雪の町で調べごと 08
ブレンダは不思議な緊張がとけ肩の力をぬいた。席についた不気味な男はフードも取らすに黙って酒を待っている。彼にまだ少し緊張していると店主が現れ男に酒を出し、今度はディエゴに話しかけている。そういえばディエゴは店主と知り合いと言っていたことを思い出した。
「ディエゴもよくきたな。デスのじじいは元気か!隣の美人さんは?見ない顔だが」
「僕の友達。今ちょっと調べごとをしてて。知ってるなら教えて欲しいんだけど」
ディエゴがヒューニックの魔獣について質問してくれたが、店主は難しそうな顔をしている。暫く考えてくれたがやはり知らないらしく、豪快な笑顔で頭を掻きながら笑っていた。
「そんな魔獣の話きいたことねぇなぁ……おい、ラス!お前知ってるか?」
突然店主が不気味な狩人の男、ラスに話題を振った。話しかける気がなかったブレンダは店主の奇行にドキッと心臓が飛び跳ねた。ラスはブレンダをまた一瞥すると黙って出された酒を見つめている。徐ろにストールを外すと酒を静かに飲み始めた。
「……何の話だ」
「いろんな場所で狩猟してんだろ。俺より魔獣は詳しいよな。この美人さんの話聞いてやんな」
思ったより低い声だ。ブレンダはまたじわじわと緊張し始めていたが、それよりもこの男が話すことが出来たことに少し驚いていた。フードで目元が見えないがまた静かにこちらを見ている気がする。なんだか目が離せない人だなとブレンダは思った。店主が別の客に呼ばれ「女子供はあまり長居するなよ」と声をかけてまた仕事に戻って行く。
「……わからないのか」
「え?……は、い。知りたいことがあって」
不思議な問いかけに戸惑うブレンダだったが何とか返事を返す。ラスはまた無言でブレンダを見ている。ディエゴは彼女の服の裾を掴むと小声で耳打ちした。
「なんか、……変な人だ」
「うん、でもなんか知ってるかも」
「何を知りたい」
コソコソとブレンダとディエゴが話しているとラスまた尋ねてきた。こんなに騒がしい店なのによく通る声だ。まだラスに対して警戒心があったが、他の狩人達に聞いたようにヒューニックの毒を持つ魔獣について質問することにした。彼はまた黙り込み、お酒を飲むと今度は不思議そうに尋ねてきた。
「何故、知りたいんだ」
「……そういう生き物がいるかも知れないと聞いたから。興味があって」
「何で興味がある」
次々と質問してくるラスに、ブレンダはつい答えに戸惑ってしまう。数分前に出会った見ず知らずの男に詳細を説明するのは手間だし、風貌が怪しくて話しづらい。ただ、今までの狩人達とは違ってすぐに知らないと言わないラスに、何か知っているんじゃないかと思えた。どうするべきか悩み黙り込むブレンダを見てようやくラスが「知っている」と小さく答える。
「……え。し、知ってるの?」
「あぁ、ヒューニックの毒を牙に持ってる魔獣だろ。知っている」
ラスは気だるげに答えると酒を飲む。ブレンダは初めて出会えた記憶のヒントにエメラルドの瞳を輝かせ、ディエゴもまさかの返答に驚き、手に持っていた串焼きを皿に落としていた。2人の反応にラスは若干引いてるような気がしたが、ブレンダはすかさず店員にラスの酒のお代わりを頼むと詳細を急かした。
「……かなり古いおとぎ話の幻獣だ。今時そんな魔物、本当に探してる馬鹿はいないぞ」
「おとぎ話……幻獣。他に何か知ってる?何でもいいから知りたいの」
おとぎ話と聞きブレンダは少し落胆したが、初めて見えた希望を逃したくなかった。彼の話しを聞きやすいように少し空いていた距離を椅子を動かして詰めると、ラスは少し身動きを止めた。ディエゴの方は様子を見ながら大人しくしていたが相変わらずブレンダの服の裾を掴んでいる。ラスの前に店員が持ってきた酒が置かれた。
「何故知りたい」
「興味があるからよ。今、手がかりが貴方の話しか無いの。お願い」
「……見ず知らずの他人に情報料もなしにずうずうしいな。せめて女子供がこんな夜中に狩人が多い酒場まで来て、おとぎ話の幻獣を知りたい理由を教えろと言ってるだけだ」
少し苛ついた低い声色でラスが言う。凄まれて少し竦んだ。確かにラスが言っている事も一理ある。情報料を払うと言えばいらないと言われた。理由が知りたいだけだと言う彼に、なぜ執拗に理由を聞くのだろうとブレンダは不満げな表情になる。
「もし理由を話したら協力してくれるの?」
「……そうだな。面白い話が好きだ。理由が面白ければ詳細を話す」
「面白ければ?……ヒューニックの解毒剤の手がかりを探してる」
「解毒はない。ヒューニックの毒は1週間経てば綺麗さっぱり症状が治るから作る医者もいない。そんな理由で幻獣を探してるのか。引くほどつまらん話だな」
ブレンダの返答にラスは挑発的にそう返すと酒を煽る。口が悪い。なんて意地悪な人だ。ブレンダはムッとした表情になりながらラスが煽っていた酒のグラスを奪い取った。驚くラスを無視しブレンダは残りの酒を飲み干す。舌と喉が焼けるような感覚がしたがぐっと我慢し、グラスをテーブルに置くとラスを睨む。先程より距離が近づいたせいかフードの中の瞳と目が合った。
「ヒューニックの症状に記憶障害が出た場合の解毒剤が知りたいの。だから魔獣についても知りたい」
「何を言ってる」
ラスの馬鹿にした態度が少し大人しくなった気がした。この人は実際に傷を見ないと信用してくれないのではないかとブレンダは思った。おもむろに着ていた外套を脱ぐと中に着ていたジャケットも脱ぎ、厚手のワンピースのみになる。突然のブレンダの行動に戸惑うディエゴに上着を押し付け黙らせ、右腕の袖のボタンを外して肩までまくった。
「おい、何する気だ」
ラスは身を引いて少し動揺してるように見える。ブレンダは気にせず結ばれている包帯をゆっくり外した。困惑したラスはディエゴに視線をやり「こいつは何をしてるんだ」と聞いていたが、ディエゴも服を持って肩をすくませるだけだった。包帯を外すと傷の上に大きなガーゼが当てられており、まだ何か言いいそうなラスの肩をぐっと掴んで引き寄せた。




