三、安全地帯
腕の四本ある強力な獣から逃げ延びてから、一週間。
カナタは、ミアが仕留めた大きな棘を背中から逆立てた牛のような獣を簡易的な木の柵の張り巡らされた庭の中で焼いている。
三日ほど前ーーーー。
カナタはある決断を下していた。
抜けられそうもない森で、目的地も無いまま無闇に動き続けるより、確りと拠点を築き、そこを中心に行動するべきなのではないか?ーーーと。
彷徨えば遭難、定着すれば住人。
拠点さえあれば、その周辺は自然と見知らぬ土地ではなくなる。
ただし、この森には、ミアも敵わない危険な獣が棲息している。
住処を設けるのであれば、選択肢は二つに一つ。
頑強な防御力を持った住居を建設するか、外敵に見つからぬ場所に住居を建設するか。
カナタは即座に後者を選択した。
自然界の動物の多くが後者を選択しているように、その方が圧倒的に少ない労力で住処を作ることが可能だからだ。
どれだけ強い生物が存在するのかも分からぬ以上、隠れるというのが、最も合理的な生存方法であろう。
生きて行くために必要なのは、家と、食料と水。
水は小川が、食料は狼の力やミアの力があれば何とかなる。
問題は住処だ。
当初は崖や岩の内部を掘り進み、少しずつ住居を拡大する計画を立てていたカナタだったが、やはりそのような大工事をするには途轍もないエネルギーを使うことになる。
能力を使って気絶して、そんなことを繰り返し続けて生きて行けるほど、この場所は甘くない。
隠れ易く、襲われても逃げやすく、建設も容易であること。
カナタとミアは、そんな場所を探し歩く中で、ある特別な場所を発見したのだ。
それは、一本の大樹。
カナタがこの森で見たどんな樹よりも太く大きいそれは、枝垂れ桜のように枝を大きく広げ、緑の葉をぶら下げ聳えていた。
何とも神秘的な雰囲気を纏っていたその大樹を見上げ、暫く佇んでいたカナタとミアは、とあることに気がつく。
時折、姿を見せる森の獣達が、どういう理由か、大樹の側に近寄ろうとしないのだ。
その範囲は、大樹が広げる枝の広さとほぼ同等。
カナタとミアは、そのことに気がつくと、近くに簡易な隠れ家を築き暫く観察を続けた。
するとどうだろう、思った通り狼も猿も牛も豚も鳥も、そしてなんと、腕が四本あるあの凶悪な獣でさえも、大樹には近寄ろうとしなかったのだ。
それも、何となく避けているというレベルではなく、絶対に踏み入りたくはない、と言った様子でだ。
それは、四本腕の獣に追い掛けられる牛のような獣が大樹の近くに差し掛かったときだった。
目の前には大樹、背後にはあの獣。
牛型の獣は必死に逃げる内、大樹の枝の範囲に踏み込んでしまったのだ。
その瞬間だった。
牛型の獣は、背後から迫る四つ腕の獣の存在など忘れたかのように急ブレーキを踏み、後ろへと飛び退いたのだ。
獲物を追い掛けていた四つ腕の獣にしても、牛が大樹の範囲へ踏み込んだ瞬間、追いかけることはせず、範囲の外に留まっていた。
つまり、大樹の中にカナタ達が居ようと、獣達は踏み込んでは来ない。
そして牛の様子から考えても、障壁のようなものがあり物理的に入れない訳ではなく、入ったからといって、何かが起こる訳でもない。
獣達が踏み込まない理由は分からぬままだが、カナタとミアは何の抵抗もなく其処へ踏み込むことが出来たのだから、住処を作らぬ手は無い。
水場も近くにあり、土地は平坦。
養分を大樹が吸い上げているのか、他の場所のように建築に邪魔な植物は無く、生えているのは小さな草花くらいのものだ。
カナタはまず、大樹の周囲に大凡、等間隔になるよう木の枝を突き刺し、獣達の入れぬ領域を可視化すると、大樹の根元に小さな小屋の建設を開始した。
獣に襲われる心配が無い以上、気絶することなど恐れる必要もない。
能力を遺憾無く発揮して小屋の建設を進め、ミアは大樹の側を通る獲物を狩り、安全地帯へ持ち帰る。
この三日間で、カナタ達の生活はかなり安定した物に変わっていた。
そして現在、大樹周辺の安全地帯、カナタ達の庭では、ミアが仕留めた牛のような獣が焼き上がり、完成したばかりの小屋の前、広々とした庭にて祝賀会を兼ねた昼食が始まろうとしている。
「今日はご馳走だな。本当に色々と助かったよ、ミア。
沢山作ったからお腹いっぱい食べてくれ!」
「ミャー!」
獲物を仕留めるだけでは無く、ミアの電撃があれば火を起こすことも容易。
また少し体が大きくなったミアは力も強くなり、カナタが木を変形させて作った桶に一杯の水を汲んで持ち帰ることも、建築に必要な木や石を運ぶ事も出来るようになっていた。
ミアの力と成長が無ければ、雨風をしのげる小屋の完成など夢のまた夢であっただろう。
カナタは、一部屋だけしか無い小さな小屋を眺め、シミジミとコレまでの苦労を思い返していた。
「小さな小屋だけど二人で寝るだけだし、壁や屋根も十分に補強してあるから、ちょっとやそっとじゃ崩れたりはしない。
俺は造形美には拘りのある方なんだが、取り敢えず今は機能面が第一だしな。
他にも絶対に作りたいもんがあるんだが、それも取り敢えずは後回しだなぁ」
小屋の内部の広さは十畳ほど。
カナタはそう言っているが、壁や屋根は石造りに仕上げられており、能力を使って変形させただけはあって、壁の質感はただ石を積んだだけでも、ただ滑らかなだけでもない、豪邸に使われていそうな、計算された凹凸のある高級感ある仕上がりになっている。
太陽光を取り入れる為に窓も設置され、窓枠には半透明の水晶のような鉱石を変形させて作ったガラスがハメられている。
尚且つ雨などで水が室内に流れ込まぬよう、床は高くなるように設計され、玄関戸の下には石造りの階段まで設けられているのだから、仮の住居としては中々のものであろう。
小屋自体は大きくないが、カナタの言う通り、ミアと共に眠るだけの小屋に、これ以上の広さを求めるのは無駄というものである。
それよりも、今のカナタには、早急に進めなければならぬ問題があった。
どれだけ少なく見積もっても学校のグラウンド以上はある庭の片隅、其処には太い木で作られた檻が設けられている。
その檻の中には現在、羽の生えた豚が三頭捕らえられていた。
非常食と言えば非常食。
だが、この獣達はカナタの能力研究の為に捕らえた、謂わば実験台であった。
残酷な実験かも知れない。だが、カナタはこの実験を、この森で生き抜くためには欠かせぬ物だと自らに言い聞かせ、実験を断行した。
そして、結果は全て仮定に過ぎないものの、いくつか分かったことがある。
まず、何故この羽豚達はこの庭の中に入り、柵の中で落ち着いているのか。
それは、カナタによって一度は姿を変えられた生物達だからだ。
理由は分からぬままだが、カナタの能力によって姿を変えられた獣は、この庭の中に立ち入ることを嫌がらなくなる。
当初は捕らえ易い羽豚を庭の外で捕らえ実験を始めたのだが、姿を変えた羽豚が抵抗なく庭に入るのを見たカナタは、別の個体でも同じことを試し、この結論に至っていた。
何とも不思議なことであるが、事実としてカナタの力が及んだ生物は、この庭に立ち入る事が可能なのだ。
そして、捕らえた羽豚を使いこの三日間で分かったことがいくつかある。
例えば、カナタが食べたことも見たこともない生物、例えばドラゴンの姿を想像し、羽豚に触れて力を込めれば、羽豚の姿に変化は現れるのか?
答えは、否だ。
カナタは物質の形を変える能力と、生物の形を変える能力を同じ力だと仮定している。
だが、石ではドラゴンの石像を作れるにも関わらず、生物においてはそれが出来ない。
やはり、生物の形を変えるのにはそれ相応の条件が必要なのだ。
他にも方法があるのかも知れないが、現時点で判明している条件とは、カナタが食べたことのある生物であること。
では、どのくらい食べれば良いのか?
例えば、鱗ダチョウの鱗を一枚飲み込んだだけで、他の生物に鱗ダチョウの特徴を発現させられるのか?
答えは、否だ。
最低のラインは未だに分からないが、少なくとも、他の生物に特徴を発現させるには、其れなりの量を食べる必要がある。
そして恐らく、強い生物の肉ほど、必要な肉の量は多くなる。
次に、鱗ダチョウを食べる際、それはどれだけ時間を置いた状態の肉でも、他の生物に力を発現させるに至るのか?
例えば、人里を見つけ、酒場などで調理された鱗ダチョウの肉を初めて食べたとすれば、それだけで羽豚に鱗ダチョウの特徴を発現させられるのか?
答えは、否だ。
別に酒場で調理されることがいけない訳では無く、少なくとも死後半日以上経過した肉は、食べても意味の無いことが判明している。
次に、カナタが必要な量の肉を食べていたとして、どんな生物の力でも発現させることが可能なのか?
例えば、四本腕の獣。
カナタはミアが噛み千切ったあの獣の肉を確かに食べた。
だが、その力を使うことは出来ていない。
肉を噛み千切ってから食べるまでの時間が遅かったのか、肉の量が足りなかったのか、あの獣が死んでいないからか、カナタにあの獣の力を使うだけの能力がないからか。
考えられる理由があり過ぎてハッキリとはしないが、カナタとしては、強さや相性によって、使える力とそうでない力があるのではーーーと考えている。
そして、現在絶賛実験中なのが次の問題だ。
力を植え付けられた生物から、力を抜き取らなければどうなるのか?
カナタはミアに現れた狼の特徴を、自らの力で消し去った。
では、あのまま狼の特徴を放置していたらどうなっていたのか?
普通に考えれば、カナタがいつまでも狼の力を発現させておけないように、ミアの魔力のような力が無くなれば、狼の力も消える、と想像出来る。
実際にカナタもそう考えていたのだが、この三日間の実験で、事情が変わったのだ。
捕らえた羽豚のうち一際大きな体を持った個体に、狼の特徴を発現させて暫く放置していたのだが、何と昨日、目覚めて檻を見に行くと、その羽豚の姿が大きく変化していたのだ。
羽豚に元々発現させていたのは、狼の牙と爪の部分のみだった。
しかし、変化を見せた羽豚は、体が更に大きくなり、狼のような体毛を生やしていたのだ。
羽豚の面影と言えば、潰れたような鼻と、背中にある使えもしない羽くらいのものである。
それは明らかに、変化では無く、進化と呼べるものだった。
何せ、同時に捕らえていた羽豚五頭が、進化した羽豚によって、全滅させられていたのだから。
狼の力を取り入れ、凶暴性と強さを増した羽豚が誕生したのである。
そしてなんと、この進化した羽豚からは、カナタがどれだけ念じようとも狼の特徴を取り去ることな出来なかった。
つまりこの羽豚は、取り入れた狼の力と完全に融合し、新たな生物として生まれ変わったのだ。
進化した羽豚に殺された実験台を補填する為に、ミアの力を借りて新たに三頭の羽豚を捕らえたカナタは、昨夜から其々に別の生物の特徴を発現させ、放置してある。
だが、どの個体も元の羽豚の姿に戻ってしまっていた。
今回は、進化に至る個体は現れなかったようだ。
やはり、力を使ったり融合したりするには、相性や個体の強さなどが関係していると思われる。
そしてもう一つ、カナタは今回の実験で非常に興味深い結果を得ていた。
狼と融合して進化した羽豚だが、凶暴すぎて他の実験台を殺してしまう為、昨晩の夕飯になることになった。
いつもの様に火を通して、食らいついた時、カナタは異変に気が付いた。
ーーーー味が全く違う。
別の生物なのだから当然と言えば当然なのだが、食材として優秀な普通の羽豚と、進化した羽豚とでは、肉の味に雲泥の差があったのだ。
進化した羽豚は肉の風味も変わり、脂身が少なく、筋も多くて食べ難い、そんな肉に変わり果てていた。
つまりこの能力を使えば、強い生物を生み出せるだけでなく、味の良い肉を持った生物を創り出すことも可能なのではないだろうか?
所謂、品種改良を繰り返し行うことで、元の世界で食べていた、和牛にも負けないような肉を食べられるようになるのでは・・・・・。
カナタには、この異世界サバイバルにおいて達成すべき、新たなる目標が誕生していた。
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石造りの小屋の中、木とツルで作られたベットの上で、射し込む朝日により、カナタは目を覚ました。
柔らかい布団などがあるわけではないが、森の地面で寝ていたカナタにとって、このベットの寝心地は決して悪いものではない。
目を覚ますなり、カナタは今日行う実験のことを考えていた。
「(味のいい肉を作るなら、とりあえず美味い肉を持つもの同士を掛け合わせる必要がある。
今のところ美味い肉っていえば羽豚と棘牛、鱗ダチョウとかだよな・・・。
豚と牛と鳥・・・・。どこでも大体美味い物は似てんのか?
まあそれはいいか。
今日は、三匹の羽豚の内、一匹には棘牛、もう一匹には鱗ダチョウ、そんで最後の一匹には、まだ試してない実験をしよう。
果たして、羽豚には棘牛と鱗ダチョウの力を同時に植えつけられるのか?
俺の体では出来たんだし、可能性は十分ある。
植えつけられたとして、二つの力を宿した羽豚は進化することが可能なのか?
このあたりも知っときたい。取り敢えず、一番大きくて強そうな個体で試してみよう。
それとまだいくつか、知っておきたいことがあるな・・・・。
仮に羽豚と棘牛の力が融合したとしてだ、新たに誕生したその生物には、繁殖能力があるのか?
俺の知る限り、そういった生物には大抵、生殖能力はない筈だ。
あれば良し、ないのならば、美味い肉を安定して生産するには別の方法を考える必要がある。
例えば羽豚と棘牛の融合が成功し、新たな生物が生まれたとする。
仮にその生物の名前を豚牛とでもしとこうか。
俺が豚牛を食って、豚牛の力を別の生物に植えつけたとき、どうなる?
豚牛の能力が宿ると考えるのが自然に思えるが、俺の力で進化した生物の力を、更に別の生物に移すことなど可能なのか?
ここまで知ろうとすると、かなり根気強い実験が必要そうだな・・・・。
だけどもしこれが可能なら、豚牛の力を片っ端から羽豚に植え付けていけば、其れなりに豚牛に近い生物が誕生する筈だし、その豚牛に近い羽豚には生殖能力が宿る可能性もある。豚牛よりも元の羽豚に近い存在になるわけだしな。
んー、やっぱ羽豚がもう少し欲しいな。
ミアに頼んで、もう少し捕まえて来てもらおう。
だいぶ体も大きくなって戦闘意欲が増してるっぽいから、羽豚狩りじゃ退屈かもしんないけど、暫く耐えてもらおう。
あぁぁ、それはそうと、ミアの毛はいつ触っても気持ちいいな。
サラサラふわふわで、この滑らかな指通り・・・。あぁぁたまらん。
ん?ーーーーというか、ミアの毛ってこんなに長かったか?
そういやミアのやつ、昨日もまた少し大きくなってたよな・・・?
この毛といい、大きさといい、この異常な成長速度はどうなってんだ?
初めて会った時なんて本当に子猫サイズだったのに、今じゃチーターくらいはあるだろ。
もしかして今日はライオンくらいにーーーーーーーーーーーーーー?)」
カナタは実験についての考えがある程度纏まったところで、自身の首元に伸びて来ていた長く白い毛にに手櫛を通した。
毎朝恒例のモフモフタイムにありつこうと、そして今日のミアの成長度合いを確かめてやろうと、体を反転させた時、カナタの目に、予想だにしない光景が飛び込んで来た。
白く長い髪、二本の長く細い尻尾。
其処には、見たことも無い少女の姿があったのだ。
「だっ、誰!?!!!!!!!!!?!!???」