銀雪の山への旅立ち 02
しばらく道沿いに歩いていたが、ススキのような黄緑の植物が雪を覆い隠すように生い茂っているところの前でラスが立ち止まった。ちらりとブレンダの方へ視線を送ると道なき道を進み始める。どうやらちゃんとした道はここまでのようで、ブレンダも植物をどかしながら森の奥へ進んでいった。雪の中で生きているだけあってしっかりした植物をなんとかどかしながら進む。
「ラス。あなた首都から来たっていってたけどここから近いの?」
「休まずに移動すれば3日以内に着く距離にある。そんなに遠くじゃない」
「そうなのね。ラスに会ってなかったら首都に行こうと思ってたから、少しどんなところか気になるわ」
「この山脈一帯を治めてる国の首都だ。それなりにでかい。山を登れば後で小さく見えるはずだ」
ディエゴの町は小さい町とは聞いていたが十分賑やかで明るい町だった。それよりも大きいということは好奇心旺盛なブレンダが1日かけても回りきれないほどの大きい街なのかもしれない。後で見えると聞いて少し楽しみになったブレンダは、ラスから離れないように注意しながら森の中を進んでいった。
黄緑のススキの植物を抜けると3つの大きな山脈が現れた。どうやら今までいた雪山を下っていたらしい。少し上がった息を整えながら目の前に広がる銀嶺の山々をぼんやりと眺める。ところどころ見える岩肌はやはり少し赤みのある色をしており、青空と真っ白な雪のコントラストが鮮やかだ。冬の冷たい風が頰を撫で少し涼しい。
大自然すぎる光景を惚けながら見つめるブレンダに、ラスは文句を言わずに待ってくれていた。先ほどの黄緑のススキを手折り足元のサラサラの雪を箒ではくようにして気晴らしをしている。満足するまで景色を楽しんだブレンダはラスにお礼を言うと目の前の森へと進んでいく彼についていった。
根っこがうねうねした森の中を身軽に進むラスに感心する。今朝、二日酔いでグロッキーになっていたのが嘘のようだ。ブレンダもタフな方だったが、雪深いところや根っこが縦横無尽な地面を進むのは骨が折れる。朝から休憩なしに進んでいたためブレンダは結構息が上がっていた。
「そろそろ休むか。腹も減ったし」
「えぇ……そうしてくれると助かるわ。ラスは息切れしてないのね……」
「まぁ狩人だしな」
そう言うとラスは近くの大樹の下に移動すると来いと手招く。少し高いところに生えている大樹の根っこを掴み、なんとか手をついて大樹の下に登った。生命力のありすぎる大樹は根も大きく、座るのにちょうど良さそうだ。すこし積もっている雪を払い荷物を置くとブレンダは根っこに座る。かなり大きい木なので物珍しく見上げてしまった。
おい、と呼ばれハッとして前を見ると何か飛んできて咄嗟にキャッチする。手元を見るとオレンジの掌くらいの実だった。ラスは少し離れたところに座ると口を隠してたストールをずらし、皮をナイフで剥いて中身をかじっている。食べ物のようだ。同じように皮を剥くと果物のような匂いがした。口に入れるとほんのり甘くさっぱりした味で美味しい。
咀嚼しながら向かいに座るラスを見る。こちらには視線を向けず、手書きの地図のようなものを片手に2個目の果物を食べ始めていた。ブレンダからお願いしたことだとはいえ1週間以上も2人で過ごすのだ。少しでも仲良くなった方が採取もしやすいのではないかと思ったブレンダは、座っていた場所から立ち上がるとラスの側まで移動した。ルアーナから持たされていたサンドを取り出すと彼の近くに座る。
「ディエゴのお姉さんからもらったの。半分どうぞ」
「いや……、俺はいい」
「雪山は危険なんでしょ。果物だけじゃ力が出ないわ。私のことは今は相棒だと思って」
「相棒ね。事実、雇い主だろ」
にこりと口元を緩めて笑うブレンダに文句を言うラスだったが、差し出したサンドは大人しく受け取った。近くに座っても嫌がる素振りもなかったので、そのまま彼の持っていた地図を見る。山脈の地図には適当に書き込みが書いてあり、矢印もあったためルートは決めているようだ。
「ヘルコリンって木の実ってどんな植物なの?」
「甘酸っぱくて美味い。ベリー系の赤い木の実だ。楽に手に入るが量がいる」
「そっか。それなら私でも手伝えそうね」
「今日はな。でも基本的にフォローに徹しろ。怪我するな。死ぬな」
「はいはい、気をつけます」
大きく口を開けてサンドを頬張りながらラスが不満そうに言う。まだついて来たことを根に持っているようだ。今のところ平和に採取に向かえているので、死ぬようなことがあるのだろうかとブレンダは思った。するとラスが彼女の心を読んだように訝しげな目線を寄越す。その表情にもブレンダは臆せずにロースト肉と野菜が挟んである美味しいサンドを食べていた。ルアーナ特製甘ダレがかかっており、とても美味しい。
「今日は怪我の心配がないからいいが、これから辺鄙な場所にも行くんだ。頼むから気を引き締めろよ」
「そうなのね。気をつけるわ。辺鄙な場所って例えばどんなところ?契約書には採取するのは5種類って書いてあったけど」
もぐもぐと口を動かし飲み込んだ後、ブレンダは呑気に尋ねる。ラスがいくら凄んでも彼女はもう気にしなくなっていた。確かに黙っていると不気味な雰囲気で話しかけずらいが、景色を眺めるのを待ってくれたり、ペースを気にしながら歩いてくたり、質問すれば口下手だが面倒くさがらず話してくれる。
採取の条件も最終的にはのんでくれているあたり、悪い人ではないようだ。マイペースなブレンダに呆れた顔をしたラスは、残りのサンドを一口で頬張ると解毒剤の材料について話し出した。
「ヘルコリンの他に、ラーミンの根・ネロリの樹液・ミュラッカの花弁・ジアンの実の種がいる。急な岩場にも行くし、雪山の頂上にも行く。危険な魔獣の住処の近くにも行くんだ。言っとくが雪山初心者が来るようなところじゃない。お前に多少体力があっても過酷だ。途中で辞めるなら言ってくれ」
「体力あるって思ってくれてるのね。現役狩人にそう思ってもらえて嬉しい。確かにいろんな場所に行くみたいだし、怪我しないように気をつけないとね」
「……はぁ…好きにしろ」
少しは脅しになると思ってなのか真剣な顔で話していたラスだったが、優雅に微笑むブレンダを見てジト目をすると諦めたように地図に視線を戻した。彼は隙があれば同行を辞めさせるようなことを仄めかせてくるが、何度警告されても辞める気は無かった。
「確かに雪山は慣れてはないし足手纏いかもしれないけど、何度説得されても辞める気はないわ。一応短刀も扱えると思うし、護身程度ならできる。あなたの言う通り怪我しないように危険も避けるから」
「もう腕を怪我してるだろ」
ラスの言葉に思わず口籠もる。相変わらずフードを深くかぶっているラスは表情がわかりにくい。しかし、彼の言葉はブレンダの腕の傷のことを指しているというのはわかった。




