もう後悔をしたくないから
練習が終わり…家に帰る前に私は琴葉さんを呼び止めていた。理由は簡単だ…私はこの人に確かめなければならない事があるからだ。
「あのっ!…琴葉さん…。」
今の景色には似合わない様な声で呼び止める私に琴葉さんは私の方を向いてこんな事を言った。その言葉は今私達を照らしている朝日と同じように明るかった。
「ん?小夏ちゃんだったけ?どうしたの?」
小首を傾げながら私の言葉に足を止めた彼女の手を私は握りしめてこんな提案をした。まぁ…当の本人は唐突な誘いに戸惑ってはいたが…。
「あのっ!もし良かったら…朝一緒にどうですか!?」
普段なら声は裏返らない。だけど…目の前に居るのは…私が憧れていた遠江先輩の好きな人…そう考えると余計に緊張する。しばらく風がなびく音だけしか聞こえなかったが少し待つとこんな答えが返ってきた。
「そうだね!行こっか!」
そう言い琴葉さんは私の手を引っ張ってこんな事を言った。まるで私を何処かへ案内するかのように…
「美味しいお店…知ってるんだ!ちょうど行こうとしてたところなんだけど…小夏ちゃんが居て良かった!」
そう言って私は琴葉さんにつられ目的地へ足を進めた。そうして琴葉さんと歩く事三十分が経過した辺りで私は驚いた。
「えっ!?琴葉さん…このお店知ってるんですか!?」
私が驚いた理由…それは…その目的地がまだ働いていた時に遠江先輩に励まされたり…恭君にバンドを誘われた時に居たあの喫茶店だった。
「ん?あ〜…うん。廻とよく来てたなぁ。」
目を薄く開いきなが琴葉さんは思い出を語るかのように深い言葉を残し…店に入って行った。私もそれにつられて喫茶店の中へ入る事にした。
チリーンと私達が入店した証を、入り口に付けられた鈴が知らせていた。前恭君と来た時と変わり無い。鈴が鳴り終わると奥からマスターが私達の元へ駆け付けてきた。
「これはこれは…琴葉さんと…いつぞやかピアノが上手い方と一緒にご来店下さったお方…」
私達を見るなりマスターはそんな言葉を言った。どうやら私の事は覚えているようだった。マスターがそんな言葉を放った直後…琴葉さんは全てを悟ったかのようにこんな事を言った。
「やっぱり!だってここに着いた時小夏ちゃんめっちゃ驚いてたもん!それに…マスターのその言葉があれば…ねぇ?」
どうやら遠江先輩は、私だけにこの喫茶店を教えた訳では無い様だった。しかも…琴葉さんは随分前からこの喫茶店を知ってるようだった。私達はカウンター席に着くとそれぞれオーダーをとった…どうやら私達は好みが似ているようで…二人とも頼んだのはココアだった。
「小夏ちゃんもここのココア好きなんだね!私もなんだよなぁ。」
そう言って私に見せる笑顔は大人のようで…でも何処か子供のようにもみえた。私はそんな笑顔を見つめながら一つ聞きたい事を聞いてみた。
「その…遠江先輩とはどんな関係なんですか?」
私のその質問に琴葉さんは困った様な笑みを浮かべ返答を返した。恐らく琴葉さんは隠しているのだろう…答えを言うのを少し渋っていた。
「えぇ…どんな関係なのって言われても…単なる幼なじみだよ。隣の家に住むね…。」
どう言う悩むような発言をした後…出た言葉がそれだった。単なる幼なじみ…だとしたら私が入った初日の休憩時間のアレはなんだったんだろう。そう思っていると…頼んだココアが届いた。
「お待ちどうさまです…ココアになります。それではごゆっくり…。」
マスターがそう言い残し私達の前にマグカップに注がれたココアが二つ置かれていた。そのマグカップを手に持った後私はまた一つ質問する。それは恐らく琴葉さんにとっては確信をつくものだと良いなと切に願った。
「一昨日の…休憩時間のは…幼なじみとしての接し方なんですか?」
私がそう質問した直後琴葉さんはしばらく無言になった。恐らく考え込んだのだろう…しばらくしてこんな答えを口にした。私はそれを黙って聞くことしか出来なかった。
「確かに…幼なじみとしての接し方じゃないね…でもさ…それぐらい今は廻が好きなんだと思う。…実はさ…私って元は彼氏居たんだよね。」
私はその言葉に驚きを隠せずにいた。そりゃそうだ…私が知ってる中で…遠江先輩の周りの人で詳しいのは…恭君ぐらいだからだった。しかし…何故過去形なのかそれが気になってしょうがない。気が引いたが…私は事の結末を聞くことにする。
「その…彼氏さんはどうなったんですか?すいません…過去形だったもんで。」
そんな私の質問に帰ってきたのは無音の空間…だけでは無かった。少しだけ天井を見ながら琴葉さんの口から出た言葉に…私は聞かない方が良かったと思ってしまった。
「死んだよ…三年前にね。」
そんな言葉に何も言い出せずにいる私を見て琴葉さんは話を続ける。すると…遠江先輩や琴葉さんの彼氏さんの事も私は知る事になった。
「自殺でね…私や廻が気付いた時には…もうね……廻の家の右隣家…それが私の彼氏の家だった…それと同時に廻の親友の家でもあったんだ。周りが笑っちゃう程仲良かったんだよ?私達。」
琴葉さんは、そう言いココアの入ったマグカップの中を悲しげな笑みで覗いていた。私はなんて言って良いか分からず…こんな言葉を口にしていた。
「心中お察しします…」
すると琴葉さんは笑いながら私に言った。この静かな空間で重苦しい答えに耐え切れそうに無かった私は…救われた気がした。
「ふふ…あはは…重苦しい答えだった?でもこれホントの事。どうして過去形だったのかって質問に対する答えで…落ち込み過ぎだって。」
そう言った琴葉さんは、続けて静かな微笑みを浮かべながらこんな事を口にした。その時の顔を私は忘れる事は無いだろう。
「でも…もう後悔したくないからさ…」




