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魔女には記憶がない  作者:
第3章
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銀雪の山への旅立ち 04



 入り口は獣に気付かれないようにツタや布などで隠されており、真っ暗な内側にゆっくりと入る。ラスは荷物から鉱石を取り出したかと思えば、金槌でそれを強く叩きつける。するとその衝撃で鉱石が一気に光だし手元が明るくなった。

 いきなりの眩しさにブレンダは目を瞬かせる。困惑して黙りこくる姿を見てラスはほそく笑むと、ランタンに鉱石を入れて彼女に持たせた。慌てて受け取ると明るくなった洞窟の全貌がぼんやりと見える。人がいたような形跡が見受けられ、大きな木箱も置いてあった。


「発光石だ。普段は朱色の鉱石だが強く叩くと長時間眩しく光るんだ。摩擦すると燃えるし、便利だろ」

「驚いた……先に言って。一瞬何が起こったか分からなかったわ」

「面白い顔してたな」


 思い出し笑いをするラスを小さく睨んだが、彼は気にせず洞窟の中にある木箱をいじっている。少し拗ねた表情をしたブレンダだったが彼が作業しやすいようにランタンで手元を照らしてあげた。昔使っていた拠点という割には、綺麗な調理器具と薪、毛布などもあり一泊するのにはちょうど良さそうだ。周りを照らすと簡易暖炉まであり、思ったより快適そうだった。


「凄い。小さいお部屋みたい」

「ちゃんとした小山の拠点に比べたらしょぼいがな。それに山にはいくつも町や村がある。狩人達はそこに泊まったりするのが普通だよ」

「だからディエゴの村も宿が多かったのね」


 ラスが薪や小枝を持って暖炉に火を付け始めており、ブレンダは荷物を置くと近くの岩に座った。今日は平和な採取だったが十分疲れた。これからもっと過酷になってくると考えると少し体力がもつか不安になる。

 暖炉に火が灯り室内がより暖かくなった。ラスは夕方に仕留めた獣の解体をし始め見事なナイフ捌きを披露している。あっという間にさばき終えると塩やら胡椒やらハーブやらをふりかけ、洞窟にあったフライパンに乗っけて暖炉の火で焼き始めた。手際の良さに関心し、ブレンダも何か手伝おうとお肉を乗せるお皿を準備する。


「肉の岩塩焼きだ」

「美味しそう」

「冷める前に食え」


 手渡された熱々のお肉の皿を受け取り骨を手で持つと思いきりかぶりつく。とても柔らかく噛むたび肉汁が溢れて美味しい。塩加減も絶妙だしハーブがまた香ばしくつい夢中で食べてしまった。ほぼ野宿と聞いて覚悟していたが、とれたて新鮮のお肉が贅沢に食べれるとは思わなかった。はぐはぐと食べるブレンダを物珍しそうに見ていたラスは、どこからか出してきた缶詰を開けて中身を温め始める。中身はコーンスープだったようでそれもブレンダに手渡すと、ラスも同じようにお肉にかぶりつく。


「スープが体に染みる。お肉も美味しい」

「お上品に食事しそうな顔なのに、結構豪快に食べるんだな」

「お腹ペコペコだもの、上品さなんて必要ないでしょ」


 軽口を叩くラスを無視し大きめのお肉を口いっぱいに頬張る。そういえばこの国は肉料理が有名とルアーナが話していた。森にもいろんな生物や植物があったし、他にも様々な珍味があるのだろうかと考えながら口の横についた肉汁を舐める。このお肉も変な獣だと思っていたがとても美味しかった。ディエゴが狩っていた魚も食べ損ねちゃったなと考えていれば、スープを飲みながらラスが思いついたように口を開く。


「幻獣の話。そういえばまだ話してなかったな」

「そうだった、おとぎ話!幻獣って、空想の生き物ってことよね」

「まぁ、そうだな。叔父が持ってた古い絵本に出てきてたんだ」


 お肉を食べ終え暖かなスープを飲みながらラスを見つめる。昨晩は思いもよらぬ解毒剤の話に夢中になり幻獣の話はすっかり忘れていたが、どんな生き物なのか気にはなっていた。ラスは飲みかけのスープを手に持つとブレンダに物憂げな眼差しを向け、静かに話し始める。


「絵本に出てくる幻獣の名前は”ハイドメ”。白銀の毛玉みたいな姿の魔獣で青緑の牙を持ってる。ほとんど人の前に現れないのに、物語の王様の前に現れて噛みつくんだ。王様は重体で記憶が混乱。財産の秘密を失ったまま死ぬ。親族達は怒ってハイドメを乱獲するんだ」

「……不思議な話の絵本ね」

「絵本にしては変な内容だったな。知名度の低い絵本だし内容は曖昧だ。……その絵本を読んでいたら、叔父がハイドメは大昔に存在したと騒いでいた。ヒューニックのキノコが主食だとか、キノコが少ないのはハイドメのせいだとか」

「ふふっ……楽しい叔父さんね」


 おとぎ話はブレンダと同じで噛み付かれて記憶を失っていたような表現があった。同じような状態の女が現れてラスはさぞ驚いたことだろう。マイナーな絵本ならその幻獣の話を知らない人が多いのは頷ける。偶然ラスの叔父の家にあるというのも不思議な話だ。そうなるとこの傷はハイドメという幻獣に噛まれたというのが答えなのだろうか。

 記憶がないからピンとこない。しかし、また新しい情報は得られた。解毒剤の材料も1つゲットしたし前進したと思いたい。斜め向かいでスープを飲みきるラスを見て、ブレンダは子供の頃の彼を想像してみた。不貞腐れた表情のナイトブルーの癖毛の少年がイメージでき少しディエゴに似てるかもと微笑む。彼の子供時代の話を聞けるとは思わず少し新鮮な感覚だ。ブレンダにも記憶があったら同じように子供の頃の話ができたのだろうかとぼんやりと考えた。


「変な叔父だが尊敬できる人だ。現にハイドメに噛まれたかもしれない奴と会ったし、全部が嘘って訳でもないのかもな。……ハイドメは”秘密を抱えた人間の魂”が好物だとも、言ってた」

「秘密を抱えた人間の魂?」

「叔父の戯言かと思ってたが……あんたも、何か、秘密があるのか?」


 ラスのアッシュグレーの瞳と目があった。澄んだ彼の目は何故だか全てを見透かされるような気持ちになる。何か思い出そうにも浮かび上がるのは暗闇だけだ。


「……秘密を、抱えてるのかな」


 なんと答えていいかわからずブレンダは曖昧に答えた。ラスは探るような目でブレンダを見ていたが諦めたように目をそらすと、食べ終わった食器達を回収して洞窟の外へと向かう。近くの川で洗ってくるとラスが一声かけるとそのまま出て行ってしまった。

 記憶がないのは厄介だ。全てのことが新鮮で初めて知る楽しさを感じることができるが、同時に自分の過去が真っ暗な闇にのまれているよな不安感に悩ませられる。しかも、魔獣に噛まれた原因が自分自身に大きな秘密があったからかもしれないという情報まで追加された。

 自分は一体何者なのだろう。まだまだ不安な気持ちは消えそうにない。彼が出て行った入り口を見てブレンダは大きなため息をつくと、目の前に置かれているランタンの発光石の眩しい光を見つめて、ラスの帰りを静かに待つしかなかった。



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