不器用な人に諭された似たもの同士
マグカップの中に注がれたココアを見つめ琴葉さんが言った言葉に私は戸惑いを隠せない。もう後悔はしたくないから…これはどういう意味なのだろう…そんなことを出来の悪い自分の頭で考えるが…答えなんてものは見つからなかった。そうして頭を抱える事しか出来ない私を見て琴葉さんは話を続ける。
「私の彼氏が自殺した理由…それは家族関係だった。それを彼女である私は気づけなかったんだ。でもそれは廻もそう…廻も私も…祐のことで凄く後悔してるんだよ…廻はそんな顔や行動に出てないけどね。」
その言葉を聞いて私は息を呑む。言葉にはしなかったが…その後に来る言葉を待ち構えているようだった。そんな私を他所に琴葉さんは言葉を続けた。
「私の彼氏はね…廻の親友であり…私や小夏ちゃんが入ったバンドのベーシストだったんだよ。だからよく二人の練習にお裾分けで手作りアップル・パイを作って持って行った。その時の嬉しそうな顔が今でも離れないんだ。特に私の彼氏は凄く嬉しそうに食べてなぁ…あんな事が起きなかったら…私はベースを弾く事は無かったと思う。」
そう言って琴葉さんはココアを啜った。私はそんな琴葉さんにもう一つ質問をした。それは遠江先輩の事を今どう思っているのか…というものだ。
「その…遠江先輩の事は今どう思ってるんですか?」
私のその質問に琴葉さんは微笑みながらも答えを返した。その顔はまるで昔を思い出しているような…そんな顔だった。
「どうなんだろうね…好き…なんだろうね。でもそれを私は言葉に出来ない勇気が足りないんだろうな…でも言わなければ伝わらないよね。後僅かな時間なんだし。」
最後の言葉で私は予想する。恐らく琴葉さんには時間が無いのだろうと…私はそんな琴葉さんを見て一つ無意識に遠江先輩への愚痴を吐露していた。
「遠江先輩も言えば良いのに…琴葉さんに好きだ…って。」
その吐露した愚痴の様な言葉を琴葉さんは聞いていたのだろう。首を小さく横に振りながらこんな事を言っていた。
「いや…多分廻が好きな人は私じゃないと思う。詳しくは教えてくれなかったから。それに…あの人は…廻は不器用だから詳しく言ってくれない。」
その言葉を聞いて思い出した事がある。それを振り返って見ると確かにと言えるので笑いが込み上げてくる。
「ふふっ…確かに…遠江先輩不器用な人ですもんね。私もそれは肌で実感してます。でも…それに反してあの人は優しいんだと思いますよ。」
私はそう言い琴葉さんに語った。私から見た…遠江 廻という一人の人間を…私が憧れた一人の人間を…。
私がまだ前の職場で働いていた時の事まで遡る。その当時の私はお世辞にも仕事が出来る人間…と呼べる人間では無かった。ミスも多いし…上司や同僚からもその仕事の出来なさで爪弾きにされたのも珍しくなかった。殆どの先輩も一緒に業務をこなすのが私だとなった瞬間誰もが溜め息を吐き…その場で落胆していたのを今でも覚えている…だがあの人だけは…遠江先輩だけは違った。ある日の夕方…確か夏場だった気がする。この日も私は仕事で大きなミスをし…上司からの説教と残業というおまけ付きをくらっていた。皆煙草をふかしながら帰ったり…仲の良い同期と帰る中私は一人自分の作業スペースで金属パーツを研磨しては検査をしていた。
「…まだ…こんなにあるの?」
その量を見て私は絶望する。恐らく一人一晩で済ませる量では無いその量を見て家に帰れない事を確信していた。すると一人の先輩職員が私を見てこんな事を言ってきた。
「そうやって…いっぱい作って失敗する…ホント「スピードは自信あるんで!」とか言ってたのを見た瞬間にじゃ質は?って聞いてやりたかったよ!自分で招いた種だ。自分で何とかしな。」
そう言い去って行く先輩の背中を見て泣きそうになった。なんで出来ないのだろうと自分を責め泣きそうになったその時だった。
「泣いても何も変わらんだろうが。やる時はやれ。」
そう背後から聞こえた声に私は背中を向いた。そこに居たのは…遠江先輩だった。それを、見てきょとんとするしか出来なかった私を見て遠江は更に驚く事を言う。
「はぁー…隣のブース…僕が使うからな。」
私は彼が何をするのか分からず思わず言葉が出た。でもどうして彼はそんな事を言ったのか私は後に知る事になる。
「…えっ!?」
「当たり前だろ…この量を一人で捌き切るなんて無理がある。大体…これをまだ入って半年も経ってないペーペーの君に一晩でやれっていうのが頭がいかれてるとしか思えない。」
そう言い彼はレース台と呼ばれる研磨機を動かした。研磨剤を塗った後私のそばに、置いてある箱から金属パーツを取り出し磨いていく…そんな中彼は私にこんな言葉で促していた。
「ほら…二人でやったらこんな量二三時間で終わる。やるぞ。」
そう言われ私はその言葉のまま手を動かした。それと同時に私の瞳から滴り落ちてくるのは…涙だった。
遠江先輩が加わって三時間後…宣言通りと言うべきか…残っていたパーツの研磨と検査が終わり私と遠江先輩は帰路に付く事になった。しかし…私は帰る直前に遠江先輩から呼び止められた。
「その…小夏…だったけ?ちょっと来い。」
そう言われ私は、彼に着いていく。その際私達は一言も会話する事は無かったが彼が向かおうとしていた場所が何となく予想出来た。時刻は既に夜の九時…遠江先輩は一つの住宅街に入ると…ぶつくさとなにか小さく呟いていた。
「……まだ開いてるかな…。」
そうして着いたのは…ファミレスでも無く…娯楽施設でも無い…個人経営であろう喫茶店。その店のドアを開けては私に遠江先輩はこう言った。
「ほら…今日は奢ってやるから…入るぞ。」
そう言って入っていた店の中は…店の中心にピアノが置かれており…その周りにテーブル席とカウンター席が置かれてあった。私達は、カウンター席に座りオーダーをとる。
「マスター…何時もので。小夏…お前はどうする?なんでも良い。」
そう言われ私がオーダーしたのは…今もなを飲んでる物だった。
「…ココアで…」
オーダーをとり終わった後遠江先輩は私にこんな事を言った。その言葉が今ではどれだけ救いとなっただろう…恐らくあの言葉は…あの人にしか言えないものだと思った。
「周りはああいう接し方しか出来ない輩だ。実際ここの会社はそんな奴らが多い…だがお前はそれに反したやり方をしろ。誰に何を言われてもだ。今日僕がした事の恩義?そんな物誰かに譲り渡してやれ。」
そう言った彼の顔は少し笑っていた。そんな彼の言葉に私は涙で頬を濡らし…笑顔でその言葉を返してみせた。
「…はいっ。」
私が初めて遠江先輩がどんな人間か知る日でもあり…この喫茶店を知る日になった一日だった。
そんな思い出話を琴葉さんに話していた。琴葉さんは溜め息をつきながら天井を見上げこんな事を言った。
「なるほど…似たもの同士だね私達…不器用な人に諭された…っていうさ。」
私はその言葉に笑いながら返事をを返していた。この日初めて私は琴葉さんの事知れたかもしれないと思うと嬉しさを隠せなかった。
「はいっ!そうですね。」




