雪の中で目覚める 01
頭に響くような音が聞こえる。身体が寒くて痛くて動きたくない。そう思いながらもコロコロと鳴る不思議な音に、瞳を無理やりこじ開けた。
「……なんの音?」
辛うじて呟いた言葉は白い息になって寒空に消えていく。手足の感覚がなく、どうやら雪の上で仰向けに眠ってしまっていたみたいだった。身体を動かそうにも中々思うように動かない。晴れた空から粉雪がゆっくりと降ってきて彼女の頬に静かに積もっていた。今の状況が理解できず、しばらくぼんやりと空を見上げる。
……なんでこんなところで寝ているの?
回らない頭のまま途方にくれていると、不思議な音がまた聞こえてきた。音の方へ目を向ければ、小さな生物がこちらを覗き込んでいる。妖精のようだ。不思議そう見つめているそのピンクの瞳を見つめ返すと、目があった事に驚いたのか一目散に森に逃げていった。
「……あ。まって」
妖精たちを引き止めようと上半身を起こせば目の前が大きく歪んだ。ひどく気分が悪くなり、目眩をやり過ごそうと頭を押さえる。妖精たちの羽音が遠ざかるのがわかった。去ってしまったようだ。凍える寒さで手足の感覚がない。
「ここは……私、なんでこんなところに」
ぼんやりとした頭であたりを見渡すと、森の中だという事がわかった。近くに小さな滝と川もある。振り返ると岸壁が高くそびえ立ち、岸壁に沿って冷たそうな水が川へと流れ込んでいる。近くの木々は歪な形をしており、薄暗い森を作り出していてなんだか不気味だった。
気分が悪い。ぼんやりとあたりを見渡していると急な吐き気に襲われた。この場で吐きたくないが体も思うように動かない。目に入った川辺まで雪に手をついて何とか這って進んだ。
「……うぇ、ごほっ! はぁはぁ。うぅ……気持ち悪い」
あまりの吐き気に呼吸が早くなり、頭は未だにぐわんぐわんと揺れている。過呼吸になりかけているのをゆっくり深呼吸をして落ち着かせた。冷たい風が身に沁みる。体調の悪さを恨みながら川の水をすくって口をすすいだ。
げんなりしながらも彼女は水面に映る自分の顔を見た。そして、見慣れない顔に驚いた。もう一度じっくりと水面の自分の姿を見る。
水面には知らない女性の顔が写っていた。真っ白な肌にライラック色の長い髪。綺麗にウェーブした髪は冬の冷たい風に揺れていた。きつめの目元にはエメラルドの瞳が輝きその表情は困惑している。
「……私、なの?」
女性の顔が誰だか解らなかった。随分と気が強そうな顔だ。ただでさえ体調が悪いのに自分の顔すら見覚えがなく愕然とする。
自分の顔かわからないなんて。彼女は状況が理解できず途方に暮れた。何か他に自分のことを思い出そうとしたが何も思い出せない。頭に思い浮かばないのだ。
何故こんな山奥に?
雪の中で、眠ってた?気絶してた?
とにかく満身創痍なのは確かだ。近くの岩へと体を預け目を閉じる。気持ち悪さも少し楽になった気がしたが、自分のことについて一切思い出せない。とりあえず、遭難していることは確かだ。大きくため息をつく。彼女は自分の非現実的な状況に逆に冷静になっていた。
言葉や状況は理解できるのに自分のことだけが思い出せない。ショックで一時的に忘れてるのかとも考えた。しかし、目覚める以前の記憶がないのだからそれが正解なのかすら分からなかった。
「ここにいてもどうしようもないわ」
雪が体温で溶け服に滲んでとても寒い。このままでは凍死してしまうのではないかとぼんやり思った。ふと、彼女は自分の右腕の服が赤いことに気が付いた。驚いてよく見ると、右の二の腕が真っ赤だった。
恐る恐る服をめくって腕を見ると、鋭い牙で噛まれたような跡があった。痛々しく血が滲みおまけに毒々しい青緑色の液体も付着している。怪我を認識すると余計に痛くなるもので腕が急に痛み出す。
「なに、この傷。噛み跡?この液体、毒?」
あまりに酷い傷あとに怖気つきつつも青緑の液体が気になり、恐る恐る右腕を冷たい川に浸した。傷口に水がしみてかなり痛い。奥歯を噛みしめなんとか堪えながらできる限り汚れを洗い流す。液体が毒だったらと思うと恐ろしかった。
どれくらいここで倒れていたのだろうか。この雪の中で気を失って死んでないのなら、意外とすぐ目が冷めたのかもしれない。不幸中の幸いというべきか。
まずは移動しよう。川は凍えるような冷たさで寒さが悪化した気がしたが、その冷たさが痛みの感覚を麻痺させてくれていた。
悩んでても仕方がない。ここにいては確実に凍えて死んでしまう。日が沈む前に人がいるところに移動して、後はその時に考えようと、彼女はゆっくりと立ち上がった。
毒みたいな液体は一応洗い流せたし、体もなんとか動きそうだった。周りを見れば、倒れていた場所に荷物が散らばっている。自分の正体の手がかりになるのではと、よろつきながら立ち上がり荷物が散らばっているところへと向かった。
「散乱してる。あの崖から落ちたのかしら。我ながらよく生きてるわ」
赤茶色の岸壁に積もっていた雪が一箇所雪崩を起こしており、彼女が崖から落ちた跡だとわかった。雪の上に破れたバッグがあり、中から荷物が飛び出している。
拾い集めれば何か役に立つものがあるかもしれない。冷え切って震える体を擦りながら早く暖がとりたいと心底思った。雲行きが怪しくなる前に早いところ拾い集めようと拾った鞄は、無惨に引き裂かれていた。あちこち穴が空いており、青緑の毒のようなシミが付着している。
「これはだめね……腕に傷をつけた生き物の仕業かしら」
他を見渡せば、青緑の液体が染み付いた毒々しいパンがころがっており、パンを包んでいた大きい布もみつけた。パンはダメそうだが、布は少し液体が染み付いてるだけだ。
荷物を運ぶのにはちょうど良さそうだ。破けば包帯にもなる。布をなるべく細長く破くと傷跡に慎重に巻きつけた。思ったより綺麗に手当ができて少し安心した。
他には、棘の生えた大きめの青い実や、金貨の入った袋、雪で濡れてしまっている自分の着替えと、スキットルボトル、使い古された上品な短刀を見つけた。
初小説です。創作キャラのお話が書きたくて描いて見ました。よろしくお願い致します。