◎深爪のデイビット
その日、デイビット・カルーロイは不機嫌だった。
この社交シーズンで決まって囁かれる言葉、『カールロイ子爵は運がなかった』と。
現レイン領は本来、現カルーロイ子爵の伯父のレイブン侯爵の領地だった。レイブン侯爵は沢山の妻がいたが、子は娘ばかりで、将来的にカルーロイ家から養子に迎え入れる予定であった。しかし、『死神』のせいでレイブン領の人間は消えた。そして、何故か『死神』は辺境伯の階級が与えられ、レイブン侯爵家の領地は『死神』のものとなった。本来であれば、父であるカルーロイ子爵があの領地を治めていて、ゆくゆくは俺様が…。
「デイビット様、また爪を噛んでらっしゃいますよ。」
執事のフレッドが俺様に癖を指摘した。
「…チッ、お前まで俺を馬鹿にするのか。」
「滅相もございません。しかし、折角美しい手に傷が。」
「そうだったな、お前はそういうやつだったな、フレッド。」
フレッドは俺様の美しさに惚れ、わざわざ貴族の身分を捨て執事となった変人だ。まぁ、貴族といっても田舎の貧乏男爵だが。
男爵で思い出した。男爵の身分で例の『死神』のおこぼれに与っているやつがいるらしい。シュミット男爵家だ。本来であれば俺様の領地なのに、シュミット男爵が『死神』の代理で領地を管理しているという。何故、わざわざ、不気味な魔術を使うシュミットの一族が。
ガリガリと噛みすぎて深爪となった親指から血の味がした。
そのとき、急に馬車が止まった。
「突然なんだ?魔物か?」
フレッドが御者に尋ねた。
「雇った冒険者が、遠くから首の無い馬車が走ってくるとの報告がありまして。」
不安症のフレッドが雇った偵察の能力を持つ冒険者による指示だったようだ。
「こんな真昼間にデュラハンなんか出るのか?」
「さすが、『死神』領が近いだけあるな。」
冒険者と御者の話し声が聞こえてきたが、それは違う。
「シュミット男爵家の人間だ。フレッド、俺様は馬車を降りるぞ。」
「デイビット様、何を?」
「何をだって?少し、憂さを晴らしにいくだけだ。」