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魔女には記憶がない  作者:
第1章
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雪の中で目覚める 02

 


 スキットルには綺麗な花草模様が入っており、不思議な紋様もかかれていた。中身を開けてみようと蓋に手をかけたが、手が悴んでどうやっても開けらない。ボトルを振ってみると、ちゃぷちゃぷと中身が入っている音がした。重さ的にまだ一度も開けてなさそうだ。

 開かないなら仕方ないと諦め、次に短刀を手にとる。うっすら積もっていた雪を払い短刀をよく見ると、柄にはスキットルボトルと同じような銀の草花模様の彫り込みがあった。縁には小さなバイオレットの石が飾りとして並んでいる。


「綺麗な短刀。護身用かしら」


 静かに刀を引き抜くと、刀身に自分のエメラルドの瞳が写り込む。見た目は古いがよく手入れされており、まだまだ使えそうだ。護身の為に持ち歩いていたのか、持ってると心細い気持ちが和らいだ気がした。

 綺麗な小刀だったのでついじっくりと眺めてしまう。しかし、凍えるような風が頰を掠め思わず身震いし、彼女は現実に引き戻された。震えながら一緒にあったベルトを拾い上げ、四苦八苦しながら腰に取り付ける。


「いたっ……右手じゃ使えないわ。とりあえず左手で抜けるようにしよう」


 何とか腰にベルトを取り付け、他に何か見落としているものはないかと辺りを見る。残るあやしい場所は自分が崖から落ちた事で出来た小さい雪崩の山だ。少しでも手がかりはあったほうがいい。あの雪の中に何かあるかもしれない。寒さで震える体を奮い立たせ、根性で雪の中を調べることにした。

 手袋をしているがそれにしたって冷たいものは冷たい。痛む右腕は使えないので、左手と足で雪をどかした。何かあって欲しいと思いながら雪をどかしていると、中から小さな袋が見つかった。急いで拾い上げ袋の中身を取り出すと、チェーンがついた小さな指輪が転がり出てきた。

 シンプルな指輪だ。ネックレスにしていたのだろう。表面には自分の髪色のようなライラックの小さい宝石が3つ並び、氷のようなシルバーリングが輝り輝いている。内側を確認するとうっすらと金の文字が彫り込まれていた。


「ブレア。違う、ブレンダ。私の名前?」


 どうやら文字は読めるらしい。女性の名前なのか馴染みがあるような気がした。苦労して雪をどかした甲斐があったと一安心しながら、よく指輪を観察するとまだ内側に文字が書いてあるようだ。目を凝らしてよく見と、”尊敬と、愛を込めて”という文字が書いてあった。

 その文字を読んで彼女は少し安心した。少なくともこの指輪をくれた人物には心配されているかもしれない。この最悪の状況でも一人では無いような気持ちになれた。大事な指輪なのかなと思ったがやっぱり何も思い出せそうもなかった。

 チェーンの金具を悴んだ手でなんとか取り外し、首に取り付けると大切に服の中にしまう。外に落ちていたためかひやりとしたが、肌の暖かさですぐに気にならなくなった。


 空を見上げると太陽は少し傾いており薄っすら雲もかかっている。小降りだった雪が本格的に降り始め、そのせいか気温がさっきよりも下がっているように感じた。荷物もこれ以上収穫はなさそうだ。


「寒い。もう移動しないと」


 腕の傷もジクジクと痛み出しており額には冷や汗をかいていた。目眩で時々視界がぼんやりする。大きい布に荷物を包むと体にしっかりと結びつける。まだ体は動けそうだったが、傷口が熱を持ち始め眠気も感じた。


「持ち物に暖まれる物かあればよかったのに。……でも生きてるだけマシね。タフでよかったわ」


 小さく息をはくと周りを見渡し、移動する方向を考える事にした。左側は険しい川、右側は不気味な森だ。悩んだ結果川沿いを下る事にした。川は岩を伝って進むため少し険しい道のりだが、森と違って昼間は太陽が出てるし、少しは暖かい状態で下山できると思ったからだ。

 日陰は思ったより寒い。川沿いの方が迷いにくいし、川の近くに村があるかもしれない。

 正直、これ以上の寒さは精神的にも厳しい。腕の傷が気になるが、右腕を庇いながらゆっくりでも降りて行けばいいだろう。動けば身体も暖かくなるはずだ。痛む右腕を一度だけさすると意を決して川の岩場の方へと向かった。



 *****



 川辺の岩には新しい雪が積もっており凍っていてとても滑りやすかった。岩も大きいし川の上流の方にいるのだろうと彼女は思った。

 右腕を庇いながら岩場を移動するのは、かなりの集中力が必要だった。目が覚めた時より雪が強くなっている。太陽がまだ見えているし薄っすら雲がかかっている程度なのが救いだった。川に落ちないようにだけ気をつけて、ブレンダはゆっくりと岩場の道を下っていった。慣れない道のりに何度か転びかけながらも平坦なところへ出る。最初よりは川幅も広がったようだ。

 少し上がった息を整えながら足元の川に目を向けると、魚が水面を飛び跳ね華麗な回転をしていた。あまりに一瞬のことだったが、鏡のように反射する鱗が綺麗で、幾重にも重なるヒレは果物のような鮮やかな橙色だというのはわかった。

 ふと、ブレンダは目覚めた時にみた妖精も半透明な体をしてピンクの瞳が可愛らしかったことを思い出した。記憶がないためか見るもの全てが新鮮だ。雪山でかなり寒いが見渡す限りの銀世界はとても素敵だった。


「こんな状況じゃなければもっと楽しめたのに」


 残念に思いながらしばらくその場で景色を眺める。いくら見回しても既視感はないようだ。薄い雲のきれまから太陽の光がさし、キラキラと雪が輝いて美しい。歩いている途中で歪な植物を見かけたり、不気味な生き物が木の影からひっそりと覗いているのを見かけた。少しぎょっとしたが様子を見ているだけのものや、気にせずゆったりと森の奥に消える生き物もいた。

 空気が澄んでいて気持ちがいい。ここは植物や生物が住みやすい土地なのかもしれない。何度か出くわす生き物も下手に近づかなければ襲われる気配はなかった。そうしている内に降っていた雪が止みはじめ、ブレンダは先を急ぐことにした。



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