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魔女には記憶がない  作者:
第3章
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銀雪の山への旅立ち 01




 ブレンダはまだ薄暗い早朝の町中を大きめのリュックを背負いながら歩いていた。昨日も来た酒場の階段を静かに降りると木の扉をゆっくりと開ける。客はまだ数人いたがほとんどが寝落ちているようで、昨晩の騒がしさとは打って変わって閑散としていた。カウンターでは店主がタバコを吸いながら酒瓶の管理をしていてブレンダを見ると少し驚いた表情をした。


「昨日来てた美人さんじゃねーか」

「おはようございます。あの、ラスはいますか?」

「ラス?あぁ、端で寝てるよ。ほら」


 店主が指差した方へ目を向けると、フードを被った男がカウンターにうつ伏せの状態で眠っていた。店主にお礼を言い静かに彼に近づく。テーブルの上にはラスが吸っていたと思われるタバコの吸殻が何本か消されていた。喫煙者なのかと意外な顔をして他も見ると、飲みかけの酒のグラスもあった。どうやら眠る前まで飲んでいたようだ。

 起こさなない様にこっそりラスの顔を覗き込むと、眉間にしわを寄せて寝息を立てて眠っている。目を覚まさないことをいい事にブレンダは彼の顔を眺めた。昨日も思ったがまだ若そうな男だ。自分よりは年上か同い年くらいだろう。肌がディエゴやルアーナ達と同じ小麦色なのでこの国の人だろうなと思いながら、もっとよく見ようと顔を近づけた。すると閉じていた瞼がパッと開きアッシュグレーの瞳と目があう。

 ラスは飛び起きると慌ててフードを抑え小刀に手を添えたが、ブレンダの驚いた表情を見ると警戒を緩めた。


「驚かさないでくれ……いっ……」

「ごめんなさい。まだ寝てたから。頭痛?多分二日酔いね」

「……あぁ……つい飲みすぎた」


 頭を痛そうに抱えたラスに店主が気を利かせてお水を出す。それを受け取りゆっくりと飲み干すラスを見て、ブレンダはおかわりを店主に頼むと、1杯目を飲み終えた彼にまた手渡した。ラスは気まずそうにそれ受け取るとブレンダの周りを見回して怪訝な顔をする。


「昨日いた肝の座った子供はいないのか」

「……ディエゴは来ないわ。昨日は付き添ってくれていただけだから」

「そうなのか。あいつも来ると思ってたんだけどな」


 ブレンダは2杯目の水を飲むラスを見ながら昨晩のことを思い出した。契約が成立した後、家に帰りラスの採取に同行する話をルアーナに伝えた。彼女は進展があったことに喜んでくれたが、ディエゴが一緒に行きたいとすました顔で発言したことにより姉弟喧嘩が勃発。狼狽えるブレンダだったがデズモンドが気にするなとソファの隣に座らせ、2人の口論を黙って傍観することとなった。

 結局、ルアーナが有無を言わせずディエゴを黙らせ、彼は真っ赤な顔で姉を睨むと自室へ引きこもる事により喧嘩は収束した。それから何度か彼の部屋に声をかけてみたもの、ディエゴは一度も部屋から出ることはなくブレンダの見送りにも姿を見せなかった。親身になって協力してくれたディエゴに何かしてあげたい気持ちはあったが、ルアーナの彼を心配する気持ちも分かる。家を出る前に最後のお礼を言うと、後ろ髪を引かれる思いでそのまま家を後にした。

 ディエゴはまだ子供で安全の保証もできない旅には連れていけない。いくら彼に行く気があったとしても、保護者の許可無しじゃどうしようもない。少し暗い顔をしたブレンダをラスはちらりと横目でみると、飲み干したグラスをカウンターに置き立ち上がった。


「まぁ、お守りが一人減って助かった。荷物を宿から取って来るから待ってろ」


 まだ頭が痛いのか、こめかみを押さえながらラスは酒場から出て行った。彼の後ろ姿を見送り小さくため息をつくと、カウンターチェアに座って彼の準備を待つことにした。

 ラスの準備が終わり酒場を出ると一緒に正門へと向かう。薄らと降っていた雪が弱まり、明るくなり始めた空を見上げた。前を歩くラスも大きなリュックを背負っており迷いなく町中を進んでいる。ディエゴの家とは真逆の方に歩いていると、緩やかな坂が出てきてその奥に森が広がった雪道に出た。どうやら町の入り口のようだ。


「ここから先は歩きやすい雪道は少なくなる。天気もよく変わるし、崖や岩場も歩く。夜は魔獣も出るから無理だけはしないでくれよ」

「分かったわ。よろしくね、ラス。まぁ……二日酔いの人から言われると説得力は減るけど」

「悪かったって。それにもう平気だ」


 少しばつの悪そうな顔をしたラスだったが、飾りのついたストールで口元を隠すとまたフードを深く被る。確かにさっきよりは体調は良さそうな上に、足取りもしっかりしているみたいだったので多めに見ることにした。ブレンダは最後にもう一度振り返り雪の町を見つめていたが、決心した表情をすると道の先で待ってくれていたラスの後を急いで追いかけた。

 町から出た後、ブレンダ達は人工的に作られた雪道をひたすら歩いていた。雪道の端には不思議な形の木々が広がっており、相変わらず変な森だなとブレンダは思った。薄っすらと降っていた雪はすっかり止んで歩きやすい。ラスはさすが狩人だけあって息切れもせずに前を歩いていた。


「ラス、今日は何を採取するの?」

「今日はヘルコリンの実を取りに行く」

「ヘルコリンの実?」


 実というのだから木の実とかだろうか。ラスはそれだけ言うとまた黙り始め、緩やかな上り坂の雪道を進んでいく。昨晩の酒場ではあれほど色々と話してくれたのに今日は随分と口下手だ。まだ二日酔いが収まっていないのか、太陽の光が当たる場所で眩しそうに目を細めている。

 ディエゴがいたらもう少し心強かったなと、考えても仕方ない事が頭をよぎりブレンダは頭を振った。あまりいいお別れのしかたではなかったため、どうしてもモヤモヤした感情が残る。話をしないラスにまた声をかける気にもなれず、ブレンダは周りの風景を眺めることにした。雪山だというのに森の木々たちの幹はしっかりしているし、相変わらず根っこは縦横無尽に雪から頭を出している。

 森の奥を見れば遭難していた時と同じく、不思議な生物が何匹かこちらの様子を静かに伺っていた。ブレンダも好奇心から見つめ返す。木漏れ日が差し込んではいるものの、生き物達は暗がりから見ているので目だけ光って姿はよく見えなかった。


「あいつらは無害な獣だから気にしなくていい。危険な魔獣は夜行性だから夜は気をつけてくれ」


 周りをキョロキョロと見ているブレンダが気になったのかラスが声をかけて来た。どうやらブレンダの腕に噛み付いた魔物のような生き物は、日が暮れてからが活動時間のようで、日が出ている時間は比較的安全に移動ができるみたいだ。それから道端にある見たことがない植物や生き物を見つけてはじっと観察しているブレンダに、なんやかんやラスが説明してくれる。

 ラスは獣や植物の知識もあるようだ。口下手で説明不足なところがあったが、分からないところを質問すれば嫌な顔はせずに答えてくれる。本人から何か話すことはないが、会話が嫌いな人じゃないみたいだった。



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