遅すぎた愛
練習が終わり…俺達はそれぞれの時間をライブハウスと控え室で過ごしていた。とはいっても…まだ夜が開ける前だった為大半が寝ていたが…
「………」
ここにいる殆どの人間が寝ているのを他に俺はドラムの椅子に深く腰を下ろしていた。珈琲と写真が入った写真立てを手にしながら…。
「…千尋……俺はどうすれば良いんだよ…」
そう弱音を零し視線を床に落とす。そしてまた視線を上げては珈琲を口に含み…ため息を吐く…それを繰り返していた。そして…珈琲が飲み終わった時…俺はいつの間にか眠りについていた。ドラムの中心にもたれ掛かりなが……。
いつまで眠っていたのだろう…俺は聞き覚えのある声で目が覚めた。でもその声は琴葉ちゃんのものでは無い。じゃあ誰が俺の名前を呼んでいる?そう思い周りをキョロキョロと見渡す。そこはなんも変哲もない俺の家…の下の階にあるライブハウス。そうだ皆は先に帰ったのだとそう思った。でも周りは暗くて…今の時間を知るには有利であろう小窓を見ても…暗い真夜中のままだった。
「ったく…誰が俺の名前を呼んでいる!?いい加減出てきやがれ!」
俺がそう声を荒らげて叫ぶ…しかしライブハウスの中は無言のまま…このまま二階の方へ行こうとした瞬間だった。その俺を呼ぶ声がはっきり聞こえた。
「裕二…裕二!返事をして!」
その声でこの呼び方…いやまさか…そんなはずは無いと自分の耳を疑ったし…今この空間を疑った。でも…それは…いやその人物は俺に姿を見せることになる。俺は嬉しさと懐かしさで涙が溢れていた。
「…千…尋…?千尋なのか?」
そう俺が言った時の視界に映った人物はボブショートの少し大人びた…俺ぐらいの年頃の…女だった。でもこの人が誰だか俺には分かる。その人物は…千尋だった。
「久しぶりだね。…多分中学生以来かな?ごめんね…待たせたね。」
その静かで明るい様な声に俺は千尋の元に駆け寄って抱いた。もう死んだと思った大切な人が今この場所にいるのだから…
「馬…鹿……馬鹿野郎が!なん…で……くたばっちまうんだよ!なんで!お前が…なんで……。」
そう言い千尋の胸の中で俺は子供のように泣きじゃくっていた。すると…千尋は俺の頭に手を置き左右にその乗せた手を動かした。
「裕二…頑張ったね…すごいよ…あんたはさ…今でも夢を追いかけてんじゃん。だから私が居なかった分…甘えても良いんだよ。」
その言葉を聞き俺は嗚咽を零した。例え夢の中ででも…また千尋に会えたのだから…。大切な人に会えたのだから…。
「……う…うぁぁぁぁっ!千尋ーっ!うぁぁぁぁっ!」
それからどれだけの時間が過ぎたのだろう。俺は落ち着きを取り戻した後ステージの後ろにあるコーヒーメーカーで、二人分の珈琲を作っていた。こんな事をするのは何時ぶりなんだろう…そう思い作り終わった珈琲を両手にステージに戻ってきた。そして…千尋が座っている隣に俺も腰を下ろし珈琲を一口飲みながら会話をした。
「今もドラムやっているの?」
千尋が開口一番にした話題がそれだった。俺は少し照れながらも誇らしげにその質問に答えを返した。
「お…おう!あたぼうよ!今じゃ…ロックバンドのドラマーだぜ!…まぁ…本当はお前と演奏したいけどよ…。」
そんな弱音のような愚痴のような…不器用な事を零していた。するとふと天井を見上げながら千尋がこんな事を口にする。
「…そうだなー…じゃあ…やっちゃう?」
そんな言葉に俺は千尋の方に視線を向ける。そこには見上げながら俺の方へ顔を向けた千尋の姿があった。千尋はニコッと微笑みながらその言葉の続きを言葉にする。
「この限られた時間での演奏会…やろうよ。私と…裕二だけの二人だけの演奏会。さぞかし楽しいんだろうなぁ。」
俺はその言葉に唾を飲み混んだ後こう答えを返していた。その俺の言葉に千尋は凄く喜んでいた事が何時までも頭から離れないだろう。
「ああ…やっちまおう!二人だけの…演奏会!」
そう言い俺達二人はいつも演奏していた時のポジションに付いた。そして…二人だけの演奏会が今始まった。ライブハウスの中はドラムとサックスの音だけがその場に響き渡っていた。
それからどれだけの時間が過ぎていったのだろう…どれだけの曲を演奏しても…時間が過ぎて行くことは無かった。俺達二人の幸せな時間は恐らく無限なのだろう…だが…俺はもう行かないといけない…そんな気がしたのだ。
「ごめん…千尋……もう行かなきゃ…ごめん…。」
千尋に向かって俺はそんな言葉を零した。その時千尋は苦笑いをしながら俺を激励した。
「……裕二…ありがとう。あんたなら…追いかけたいもの追いかけられるから!だから…ね?」
そう千尋は言い俺に駆け寄った。そして俺はいつの間にか千尋の腕と胸の間に挟まれていた。そしてそして…震えた声で千尋はこう綴った。
「だから…まだ…ドラムを続けて。ね?そして…いつか…また私に聞かせてくれないかな?そして…私の元に来た時…また一緒に演奏しよ?ね?」
その時千尋は涙を流していた。俺の額にその流れた涙が滴り落ちた。その涙の粒が、数滴同じ場所に落ちた時俺の涙腺は限界を迎えた。そして…嗚咽を吐き出し千尋の胸と腕の間で…意識を失った。
ふと目覚めると朝になっていた。恭太郎も琴葉ちゃんも家に帰っていた。そして…ガタンッ!そんな音が聞こえ振り向くとそこには…兄貴が立っていた。
「おー!裕二!お前そこでずっと寝てたんだぞ。」
そう言って珈琲を渡される。珈琲の入ったマグカップの中を見つめ少しだけ微笑みながら兄貴にこう言った。
「なぁ?兄貴…俺って…すげぇ奴でもなんでもねぇけどさ…もし…もしだぜ?俺のドラムが一人の人間にずげぇって思われたら…それは…すげぇ才能なのかな?」
そう言った後兄貴は窓の方を見ながら珈琲を口に含んで…こんな言葉を吐いた。
「……さぁな。でも…もしそんな才能ってもんが本物だったら…それは才能じゃ無くて…努力ってものなんだよ。だからそれに惹かれた人々にとっては…その努力したものを辞める……それはその人が死んだことと等しい事になる。」
そう言った後兄貴は俺の方へ振り返った後少しばかり微笑んだ。そんな兄貴に俺は悲しいような絵画を浮かべ一つ言葉を呟いた。
「……そっか……まだ続けてみるよ。」
「そうか…頑張れよ。」
そう俺と兄貴の二人の声が今日一日の始まりとなった。あの夢は恐らく俺に対する千尋への愛…だったのだろう。…俺はその愛を知るのを遅過ぎたのかもしれない…だけど…今はそれでも良かったんだと思っている。何故なら…それを理由に今の人間関係がどれだけ大切か気付けた気がしたから…。




