的地らしい。あまり雪が積もっておらず山肌が所どころ見えている。息を整えながら頷くと、すぐに転ぶなと合図したラスは、また慣れた足取りで先に進んでいく。

 いつの間にか太陽は真上を過ぎていて、空は雲ひとつない晴天だ。雪原は緩やかな坂道だったが、周りに遮るものがないせいか冷たい風が直に当たる。ブレンダのライラックの三つ編みが粉雪と一緒に舞い上がり咄嗟に目を瞑った。


「疲れたか?」

「えっと、少しだけ。でも、ラスの足跡を辿ってるお陰で随分歩きやすいわ」

「もうすぐ着く。山のふもとに着いたら休憩しよう」


 気遣うラスに頷きながら、目的地を見れば遠くに感じていた山はすぐ目の前だった。山というよりは山のキザギザした出っ張りの一部みたいに見える。ラスは近くの岩場にある雪をどかして固めると座れと促し、ブレンダを座らせ水筒をずいっと押し付けてきた。飲めと言うことらしい。ありがたく受け取り口をつければ、気づかないうちに喉が渇いていたのかぐびぐびと飲んでしまった。


「ぷはっ、……美味しい」

「ちゃんと水分補給しろ。高山病になるぞ」

「寒いからつい忘れちゃうわ。次の材料はここにあるのよね」

「あぁ、ラーミンっていう植物だ。この急な斜面のどこかにある」


 ラスは水筒を受け取ると、今度は朝に食べたパンを押し付け食べるように促す。面倒見がいいなぁと心の中で苦笑いしながらもありがたく受け取った。そこまでお腹は減っていなかったが、この急な斜面を登って素材を探すとなると、少しでも栄養補給はした方がいいと思いパンを口にいれる。ラスもストールをずらしパンを口に詰め込みながら斜面の周りをうろうろして観察していた。上りやすいところの確認だろうかと様子をうかがっていれば、食べていたパンを飲み込みながら、おもむろに荷物のロープを肩にかけ岩場を登り始めた。


「え、ラス?」

「少し待ってろ」


 そう言うと身軽に斜面を上り始め、あっという間に姿が見えなくなってしまった。ブレンダは食べかけのパンを片手にポカンと見上げるしかない。のんびりお昼タイムかと思っていたが、ラスはとっとと先に行ってしまったらしい。なんとか口にあったパンを咀嚼し飲み込むと、ラスが登っていった場所をみつめる。


 (言われた通り、待つしかないわよね。)


 説明が欲しかったと思いながらも、ラスが消えていった岩場を不安な気持ちで見上げた。地元の狩人だし心配はないと思うが、それにしても突拍子もなさすぎる。ブレンダは途方にくれたが、無理をしないと約束したし、追いかけるわけにもいかないためその場で立ち尽くすしか無かった。

 しばらく待ったがなかなか現れない。少し心配になり、落ち着きなくその場をうろうろとしていれば、ブレンダの真横に黒い塊がドサっと落ちてくる。


「わっ!」

「悪い、待たせた」


 黒い塊はラスだったようで、驚いて飛び上がったブレンダを不思議そうに見ている。ラスは手に持っていたロープをブレンダに手渡すと端を手繰り寄せてさらにブレンダに詰め寄ってきた。


「命綱だ。腰につけてもいいか?」

「……ど、どうぞ」


 彼のマイペースさに瞠目したが、もう何も言うまいと大人しくする。どうやら、先に登り準備していてくれていたらしい。表情が見えないし、彼が何をしたいのか理解するのには時間がかかりそうだと思った。ブレンダはラスが命綱を取り付けているの姿をこっそりと見た。外套のフードを深く被って表情はまるでわからないが、距離が近いせいか彼から香水の香りがする。この優しい匂いは何故だか心を落ち着かせてくれて好きだった。


(誰か同じ香水を付けていたのかしら。有名な香水だって言うし。)


 ぼんやりと考えながら、今度はラスのストールを見た。沢山付いているアクセサリーが彼が動くたびにゆらゆらと揺れている。不思議な装飾だ。明るいところで見ると、メッキの飾りや木彫りのチャーム、ピアスの様なものもあって綺麗だった。

 突然ラスがパッと顔を上げてアッシュグレーの瞳と目が合う。ブレンダとラスはお互い目を瞬かせていたが、ラスが気まずそうに目を逸らすとすぐに距離を取り自分にもロープを結び始めた。



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