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魔女には記憶がない  作者:
第2章
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雪の町で調べごと 07

 


 ブレンダは少し緊張しながら中を覗いていたが、ディエゴは怖気付くことなく扉を勢いよく開けた。客達の笑い声が大きく聞こえ、料理のいい匂いと楽しげな音楽が店に響き渡っている。自分より度胸のあるディエゴに驚き半分、感心半分の表情をしながら後に続いて室内へと入った。


「お、ディエゴじゃねーか。ガキがこんな時間に酒場にいるんじゃねぇ!しかも女連れかよ!」

「おじさん久しぶり。少し聞きたい事があるんだけど」

「おー、茶葉の店の坊主!ここは酒場だぞぉ。子供は寝る時間だ!」


 店の男達が四方からディエゴに親しげに話しかけ、彼の帽子ごと頭を撫でくりまわしている。どうやら知り合いらしく、ディエゴはむすっとした表情で帽子を直しながら魔獣について尋ねていた。ブレンダも店の中の狩人達に尋ねてまわったが相手にされなかったり馬鹿にされたりだ。一緒に食事はどうだ口説く男達をなんとかやり過ごし片っ端から聞き回るも、知ってる人は居ないようだった。

 テーブルに並ぶキンキンに冷えたビールや、肉厚な魚のソテー、ジューシーに焼けたローストビーフが食欲をそそる。ミディアムレアのステーキを美味しそうに食べる狩人達は、みんな上機嫌で思ったより話しやすい人達だった。


「……お腹、空いた」

「……何か食べようか」


 ディエゴは狩人達の食べている料理を見つめて呟く。ブレンダ達は夕飯もまだだったので、休憩がてら軽食を食べることにした。狩人たちによるとヒューニックの毒の魔獣にあったこともなく、聞いたこともないらしい。ディエゴとルアーナは店の中央にあるカウンター席へ向かい少し落胆しながらメニューを見た。


「ルアーナが夕飯作ってるだろうし、軽食だけにしようか」

「うん。……唐揚げ、串焼き。炭酸……」

「ふふ、じゃあそれにしよっか。それにしても、また情報なしかぁ……万策尽きちゃった」


 店員に声をかけ注文するとブレンダはフードを外し少しふてた顔をする。ここでは珍しい髪色だが狩人達はどんちゃん騒ぎをしているし、暖房の効いた部屋が暑いため脱ぐことにした。ディエゴも防寒帽を外すと鳶色の短めの髪を軽く触って癖を直してる。メニューを眺めている彼の頰は暖かい部屋に入ったためか赤くなっていて少し幼い雰囲気だ。ブレンダは肘をついてそんな彼の頭を撫でた。


「こんな所まで付き合ってくれてありがとう。ディエゴは顔も広いし助かるわ」


 にっこりと笑うブレンダを焦茶色の瞳でチラリとみると、彼は小さく頷いてまたメニューに目を落とす。少し耳が赤くなっていたので、照れてるのかなと思いながらディエゴの頭から手を離した。ガヤガヤと騒がしい店を見回しながら無意識に短刀に触る。先に届いた飲み物を飲み、柄にある花草模様をなんとなく手でなぞった。するとディエゴが目を伏せたまま「剣術を習っていたのかもね」と小さく呟いた。


「剣術?」

「うん。その短刀、使い込まれてるけど手入れしてあるし大切にしてたんだと思う。女の人でも扱えるサイズだし、掌が固くなってるからたくさん練習してたんじゃないかな」


 ディエゴの言葉に驚きつつ、ブレンダは自分の掌を見た。確かに豆ができて治ったような痕があり、皮が厚くなっていた。家事をしていたというよりも剣士をしていたと言った方が説得力のある手だ。


「よく気付いたわね……確かに体はタフな方だし女にしては背も高めだもんね」

「女の人の狩人もいるし、少ないけど女騎士や女兵士もいるよ」

「そうなんだ。確かにさっき女性の狩人を見たわ。もしかして私も狩人とか騎士だったりするのかしら」

「どっちもあり得そうだよ。……もし騎士だったら、羨ましいな……」


 ディエゴはぼんやりと呟いたかと思えば、店員が料理を机の上に置いた音でハッとしていた。ブレンダが不思議そうに見つめると、彼は誤魔化すように揚げたての唐揚げを口に頬張っている。ディエゴの耳はさっきより赤くなっており、気まずそうにしていた。


「騎士に興味があるの?」

「……興味、というか」


 ディエゴの顔を覗けば、頰が恥ずかしさで真っ赤になっていた。机の上にある唐揚げをブレンダもつまみながら、冷や汗をかき始めている彼を肘で小突いて話の続きを促した。ディエゴは困ったような顔をしていたが、小さい頃に首都に行った時に見た騎士達がとてもかっこよかった事や、大型の魔獣退治をする強さに憧れている事、店は好きだが弓の方がもっと好きで、いつか訓練をちゃんと受けたい事を言い淀みながら話してくれた。

 キラキラした瞳で話す姿はとても楽しそうだったが、今まで誰かに夢について話したことがないディエゴはとても恥ずかしそうだ。両親の仕事の手伝いで数日だけ首都に行った時は、暇さえあれば兵士の駐屯所を覗きに行っていたらしい。


「いいね。デェエゴは弓の技術も凄いし、なれると思うわ」

「……ありがと。でもうちは代々茶葉の店をやってるし、姉さんが許してくれないかも」

「家族に話したことないんでしょ。本当にやりたいことなんだし、最初から諦めちゃ勿体ないわ。ディエゴは根性もあるし、認めてもらえるまでやり続ければ何にだってなれると思う」

「……そっか……うん、そうだね」


 ディエゴはまだ気恥ずかしそうだったが、嬉しそうにはにかむと残りの唐揚げを口に放り込んだ。あまり見られないディエゴの笑顔に、弓以外の訓練もしなきゃねと微笑む。人に諦めるなと言った手前、自分の記憶探しも諦めるわけにはいかない。ディエゴに元気を貰ったブレンダは、残りの串焼きを食べる彼の横顔を心穏やかに見つめていた。

 暫く串焼きをのんびり食べていたブレンダ達だったが、急にぞっとする気配を背後に感じた。咄嗟に後ろを振り返れば、雪まみれの狩人が静かに立っていた。深緑色の外套のフードを深く被り、口元はゆったりしたストールで隠されている。ストールには不思議な飾りがたくさんついており、ゆらゆらと不気味に揺れていた。

 気配が静かすぎていつからいたのか気づかなかった。隣に座っていたディエゴも彼の存在に気付いたのか、ギョッとした表情をすると不振そうに彼を見ている。


「……あの、なにか?」


 恐る恐るブレンダが声をかけるが狩人の男は黙ったままだ。フードの奥に辛うじて見える瞳は冷たく、騒がしい酒場がここだけ妙に静かに感じた。異様な空気感にブレンダは生唾を飲み込み目をそらせずに見上げていると、酒場の店主がカウンター越しに快活な笑顔を浮かべて現れた。


「お前、ラスじゃないか。久しいな!どうしたつっ立って。いつもの酒あるぞ。座りな!」


 忙しそうな店主は狩人の男をラスと呼びブレンダの一つ隣の席に促す。男はまだブレンダに視線を向けていたが、ふっと逸らすと黙って案内された席に座った。



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