ピアノを始めたのもそんな時
廻から二週間練習が出来ないと言われた日から一週間が経過した朝この日の僕は、目覚めが悪かった。
「また…あの記憶が…寝てても出てくるものなんだな。」
そんな言葉を口に出して僕はベッドから抜け出す。僕は今親と住んでいない。不幸な事があってとか…そんなものでは無い…僕は頼られるのが嫌いだった。だって人はいつも他人を評価する時…過剰評価するからだ。僕の周りが実にそうだった。親も…教師も…クラスメイトも…誰しもが アイツは大丈夫。 や 恭太郎なら出来るだろ? と言って僕の心を狭くした。ただ頼られるだけならまだ良い…もし仮に失敗を犯したら周りはどう反応する?大体は こんな事も出来ないのか? や ダサい 等の罵倒なのだ。だから僕は頼られるのが嫌いなのだ。
「あの日から…何年経ったんだろうな…。」
そう呟き僕はリビングへ足を運んだ。部屋の扉を開け階段の手前で止まると…何かを焼く音と談笑の声と…野菜炒めの良い匂いがした。
「あー…叔母さん達…起きてるなー…ま!朝だからな。」
因みに僕は、訳あって叔母の家に住んでいる。まぁ…親や教師の 頼りにしてる と言わんばかりの…態度と口調が嫌だったからなのだが…
「おはよう…叔母さん…叔父さん。」
そう言葉を出しリビングに入ると、初老の仲睦まじい夫婦が僕の名前を呼び…笑顔で僕に言った。
「おはよう。恭君。」
そう言われテーブル席に座ると僕の分の朝食が出された。白米に野菜炒めと味噌汁と…家庭的な朝食が机の上に置かれた。
「いただきます。」
そう言い僕は、それらに手を付け叔父さんと談笑した。叔父さんはジャズをたしなむ程度にしておりパートは…ピアノだったらしい。今では置き物も同然に、なってしまったが…僕が弾いているので叔父さんが手を付けなくてもピアノを弾かない日というのは無い。
「恭?今日もピアノ弾くか?叔父さんセッティングしとくぞ?」
叔父さんのその言葉に…朝食を食べ終えた僕は、今日の夕方頃に弾きたいという旨をお伝え着替える為に自室へまた戻った。
「夕方に弾きたいけど…お願い!」
階段を登っている最中叔父さんから返ってきた返答は単純なものだった。
「おー…何時でも弾けるようにしとくわー。」
その声を聞いた後僕は、着替えと身支度を済ませある場所に行く為に家を出た。そのついでに…喫茶店でも寄ろうと思っている。
「ちょっと出掛けて来る。行ってきます。」
その言葉と同時に僕は玄関のドアを開け…家を出た。僕が行きたい場所…それは廻の家なのだ…。
家を出て数十分経過したあたりで、廻の家が見えた…しかし…家の前で廻の苗字を呼びながらインターフォンを鳴らす少女の姿があった。しかし…琴葉君では無い人物だ。一体誰なのだろうか?
「先輩ー?遠江先輩ー?いますかー?」
廻から聞いてはいないが…暫く留守にすると聞いていたので…この少女にそれを、教えたいのだが…いかんせんインターフォンを鳴らし廻を呼ぶのに必死だったので教えられない。だがこのままでは不審者扱いされても…何も言い返せないだろうから声をかけた。
「廻なら暫く留守にしてるから…家には居ないよ。」
そう僕が言った後その少女は、僕の方へ振り返り僕に礼を言ってきた。
「あっ…そうなんですか?ありがとうございます!」
ショートヘアではつらつとしたその少女はやはり僕の知らない人物だった。廻の彼女?でも無さそうだが…
「君…廻の知り合い?廻を狙ってる人?辞めておきな…廻には本命がいるんだから。」
そう僕は忠告しておくとその少女は、僕の言葉に対しての答えを出した。
「違いますよ!狙ってませんし…私は遠江先輩の部下です!元職場の…。」
あー…なるほど…だから僕にも心当たりがない訳だ。そう思いながら僕は被っているシルクハットを深く被りながら少女に名乗りをあげた。
「おっと…失礼。佐久間 恭太郎だ。もう会うことも無いけど…よろしく。」
名乗り出た後少女は僕に名前を教えてくれた。やはり聞いたことの無い名前だったが…。
「あ…すいません!名乗り遅れました。小夏 侑李って言います!よろしくです!」
なるほど… 侑李 か…いい名前だ。そう思い僕は…廻の家に入るのを忘れ…去ろうとした時に小夏君から声を掛けられた。
「あの!この後暇ですか?暇だったら…一緒に行って欲しい場所があるんですが…。」
僕は小夏君のその言葉にある返事を返した。恐らくこの子は…僕らのバンドが「活動再開」という言葉を出す前の廻の事を知っているかもしれない。そう考えると…僕の答えはすぐに出ていたと同様なものだった。
「ああ…暇だし…行こうか」
そう言葉を口にして…僕らは廻の家を後にした。
小夏君と出会ってから恐らく…三十分位経過した。僕らは少しばかり歩いた場所にある喫茶店で話し合う事にした。
「一緒に行きたい場所って……ここ?」
僕がそう小夏君に、聞くと侑李君は満面の笑みで僕に言った。何だろう…この子の笑顔は…どこか暖かくどこか綺麗にみえてしまう。
「勿論です!ここのココアって美味しんですよ!佐久間さんもどうです?」
そう聞かれた僕は少しばかり考えた後に、小夏君のそんな質問に答えを返した。
「そうだな…珈琲って美味しいのかい?」
その僕の質問に小夏君はまたそのどこか純粋な笑みで僕に言った。
「はい!おすすめですよー!遠江先輩もここの珈琲を良く飲んでたので!」
その言葉を聞いて安心した僕は珈琲のオーダを取った。その後は小夏君と談笑しながら珈琲を待った。
「そいえば…廻は働いていた時は…どんな人物だった?」
僕がそう聞くと小夏君はココアの入ったコップを、机の上に置きそのコップの中を見つめながら僕に言った。
「そうですね…寡黙な人でしたね。それだけではなくて…私が失敗こいた時は…優しいアドバイスとココアをもらいました。それだけじゃありません…ここの喫茶店を教えてくれたのも…遠江先輩でした。」
その言葉に続き小夏君は思いを絞り出すように、言葉を綴った。その時の表情はまるで…遠い思い出を語るような…そんな表情をして彼の事を尊敬している事を僕に言った。
「遠江先輩は…優しい人です。それ故か…あの人は自分を壊しているんだろうと思います…何度も…何度も…でも…誰かの為に優しく励ましたり…慰めれる人に…つまり…遠江先輩みたいな人が好きですし…そんな遠江先輩は…私の憧れですよ。」
そう彼女が言った後にオーダした珈琲が届く。僕、はその珈琲が入ったコップを持ち小夏君に…ある言葉を投げかけた。
「そうだね…確かに廻は優しい人だと思う…だけど彼は自分を壊してるんじゃない…殺してるんだよ…何度も…何度も…ね。」
そう言い僕は、珈琲を啜った。廻は確かに僕や裕二…琴葉君を励まし…慰めた…だけど…その分彼自身を殺してしまってるのではないかと僕は思ってしまう。
そうして僕らの長いようで短い時間が幕を下ろそうとしていた。その時僕はある物を目にする。
「ここ…ピアノ置いてあるんだ。」
そう僕が言うと小夏君は僕にある事を教えてくれた。今後もしかしたら…この喫茶店にまた顔を出すかもしれないな。
「あー…そのピアノ…マスターに言えば弾かせて貰えますよ。」
その小夏君の答えに僕は、期待を膨らまして問いただす。
「本当かい?」
「ええ!あれ?佐久間さんってピアノ弾けたりします?」
その小夏君の質問に僕は少し自慢げに ジャズでピアノをたしなむ程度にやっていた それだけを伝えマスターに、ピアノを弾いて良いか許可をとった。
「ホントに弾いて良いんだな…じゃあ…」
そう言い僕が、鍵盤に手を置き弾いたのは…クラシックだった。そいえば…ピアノやり始めにマスターした曲だったな。周りからの声は今でも変わらない。
「これって…ドビュッシー?…月の光か?」
その喫茶店には…今は客のざわめきと僕の演奏しか聞こえてこない…懐かしい…ピアノを始めたのもそんな時だった。




