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異世界ふぁーむ  作者: 染谷秋文
4/5

四、相棒




「ほ、本当に・・・・ミアなんだよな?」


「ん」


 一言だけ発し、頷く白髪の少女。


 カナタが大きな葉っぱで作った急拵えのワンピースを着て、庭で朝食が焼きあがるのを待っている。


 背は百五十センチ前後だろうか。


 白い髪は腰の下まで伸びており、見た所、獣人らしき耳は確認出来ないが、白く細長い尻尾は二本見て取れる。

 ミアの面影と言えば、白髪と二本の尻尾。

 白猫の時も愛くるしかったが、目の前の少女の可憐さもまた別格だ。

 カナタと同じベッドで寝ており、起きた時には裸だったことも、彼女がミアであることの証明と言えなくもない。

 何せ、ここは安全地帯の中だ。


 しかし、この世界で人型の生物に出会うのは、目の前の少女が初めて。

 もしかすると人型の生物であれば、安全地帯への出入りは可能なのかもしれない。

 それでもカナタには、目の前の少女が嘘をついているようには思えなかった。


「だけど、ミアも人が悪いぜ。

 獣人だったのか?人型になれるなら、もっと早く教えてくれりゃ良かったのによ」


「違う」


「ん?違うってのは、獣人じゃないってことか?昨日までは、本当にただ雷を使える白猫だったと・・・」


「ん、強くなった」


 そう言って満足そうに頷くミア。


 日に日に大きくなっていたミアの体。

 新たな生物に進化した羽豚。


 確かにそれらの事情を鑑みれば、ミアは成長し、新たなる存在へ生まれ変わったのだと容易に推測出来る。


「つまり、進化したのか・・・。


 そっか・・・、そりゃ良かった!おめでとう!

 それで、そのーーーーこれからもヨロシクーーーーでいいのか?」


 折角、人型になれたのだから、こんな森の奥でカナタと二人で過ごすことにどれほどの価値があるというのだろう?

 カナタが少し自信なさげにそう聞くと、ミアから意外な一言が返ってきたのだ。


「ん、カナタは相棒」


「俺がーーー相棒?

 確かそれってーーー」


 それは、カナタがミアに何気なく言った言葉だった。


 この世界で初めて言葉を交わせる相手に巡り会い、その相手がカナタの発した言葉まで覚えていてくれた。

 それがどれほど嬉しいことか。

 カナタはこの世界に来て直ぐにミアと出会った。

 あの時からカナタは、決して一人ではなかったのだ。


「はははは、そっか、そうだよな!俺はミアの相棒で、ミアは俺の相棒だ。

 進化、おめでとう。これからも宜しくな、相棒!」


「ん」


 こうして、カナタとミアの生活が再び始まったーーーー。




 *******





「ひょえぇぇ、あっという間だな」


「ん、らくしょう」


 朝食を済ませ、カナタが三匹の羽豚に別の獣の力を宿す実験を行おうとする中、ミアは新たな羽豚狩りに出掛け、数分ほどで戻って来た。

 羽豚が死なぬ程度に電撃で麻痺させ近くまで引き摺って来たところへ、カナタが能力を使って力を宿し、安全地帯へ引き込む。

 そうすれば意識を取り戻した後、羽豚が錯乱せずに済むため、それが一連の流れとなっているのだ。


 これまでは口に咥えて一生懸命、此処まで獲物を引きずって来ていたのだが、人型となったミアは失神した羽豚の後ろ足を片手で掴み、重さなど感じていないかのような涼しい顔で歩いて来るのだから、進化による成長度合いには驚かされる。


 元々いた三匹の羽豚には其々、棘牛、鱗ダチョウ、棘牛と鱗ダチョウの二種、この三種類を試すことになっている。

 比較対象も欲しく、この内のどれかが進化に至らなければ、先の実験は見込めないため、これからミアが新たに狩ってくるであろ三匹の羽豚にも、もう一度、同じように棘牛、鱗ダチョウ、棘牛と鱗ダチョウの二種を試し、そしてミアのパワーアップを考えれば、これまでとは違い棘牛を引きずって来るのにもそれ程苦労があるとは思えないため、次は棘牛をベースにした実験も行いたいものである。


 力の強い棘牛に合わせて庭に設置した飼育スペース用の柵も強化しなければーーーーー。


 カナタが顎に手を当ててそんなことを考えている時だった。

 カナタを見上げるようにして、ミアが何か物欲しそうに立っていたのだ。

 このような至近距離で美少女に見つめられた経験などある筈もないカナタは、声を裏返えし、分かりやすく動揺する。


「ん?ーーーーーーーひぃいいいいいいい!?!?!どどど、どうしたミア!?」


「・・・えらい?」


 ミアは頭を下げると、そんなことを口にする。


 

 ーーーーえらい?えらいとは?

 一瞬なんのことか分からずしどろもどろするカナタの目に、ミアが捉えた羽豚が飛び込んで来る。


 そうかーーー。カナタは、猫の姿だったミアが獲物を捕らえ連れ帰った時の事を思いだしていた。


 一生懸命に重い獲物を引きずり、戻って来るミアの姿を。

 そして、自ら頭を撫で付けてくるミアの頭を、これでもかと撫で回してやったことを。


 姿が変われど、ミアはミア。

 見た目が美少女だからといって、何を構える必要があるのだろう。

 カナタは、落ち着きを取り戻すように少し息を吐いて笑みを浮かべると、ミアの頭に手を置いて言った。


「ああ、偉いぞ相棒!

 よくやってくれたな」


 ミアは表情を明るくすると、頭に乗せられたカナタの手に何度も頭を擦りつけ、堪能するように目を細めていたーーー。





 ********





 ミアが人型になってから三日が経った。

 庭に設置され強化された柵の中、棘牛や羽豚、鱗ダチョウに混じり、羽の生えた棘牛が二頭、地面に生えた草を啄んでいる。


 この二頭は棘牛をベースに羽豚の力を植え付け進化に至った個体で、他にも数頭いる棘牛の内、強そうな個体二頭のみが進化に至った。


 やはり、進化にはその個体の成熟度、つまり強さが関係するようだ。


 そして運良く、この二頭が雄と雌であることが判明した為、現在、この二頭を一つの柵の中で飼育している最中である。

 先日の狼の力を取り入れ進化した羽豚の時もそうだったのだが、やはりカナタの力で進化に至った個体は、カナタのことを敵とは見なさなくなるようで、柵の中に踏み込もうとも、二頭の羽棘牛がカナタを攻撃することはない。

 この特性を知ったカナタは、現在は行っていない実験を行う為に、ミアと共に安全地帯の外へとやって来ていた。


「俺たちがーーー、というより俺が森を抜ける為に必要なのは、移動手段だ。

 能力の実験もあるし、この辺りの地理も完全に把握したわけじゃない。

 今直ぐに此処を離れるつもりはないけど、勿論このまま山奥で一生を終えるつもりは毛頭ない。

 色んな獣人娘とお近付きにーーーーっと、それはいいか。

 兎に角、今日は強そうな魔獣や、走るのが得意そうな魔獣を探そうと思うんだ。

 強い魔獣なら、喰うから殺してよし。

 走るのが速そうな魔獣なら殺さずに。

 出来るか?」


「ん、わかった」


 カナタ自身の体に獣の力を発現させておくにはタイムリミットがあり、尚且つそれなりのエネルギーを消耗するため、それに頼っての森の脱出は不可能。

 ミアが強くなったとは言え、方向もわからず迷ってばかりでは話にならない。


 ならば、能力によって進化させた獣を手懐け、背中に乗って移動できるようにすれば良いではないか。

 そうなった時にはある程度、能力の詳細も把握し、尚且つ周辺の地理も頭に入っているだろう。

 それがカナタが現在思い描く予想図であった。


 まず二人は五感全てを使い目当ての生物を探そうと、音を立てぬよう森を歩いている。


 いくらミアが強くなったとはいえ、カナタというお荷物を抱え、どれだけ危険な生物が存在するのか分からぬ森を歩く以上、慎重に行動する必要があるからだ。

 この森はカナタの常識に照らし合わせれば、生物の生息数が異常に多く、少し歩けば簡単に哺乳類や爬虫類のような形態の生物に会うことができる。

 その中でも最も多く捕らえている羽豚や、鱗ダチョウ、棘牛などは其れなりに生息数も多く見つけることは難しくないのだが、カナタが初めて出会った二本角の狼などは、案外レアな獣らしく、それほど多く見かけることは無い。

 カナタとしては、馬や狼、鹿などの獣を数体捕らえられれば言うことは無いのだが、少し歩いた所で思いもよらぬ生物と出会すこととなった。


 カナタ達の庭の近くを流れる小川より、下流域。


 支流が混じり合い、川幅が少し広くなった辺りから森に入り暫く進むと、窪んだ大地に湧き水が溜まり出来た大きな泉がある。


 其処は二日前にカナタとミアが見つけた場所。

 何処までも透き通るような水面は深い泉の底や周囲の植物を映し出してエメラルドに輝き、神秘的な雰囲気が漂っており、ある程度見通しも効くため、様々な生物が水を飲みに訪れる場所だ。


 カナタとミアもそうした生物との遭遇を期待し、水分補給がてらやって来たのだが、そこには想像とは違う光景が広がっていた。



「な、なんだよ・・・・アレ・・・・・」


「・・・大きい」


 下半身が泉に浸かるような格好で横たわる巨大な生物。

 カナタの知るどんな陸上生物よりも大きなその巨体から流れ出る夥しい量の血は、透き通っているはずの泉を真っ赤に染めている。


 大きな身体に見合った巨大な翼は片方が千切れたように無くなり、横腹の辺りが何かに噛みちぎられたように大きく抉られている。


 身体は獣のような形をしており、手脚には鋭く長い爪が、そして猛禽類のような顔には鋭く鋭利な嘴が備わっている。


 明らかに何かと闘い、そして敗れた姿。

 だが死して尚、気高さと威厳を失わぬその風貌は、無意識にカナタを震わせた。


 そしてカナタは、その生物の名を知っている。



鷲獅子(グリフォン)・・・・?」



 獅子の体と鷲のような翼を兼ね備えた伝説上の生物。

 それが今、眼前に横たわっているのだ。


 そして、その生物の側には、寄り添うようにして丸くなるカナタほどの大きさの鷲獅子(グリフォン)の姿があった。

 恐らく、横たわる巨大な鷲獅子の子であろう。


 小さな鷲獅子はカナタの声に反応すると、首をあげ、真っ直ぐにカナタ達を見つめる。

 その透き通る金色の目には、恐れや怯えなどは一切感じられず、小さいながらも既に空の王者の風格が見て取れる。

 小さな鷲獅子はカナタ達が動かぬことを確認すると、別れを済ませるようにして横たわる巨体に額を当てて暫く目を閉じ、そして立ち上がる。


 すると小さな鷲獅子は、横たわる巨体の首元を目掛け、突然食らいついたのだ。

 さっきまでの悠然たる行動から一転、親の首元へ食らいつき鋭い爪を立て引き裂こうと荒々しく唸る小さな鷲獅子に、カナタは驚きを隠せない。


「何やってんだ・・・あいつ?

 死んだ親を食おうってのか・・・?」


 確かに自然界において、死んだ家族を食べる動物は多く存在する。

 しかし、あれほど死を悼むような行動をとっていた小さな鷲獅子が、突然取った一見すると正反対の行為に、カナタは言葉を失う。


 するとミアが、小さな鷲獅子を真っ直ぐ見つめたまま、カナタに答える。


「食べてない。・・・殺してる」


 殺してるーーー。それは既に死んでいる生物に対して使うには余りにも違和感のあり過ぎる表現だった。

 幾ら生命力の強い生物であろうと、そんなことは関係ない。

 目の前の鷲獅子はどう見ても、確かに死んでいるのだ。

 カナタは、答えの見えない答えに戸惑いを浮かべる。


「ミアは、あの鷲獅子が死んでないって言いたいのか?」


「ううん・・・死んでる」


 再び、答えの見えない返答が返ってくる。


「つまり、どういうことだよ?」


「・・・むずかしい。・・・動かないようにしてる」


「死んでるけど死んでない・・・・。つまり、あいつは死んでるけど、まだ動く・・・・。

 生き返る・・・生き返るってのはつまり・・・、ゾンビとして蘇るってことか?」


「ぞんび?」


「ゾンビ・・・つまり、死んだまま動く屍、動く死体のことだよ。

 生き返るってのはそういう意味か?」


「ん、そう」


 つまりあの小さな鷲獅子は、自らの親が死して尚、呪縛に囚われ動き続ける屍とならぬよう、誇り高い空の王者として死ねるよう、横たわる自らの親に食らいついているのだ。


「だけど、どうすりゃゾンビとして復活しないように出来るんだ?

 あの巨体を全部食うなんてどう考えても無理だろ・・・!」


「頭を潰すか首を千切ればいい」


 つまり、頭を体から切り離せばしさえすれば、アンデットとして蘇ることを防ぐことが出来る。

 それはカナタと出会う以前より、森の中で生きて来たミアが経験から得た答えだった。

 それを知っているからこそ、小さな鷲獅子は親の首元目掛け食らいつき、爪を立て引き裂こうとしているのだ。


 だが、分厚く鎧のように頑丈な皮膚は、小さな鷲獅子が必死に食らいついた所で、簡単に破れる物ではない。

 それでも皮膚の薄皮を一枚一枚剥がすように、何度も何度も同じ箇所を啄む小さな鷲獅子。


 そして、ようやく分厚い皮膚の一部に穴が開き、皮下にある肉が見えた時だった。


 背後より聞こえる激しく揺れる木々の音に、小さな鷲獅子が反応して振り返る。


 すると森の中から現れたのは、最悪の獣だったーーーー。


 三メートルを超える身長、黒い体毛、三つの目、筋骨隆々な四本の腕。


 そして、右の下側に位置する手には、見覚えのある傷。


 それはまさに、あの時カナタとミアの前に現れた凶悪な獣、そのものであった。


 小さな鷲獅子は立ち上がると、現れた獣を見て全身の羽を逆立てて翼を大きく広げ、明らかな警戒の色を見せる。


 だが、直ぐに落ち着きを取り戻した鷲獅子は、獣から距離を取るように、親の亡骸の側を離れた。

 それが逃走の類でないことはカナタの目から見ても一目瞭然だった。

 その場から立ち去る訳でもなく、小さな鷲獅子は少し距離を取ると、ジッと親の亡骸を見守っていたからだ。

 アンデットとしてこの世を彷徨わなくて済むのであれば、空の王者として死に、自然の摂理の中で最後を迎えられるなら、自ら親の首を食いちぎる必要はない。

 小さな鷲獅子にとって大切なのは、親の誇り。

 それだけであった。


 だが、四つ腕の獣は小さな鷲獅子を見たまま横たわる巨大な肉塊へ近付くと、口角を上げ、醜悪な笑顔を見せたのだ。


 その表情に、カナタは悪寒を覚え、ミアは毛を逆立てるーーーー。


 そして四つ腕の獣は、あろうことか横たわる巨大な鷲獅子の顔を蹴飛ばすと、その頭部を踏み付け始めたのだ。


 それは小さな鷲獅子が体と頭部を切り離そうとしていたのとは、全く別の感情だった。


 普段であれば、絶対に敵わぬであろう空の王者が地に堕ち息耐えている。

 それを好き放題蹴り飛ばし、踏み付けることで、優越感に浸っているのだ。

 四つ腕の獣は、小さな鷲獅子に自らの力を見せ付け挑発するように、何度も何度も、顔を踏み付け笑う。


 王者の子はそれを黙って見過ごせはしなかった。

 親の死を愚弄する醜悪な生物を、決して見過ごすことは出来ない。


 絶対に敵わぬ相手であろうと、誇りを穢す者を許すわけにはいかなかった。

 自らが受け継いだ王者の誇りに掛け、絶対にあの生物を許してはならない。



「キュピィィイイ!!!」



 小さな空の王者は

 有りっ丈の声を上げると、翼を広げ、地を蹴ったーーーーー。


「速いーーー!」


 驚くべき事にその小さな鷲獅子は翼で空を掻き、何と、その四肢で何もない中空を蹴っているのだ。

 カナタの想像を超える速度で四つ腕の獣へ迫る小さな鷲獅子は、前脚の先にある、猛禽類と猛獣を混ぜたような長く鋭い爪を剥き出しにして、四つ腕の獣の三つある目の内、左端の目を標的に決めたーーー。


 四つ腕の獣は、両上側の手で自らに真っ直ぐ向かってくる鷲獅子を掴み取ろうと手を合わせるが、それは空を切ることとなる。


 触れられる直前、空を蹴って軌道を変えることで二つの大きな手を逃れた鷲獅子は旋回しつつ、バランスを崩し前のめりになる四つ腕獣の左眼を抉り取ったーーー。


「ギュガアアアァァーーー!!」


 四つ腕獣は咄嗟に左手で抉り取られた目を押さえると、痛みに耐えかねるように奇声を上げ涎を撒き散らす。

 そして、鷲獅子は抉り取った左眼を握り潰し、再び攻撃を仕掛けようと旋回する。


 だがーーー、地面でのたうち回っている筈の四つ腕の獣の姿が、何処にも見当たらないのだ。

 鷲獅子はその場に止まると、何処かに隠れたであろう獣の姿を探す。

 親の亡骸の影か、森の中かーーー。


 あれだけの巨体が隠れられる場所などそう多くはない。

 亡骸の側に居ないのであれば、森の中へ逃げ帰ったのだろう。

 小さな鷲獅子がそう油断した時だった。


 頭上より凄まじい衝撃が襲いかかるーーー。


 まるで天でも堕ちて来たのかと錯覚するほどの衝撃に襲われた小さな鷲獅子は、身体を硬直させたまま地面に叩きつけられる。


 何が起こったーーー?

 突然起きたこの状況を理解しようと、さっきまで自分がいた上空へと視線を向ける。


 すると其処には、怒り狂う四つ腕獣の姿があったーーー。


 獣は重力に任せ地に降り立つと、硬直したまま動けぬ小さな鷲獅子の翼と首に手を掛け、そしてなんと、翼を噛み千切ったのだ。


「キュピィィイイイイイ!!」


 猛烈な痛みに声を荒げる鷲獅子を投げ捨てた四つ腕の獣は、噛み千切った翼を頬張ると、再び醜悪な笑みを浮かべ、地に伏す小さな鷲獅子の元へ歩みよる。


 迫る四つ腕の獣を真っ直ぐに見つめ、そして自身の最後を覚悟した、まさにその時だった。


 白い長髪の小さな少女が、鷲獅子の前に降り立ったーーーー。


 突然の出来事に、四つ腕の獣は動きを止めて少女を見る。

 どういう理由で、このような小さな生物が自分の邪魔をする?

 この生物はなんだ?何故そこに居られる?


 この森で自分の邪魔を出来る者は多くない。

 そのどれもが見るからに屈強で、目の前の生物とは真逆の存在だ。


 だと言うのに、目の前の少女の何とも堂々とした立ち振る舞いは何だ?


 そういえば、あの白い毛・・・・見覚えがある。


 獣はふと、自らの右手につけられた傷が疼くのを感じた。


 あの猫も確か・・・。


 そして、ミアを見ていた二つの眼の内一つが、離れた場所に立つカナタを捉える。

 黒い毛・・・。

 間違いない、あれは白い子猫といた・・・。


 ならば、この白い毛の小さな生物は、やはりあの時の猫ーーーー。


 まさか、逃げた獲物が自ら戻って来るとは。


 四つ腕の獣は、手の傷の借りを返す好機が突然訪れたことに気付くと、それよりも遥かに重傷である眼球の痛みなど忘れたかのようにニヤける。


 あの様子では、小さな鷲獅子が動けるようになるまでまだ少し時間がかかる。

 仮に動けたところで、片方の翼を失った状態では碌に飛ぶことも出来ないであろう。


 四つ腕の獣は、小さな鷲獅子から視線を戻すと、目の前の小さな生物へ全ての腕を広げ襲いかかった。


 しかし、ミアはそれよりも速く動き始めていた。


 広げられた腕が中心へ向けて動き出したのとほぼ同時、ミアの膝が獣の顔面を捉える。


 小さな生物の小さな攻撃。

 それはまるで弾丸で撃ち抜いたような衝撃で、獣の頭部を後ろへと弾くと、それに引かれるように四つ腕の獣はバランスを崩す。


 何とか倒れる前に体勢を立て直した獣であったが、顔の中心はひしゃげて窪み、鼻が曲がっている。


 地面に落ちた流れる鮮血を見た獣は激昂し、四つの腕を地に着けたーーー。


 油断していたとはいえ、同じ生物に二度傷を付けられることになろうとは、思ってもいなかった。


 獣は驕りを捨て目の前の生物を全力で叩き潰すため、前屈みになり、そしてーーーー両足と腕の六本で、地面を踏み切ったーーーー。


 消えたかと錯覚するほどの速度にて、一瞬でミアへ詰め寄った獣は、四本の掌を重ね合わせ指を絡ませると、それを頭上に振り上げ、全力で振り下ろす。


 四つの腕から生み出される途轍もない衝撃は地を割り、波となって泉に波紋を広げ、離れた場所にいるカナタにまで揺れが伝わる。

 ほんの一瞬の出来事にカナタは言葉を発する間も無く、ただミアのいる場所へ視線を送った。


 すると既にその場に姿は無く、四つ腕獣の頭上にて、しなやかに宙返りするミアの姿を確認したカナタはホッとひと息ついた。

 何せ、攻撃を躱すだけでなく、それと同時に収納していた猫のような鋭い爪を剥き出しにして、四つ腕獣の右眼を斬りつけるおまけ付きなのだから。


 あれだけの速度で攻撃されようと、まだ余裕を持って対処出来ている証拠といえるだろう。

 それを証明するように、次々と怒りに任せ繰り出される四つ腕の攻撃を悠々と躱し、腕を、顔を、斬りつけ、少しずつダメージを与えるミア。

 しかし、決して最後に残った眼を攻撃しようとはしなかった。

 最期の瞬間まで、自分の犯した愚行をその眼で見て悔いろと言わんばかりに、ミアは攻撃の手を緩めようとはしない。


「すげぇな・・・。進化する前と後でこうまで違うのか・・・。

 だが体格差があり過ぎる。爪での攻撃じゃ決定打に欠けるみたいだ」


 その痛みや恐怖により、少しずつ動きを鈍く、そして単調なものにしている四つ腕の獣ではあるが、確かにこのまま攻撃を続けていても、命を刈り取るまでには相当の時間を要するだろう。


 ミアは傷付き震える獣の膝の裏辺りへ衝撃を与えて膝まづかせると、天に掌を翳し、呟くように言った。



「ーーーーーー天雷(あまる)



 直後、進化したミアに発現した新たな力。

 白く発光する巨大な雷が、四つ腕の獣目掛け、落とされたーーーー。



 最後に一つ目残された眼に映る白い雷。

 それを確認した後では避けようのない、雷速にて、標的へと降り注ぐ。


 森に轟く雷鳴は大気を震わせ、周囲に凄まじい衝撃波を生み出し、白く発光する雷は、内蔵する凄まじいエネルギーを以って、四つ腕の獣を炭化させ、それを中心とした大地を黒く焦げ付かせたーーーー。






 *********






 カナタとミアは、傷付いた小さな鷲獅子(グリフォン)と共に燃え盛る炎を眺めていた。




 ーーーー失った翼をカナタの能力で戻してやれないだろうか?

 カナタは最初に、既に死んだ親の鷲獅子を食べることを考えたが、漂い始めている腐敗臭などから鷲獅子は死んでから其れなりに時間が経過しているように見受けられる。

 そしてなにより、鷲獅子の力を鷲獅子に植え付けることなど出来るのだろうか?

 答えは分からないままではあるが、カナタは鷲獅子の肉を喰らうことはしなかった。


 横たわる空の王者を見て、ただ畏敬の念を感じていたのだ。

 それ程に、横たわる巨大な空の王者の姿は、気高く、美しく、尊いものであった。


 その思いが伝わったのかどうかは定かでないが、横たわる巨大な鷲獅子を慰るようなカナタとミアの所作を、小さな鷲獅子は透き通る金色の瞳で、ただ真っ直ぐに見つめていたのであったーーーー。


 ミアの白く発光する雷を熱源にしてカナタの組んだ木々を燃やし、巨大な鷲獅子の火葬が始まる。


 炎が燃え盛る中、ジッとそれを見つめ続ける小さな鷲獅子の横に立ったミアが言った。


「がんばった。りっぱ」


 小さな鷲獅子は、この瞬間のみ燃え盛る炎から視線を外し、ミアの紫紺の瞳を真っ直ぐに見つめると、小さく鳴いた。


「キュピィイ」


 そしてその火が消える最期の瞬間まで、一度たりとも動くことも視線を外すこともせず、ただただ、見送るように炎を見つめ続けていたーーーー。















 この日の夜ーーーー。


 月夜に照らされ怪しく光る、鷲獅子の血により紅く染まった泉のほとり。


 其処に、一人の少年が佇んでいた。


 朝になり少年の姿が消えた頃、泉は透き通るいつもの美しい姿を取り戻していたーーーー。


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