その場所にいる理由
夜…二日ぶりに廻の居ない練習が行われた。寂しさはあったが…少しでも上達して廻に追いつきたいのだ。しかし…
「あー…悪ぃ…間違えた。」
今日は裕二さんの調子があまり良くない…それは彼の行動を見ていれば一目瞭然だった。私は心配そうに裕二さんを見つめながら言葉を零した。
「…あの…裕二さん…大丈夫ですか?」
私がその言葉を口に出し…しばらくして…裕二さんはその言葉に反応を示した。
「…ん?…おお!大丈夫だぜ!俺は…どうしたんだ?」
この裕二さんの反応を見た時私はすぐにおかしいと思った。何故なら…祐が死んでしまった時の私と廻に似ていたからだ。
「あのっ!…ちょっと一旦休憩しません?裕二さんもこんなんですし…始めてから二時間経ってますし…。」
そんな私の提案に裕二さん以外は首を縦に振っていた。その後少しの時間…休憩を取るか取らないかで討論になっていた。
「僕は……名案だと思う…今日の裕二…調子が悪いみたいだし。」
その直後…裕二さんが激しく否定する。だが…明らか様に今日の裕二さんはおかしかった。
「おいおい!何でだよ!?俺は大丈夫だって!な?な?」
その元気な声で裕二さんが言葉を出した直後…裕二さんのお兄さんがこんな事を言った。
「もう良い…裕二…休憩だ。みんなも少し休憩した方が良い。」
結果的に言ってしまうと…私達は一時間ほど休憩を取る事にした。裕二さんは不満な表情を見せていたが……。
休憩が始まって少し経過した後私は、控え室の中にある自販機に指をなぞらせていた。
「どれにしようかな…」
そう言葉を零しながら自販機で買う飲み物を選んでいた。そうして決めた飲み物のボタンに指を強く押し当てた。
「これに決まり!」
ボタンを押した二三秒後…ガゴンッ!そんな音が自販機から響く。そして私は二階のベランダに行くことにした。実は裕二さんの家はマンションで…一階がライブハウス…二階が裕二さん達家族の部屋…三階が空き室らしい。ベランダというより踊り場なのだが…。
「……あっ…。」
二階に、上がるとそこには…空を見上げながら何かをぶつぶつと呟いている裕二さんの姿があった。今ここで二階で飲み物を飲んでも良いのか?そんな事を悩んでいると気付かれていたのか裕二さんがこんな事を言ってきた。
「はぁー…そこに居るのは分かってんぜ。全く…俺のことなんざ気にすんなよな!」
そう裕二さんが階段の方角を向きながら言ってきた。私はひょこっと顔を覗かせると…そこにはいつも通りの裕二さんの姿があった。
「ほーら!やっぱり琴葉ちゃんじゃねぇか!分かってたぜ。そこに居るのはよ。ほら早くこっちで休憩しろよ?」
その言葉に甘えて私は裕二さんの隣に立ち…買った飲み物を開けた。私が飲み物に口を付けた後裕二さんと他愛のない普通の会話だけをしていた。でも今日様子がおかしいのは確かで…その表情は…喪失感に支配されているようだった。
「…あのっ!……何かあったんですか?今日の裕二さん…調子悪いですよ…。」
何分か経った時私はその話題を切り出していた。本当は切り出さない方が良かったかもしれないが…
「あー…なんでもな…」
そう裕二さんが答えかけた時私は大きな声で反論を出した。だって…このままだといけない気がしたから。このままだと…このバンドの存在が消えてしまう…そんな気がしたから。
「何でもない…そんなわけないでしょ!?貴方の顔を見た時…祐を失った時の私と廻を思い出したんです!なんで…無理をするんですか?ソレって…カッコつけですか?それとも単に言いたくないんですか?…じゃあ…恭太郎さんや…私は……どんな立ち位置に居ると思ってるんですか?お兄さんにも言えない事なら…私達が居るじゃ無いですか…」
いつの間にか私は感情的になっていた。そのせいか身体少し震えていたが…心の中ではこんな事をしても…裕二さんの何かを抉るだけかもしれない…そう思ったがこうでもしないと…何も結果は変わらない気がしたのだ。でも…少し…いや…かなり踏み込み過ぎてしまった自分を今では責めていた。しかし…そんな事をよそに裕二さんは明るくこんな事を言ってきた。
「……あー…分かっちゃってたか…ハハッ上手く隠していたつもりなんだがな……そうだな…琴葉ちゃんや廻には話しても良いかもしれねぇな。」
その言葉の後少し間の長いため息を裕二さんは吐いた。その後私に話してくれた。どうして…今日の調子が悪いのか…。
「実はな…俺は元々ロックバンドのドラマーじゃ無かったんだよ。」
開口一番に出た言葉に私は戸惑い…言葉が出なかった。しかし…それを気にせず裕二さんは次々と言葉と思い出を絞り出した。
「元々は…ジャズバンドのドラマーだったさ…その時の俺は中坊のクソガキでよ…更には彼女もいたんだぜ?幸せな日々だったさ…勿論…今も幸せなだけどな。」
そんな思い出を遠い空を見上げながら裕二さんは語った。私は一つ質問をした。しかし…この質問をした時私は しなければよかった この言葉が心の中を満たしていく。
「……その彼女さんは…今どこに?」
すると…裕二さんは空を見上げていた視線を私に向けこう言葉を零した。
「…………死んだよ…二年前に…アメリカでな…。」
その言葉の後私達を襲ったのは沈黙という時間だけだった。そのまま二分位が経過した時私の口から出てきたのは謝罪だった。
「あの…なんか……すいません…」
そんな言葉が口から出た直後…裕二さんはまた空を見上げながらこう言葉を零した。しかし…その声はさっきと違って少しだけ震えていた。
「おいおい…琴葉ちゃんが謝る理由なんてねぇだろ?…まぁ…なんだ……あの頃を思い出すとどうしても…後悔しか出て来ねぇ…「もっとずっと一緒に居たかった」って…同じ道を歩もうとしてるもの同士でさ…でも…もう戻れねぇし……追いかけようにも…俺の届かない所に逝っちまった…。だからなんでこの場所でこの道を走ってんだろ?って…ま!琴葉ちゃんには関係ねぇか!」
そう言い苦笑いを浮かべる裕二さん。そんな彼の手の平に私は自分の手を置いてこんな事を言っていた。
「止まって考え込むのもありだと思いますよ。だって…私は祐が…祐が居なくなった時そうしました。そして…いつの間にか祐がやっていた事を今やっているんです。だから…止まって考え込むのも…ありなんじゃ無いですか?」
そう言い私は微笑みを見せた。その直後…私の事を見ていた裕二さんが、また空を見上げ見上げながら一つ言葉を零す。その時の裕二さんの声はどことなく震えていた。
「ハハ…そうか……ありがとうな…後……少しだけ…一人にさせてくれねぇか?」
そう裕二さんが言葉を零した直後…私は一階へ降りていった。階段を降りきったその時…一階のライブハウスへの入り口の横に恭太郎さんがいた。
「………千尋君の事か?…」
ライブハウスに入る寸前…恭太郎さんが私の真横でそう呟いた。私はその呟きに驚きを露にした。
「……え?」
恭太郎さんはシルクハットを深く被りなが…続きを私に話してくれた。上から裕二さんが啜り泣く声をバックにしながら…
「…中学二年生の時だったな。裕二には恋人であり…同じ道を歩む人物と…付き合っていた。だが…裕二は高校受験に失敗。二人は…それぞれの道を歩む事になった…「次会った時…またジャズをしよう…そして…永遠の愛を誓おう」と…その裕二のパートナーの名前が…千尋という…明るい少女だった…だが…その少女はもうこの地に帰ってくる事は無い。アメリカで息絶えてしまったのだから…。」
そんな裕二さんの過去を知った私は、息を呑む事しか出来なかった。そんな私に恭太郎さんは続け立てにこう言葉を零しながらライブハウスの中へ入っていた。
「君は…祐介を経験している。そして…次は……いや…もう言えない。だが!これだけは言えるよ…人はいつかその場所にいる理由を失う。だが忘れてはいけない…それでも進み続けなきゃ行けないんだ。」
私はその言葉を聞いた後裕二さんと祐を失った当時の私を思い当てた。裕二さんは強い…だけど…
「……私はそうじゃない。」
恭太郎さんが言っていた次その言葉の意味は何となく察しが付いていた。廻の事だ…その最期の時に直結した時私は…前へ進む事が出来るのだろうか…とそんな事を心にとどめながら空を見上げた。




