雪の町で調べごと 10
「あなたを雇う?どうして?」
「俺が解毒剤の材料を集めに行って解毒剤を作った方が早い」
「材料……でも材料はわざわざ雪山に取りに行くより首都で買った方が早いと思うわ。それに医師に聞かないと解毒剤の作り方もわからないじゃない」
ブレンダは戸惑いながらラスに反論する。ラスは相変わらず厳しい顔をしており、荷物から紙と羽ペンを取り出して何か書き始めた。手元を覗けば紋章が入った紙のようで、一番大きな文字は契約書と書かれている。
「材料自体かなり貴重品で首都にもほぼ売ってない。どうせ山に取りに行く事になる。20年以上、医師の趣味に付き合って材料集めをしてたのは俺らだ。材料の場所も把握してる」
「そんなに貴重な材料なの?」
「まぁな。解毒剤の作り方も俺が手伝ったから覚えている。2週間。いや、1週間ほどでこの町に戻ってくるから、その後解毒剤を作ってやる。……報酬はそうだな、危険料も考えて狩猟依頼の倍の金額をもらう」
ラスは淡々と話しながら契約内容を紙に書いている。ブレンダは中々商売上手な男だと感心したし、とても助かる話だと思った。医師に会えたとしても薬の材料がなければ作れるものも作れない。ラスは作り方を知っているようだし、彼を雇った方が話は早そうだった。しかし、最悪2週間もかかるかもしれない採取をラスだけでやるつもりなのだろうか。
少し複雑な気持ちになっていると契約書を書き終えたのか、ラスは紙をブレンダに手渡す。ラスから紙を受け取り確認すれば、契約成立までの取引内容が書かれており、請負人はラスだけのようだ。ブレンダは思い立った表情をすると契約書を突き返した。
「その採取、私も着いて行けるかしら」
「……は?」
「材料の採取に着いて行きたいの」
「だめだ」
即答だった。ラスは素っ頓狂な声を上げたと思えば、低い声で断ってきた。ディエゴは大人しく2人の話し合いを傍観していたが、少し興味を持った表情をすると目だけ動かしてブレンダを見上げていた。
「簡単に取りに行ける材料じゃない。最低でも1週間は雪山をうろついて野宿だ。雪山に慣れてない奴が来たら死ぬぞ」
「足手まといにならないように気をつける。先に報酬のお金も渡すわ。もし私が事故で死んでもあなたに責任はないって署名もしてあげる」
「馬鹿か!!!」
ラスが苛立ったように大声を出す。驚き反射で肩を揺らしてしまったが怯まないよう強気でラスを見返した。近くにいた狩人達が野次馬のように視線を送ってきたが、ラスとブレンダは意に介せず睨み合っていた。
「自分が起こした事態だし自分の力で解決したい。1週間以上町で待ってるだけなんて私には無理なの。もちろん自ら死にに行くような危ないことはしないし、基本的にあなたにお願いするわ。報酬だってあるだけ出す!お互い良いことしかないはずよ」
ブレンダは荷物をひっつかむと持ってきていた全財産をラスの目の前に置いた。提示してきた金額よりはるかに多いはずだ。ラスは椅子の背もたれに寄っ掛かり腕を組んで拒否の姿勢をとりだした。表情が暗く鋭く睨まれている。
「ダメだ。雇い主は金を払って待つ、雇われた方は報酬分の仕事をする。これが基本だ」
「雇い主がついて行くことだってあるはずよ。そんなルールないわ」
「雪山を舐めすぎだ!同行する場合のほどんどは依頼主も雪山慣れした狩人や兵士が多い。不慣れな奴は邪魔なだけだ」
ラスは苛ついているのか貧乏ゆすりをし始めている。彼の剣幕にブレンダは厳しい表情をした。確かに雪山に慣れてないし、ラスの採取についていけば邪魔なだけかもしれない。ただ、どうしても待つだけの依頼内容に納得できなかった。何故記憶を無くす様な事態になったのかついて行けば分かるかもしれないし、彼が1人で大変な採取に行くのにも不満だった。
「……そう、そこまで言うなら仕方ないわね」
ブレンダは沈んだ表情でしおらしくライラックの長い睫毛を伏せる。ラスはようやく折れた彼女に安心したのか、疲れたようにため息をついた。
強情な人だ。しかし、ブレンダはそれ以上に強情だった。
「残念だけど、この条件が飲めないって言うならあなたに依頼できない。交渉決裂ね。首都に行って別の人に頼むしかないわ」
「は、……何を。解毒剤を作れないぞ」
「その医師を探してお願いするわ。材料も首都で無いようなら同じように狩人を雇う。私の条件を飲んでくれる人に採取を頼むわ。かなりの大金なのに。報酬も無しね」
ブレンダは頬に手をあて妖艶に微笑むと、テーブルに置いた大金の袋をゆっくり自分の方へ引き寄せる。ラスは愕然として黙り混んでいた。ディエゴはブレンダの強気の姿勢が面白かったのか、口元を緩ませているのを隠すために口に手を当てている。ラスは彼女を睨んでいたが、暫くすると黙って俯いていた。
たっぷり時間をとって黙り込んでいたラスだったが、投げやりにブレンダの手元にあった契約書を掴むと、内容を書き換え乱暴にサインをした。契約書を受け取り内容を確認すると、ブレンダの指定した同行を承認する文が付け加えられていた。また、危険なことは全て請負人に任せる事と、無理や無茶は絶対しない事も条件に追加されていた。ラスによれば依頼主の死亡や怪我は仕事のプライドと周りの信頼に関わるらしい。
うまくいったことに一息つきディエゴの方に視線を向けてみれば、相変わらず無表情ではあったが楽しそうな瞳で契約書を眺めている。
「ブレンダはすごいね」
「交渉相手が良い人でよかった」
小声で話しクスクス笑っていれば、ラスが不満そうな顔をしていた。ラスは念のためとポケットから小さい紙のようなものを取り出してブレンダのほうへ差し出した。狩猟団体の名刺のようだ。問い合わせるとちゃんと所属しているのがわかるらしい。解毒剤の作り方も念のためその医師に手紙で聞いておくとラスが説明してくれた。
「……名刺もあるのね。ちゃんとしてる。この紋章はこの国の紋章?」
「あぁ、一応首都の大きい団体だ。国から直々に依頼が来る事もある」
その名刺を受け取ろうとすれば、ディエゴが先に受け取り、好奇心でワクワクした表情で黙ってその名刺を見つめていた。ブレンダはラスから受け取った羽ペンで契約書に自分の名前をサインする。
「それじゃあ、契約成立ね。明日からよろしく、ラス」
晴れやかな表情で美しく笑うブレンダが手を優雅に差し出し握手を求めた。ラスは少し黙って彼女の手を見つめていたが、彼もゆっくりと手を差し出すと契約成立の握手をした。
やっと旅が始まります。
小説って難しいです…




