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魔女には記憶がない  作者:
第3章
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銀雪の山への旅立ち 05



 甘い香りがしてブレンダは重たい瞼をゆっくり開いた。洞窟の入り口の布が少し開かれており、薄ら明るい外は少しだけ雪が降っている。その手前には毛布を肩にかけたラスが眠たそうに座っており、タバコを吸いながら匙で小さな鍋をぐるぐるとかき混ぜていた。簡易暖炉を入り口に移動させて何かを煮込んでいるようだ。眠たい目を擦りながら毛布から顔だけだして様子を見る。ラスは物音ですぐにこちらに気づくとタバコの火を消した。


「おはよう、ラス。別に吸っててもいいのよ?」

「いや、眠気覚ましに吸ってただけだ」


 ラスは首の後ろを触りながら気まずそうにそう話すとお鍋を匙でかき回している。そんなに気にしなくても良いのにと考えていれば、朝の冷たい風がブレンダの元まで届いた。寒むさで毛布を口元まで手繰り寄せる。相変わらず雪山は寒い。動きたくないがまどろんでばかりもいられないため、寒いのを我慢して体を起こす。すると毛布の上に乗っていた何かがずり落ちあわてて掴んだ。ラスの外套のようだ。内側に毛皮がついていて重たいが大きくて思った以上に暖かい。毛皮もモフモフしていて手触りが良かった。

 彼がかけてくれたのだろうか。第一印象は最悪だったが、見た目に反してラスは紳士的で気遣いができる人だ。もう少し怪しくない格好をしないのだろうかと思っていると、外套から懐かしい香りがした気がしてブレンダは無意識に匂いを嗅いだ。服から花や木々のような爽やかな香りがする。


「何してる」

「ごめん、コートありがとう。なんか良い匂いがして」


 素早くラスがブレンダから外套を奪う。心なしか気まずそうにしている気がした。悪いことをした気がして眉を下げたブレンダから顔を背けると、彼は外套を肩にかけまた鍋の方に戻る。


「多分、香水だろ。ヤニ消し用に妹からもらったんだ」

「妹さんがいるのね。なんだか、懐かしい匂いな気がしたわ」


 その言葉にラスが瞠目する。危うく鍋の匙を落としかけ慌てて掴むとブレンダを見た。


「何か思い出したのか?」

「いえ何も。ただ、なんとなく懐かしいと思ったの」

「そうか。……有名な調合師がつくった香水だ。誰か使ってたのかもな」

「うーん、ダメね。何も思い出せない。森の花畑にいるような爽やかな香り。妹さんセンスいいのね」


 匂いに懐かしさを感じたが、やはり記憶を取り戻すには解毒剤しかないようだ。香水を褒めるとラスは少し目元を緩ませると、手を止めていた鍋作業に戻った。

 話をしていたら出来上がったのか、鍋の中身を瓶詰めし始める彼の元にブレンダは毛布を肩にかけて近づいた。どうやら昨日採取したヘルコリンをジャムにしているようだった。足元には3個ほどジャム瓶があり驚く。


「全部ジャムにしたの?」

「解毒剤を作るのに煮詰めないといけないからな。食用はこれだけで他は煮詰めてあるだけだ。飴も作った」

「ラスって意外と家庭的なのね。ジャム美味しそう」


 微笑むブレンダにラスは熱々トロトロのジャムを少し炙ったパンに乗せて渡してくれた。出来立てのためジャムから湯気が立ち上り甘い香りが鼻孔をくすぐる。寝起きで動いていなかった胃が動き出しお腹がすいてきた。大きく口を開けてかぶりつくと昨日食べたヘルコリンより甘みの増したジャムが口いっぱいに広がり美味である。


「おいしい!朝から贅沢」

「そうか。今日は岩場と崖を進むからちゃんと食べろ」


 幸せで緩んだ顔でジャムパンを食べながら大きく頷けばラスが小さく口角を上げる。ラスは笑うと顔が少し幼くなって可愛らしい。元々整った顔をしてるのに常に無表情なので冷たい印象だった上、身長もブレンダより大きいが、笑った顔はギャップがあって好きだ。少し笑顔が見れてるって事は初対面よりは仲良くなったのかも、と思いながらしっかり朝ごはんを完食すれば、次の材料を手に入れるために洞窟を出ることにした。

 朝の雪が嘘のように晴れわたっている。眺める景色もキラキラと輝いて眩しい。ブレンダたちは森を抜け洞窟の上の崖沿いを登り始めていた。平坦な場所で息を整えながら足を滑らせないように歩く。崖下から吹き上がる風に煽られてブレンダの長い髪が舞い上がり少し邪魔だ。ルアーナが以前やってくれたように後ろで三つ編みにしようと髪を束ねてもたついていれば、ラスが振り返りこちらを見た。


「結んでやろうか」

「っえ。で、できるの?」

「まぁ。腕も怪我してるだろ」


 そう言うとブレンダの元まで近づき彼女が束ねていた髪を手にとった。まさか結んでくれるとは思わず固まっていると、ラスは慣れた手つきで後れ毛をまとめ三つ編みをし始める。ブレンダはどうしていればいい分からず手持ち無沙汰に指を組んで目を伏せた。思ったより距離が近く少し緊張する。ラスの指が時々首筋や背中に触れてくすぐったい。男の人に髪を弄られるのはなんだかとても変な感じだった。耳が熱くなっているのが分かったが、今更自分でやるとも言えず大人しく結んでもらうしかない。


「よし、まぁ綺麗とは言い難いが邪魔じゃなくなったろ」

「うん。ありがとう」

「腕の傷は大丈夫か」

「え、うん、大丈夫。ちょっと痛いけど薬も今朝使ったし」


 ラスは向かいからブレンダを眺めると、完成した三つ編みを横に流す。ブレンダが俯いたことにより落ちてきたライラックの長い前髪を自然に耳にかけてきた。何か”こなれてる感”がある。ラスは相変わらずストールとフードのせいで表情がよく分からない。甲斐甲斐しい彼に恥ずかしくなり少し頰を染めてラスを小さく睨めば、距離の近さに気づいたのか彼はゆっくり距離をとった。


「悪い。つい、妹みたいに」

「ううん、大丈夫。でも、少し恥ずかしいわ」

「……わるい」


 またそろりと距離をとると、すぐに方向転換して崖道を登り始めた。ラスが離れたことでホッとして、ブレンダは胸に手を当てた。ひと束になった髪を掴み見てみると綺麗に結ばれている。手先が器用だ。前を見ればラスが動揺したのか掴んだ蔦を引きちぎっており、少し驚いたが置いていかれない様に後を追った。


「その、髪ありがとう。妹さんの髪を結んであげてたの?仲良しなのね。歳はいくつ?」

「たまに結んでやってた。11歳下だ」

「そんなに離れてるんだ。他に家族はいるの?」

「母親と、10歳下の弟が1人」

「面倒見がいいわけね。みんな狩人?」

「……狩人は俺だけだ。質問ばかりするな」


 妹扱いしてしまった事に気まずそうにしていたラスだったが、調子を戻したブレンダの質問攻撃に少しげんなりしたような顔で答える。岩場の隙間から流れる小さい川が、崖下へと流れて行くのを見ながらブレンダは困った顔をした。



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