[閑話]愚かな一族 その1
私は、今まで現実に向き合わないようにしてきた。面倒ごとに少しでも関わりたくなかった。しかし、もう何もかも遅い。紙切れを持った左手を強く握りしめると、私は部屋でくつろぐ妻を訪ねた。
「貴方がここに訪ねて来るなんて珍しいですわね。何かございましたか?」
ツンと刺激的な香を纏わせ派手なドレスで着飾った妻は私を冷めた目でそう言った。私たち夫婦に愛などない。
そもそも飢饉で貧しくなった我が領を助ける代わりの条件で、先代のレイブン侯爵の提案で私は出来損ないの末娘と言われていた彼女の婚約者となった。後に両親は《不慮の事故》で亡くなり、当時9歳だった私はまだ幼いという理由で家のことには一切関わらせてもらえず、気づけばレイブン家の都合のいい傀儡と化していたのはいうまでもなかった。カルーロイ当主なんて肩書きだけ、私はレイブン家のおもちゃでしかなかった。
だから、あの事件の時、レイブン領が呪われ滅んだときいた瞬間はやっと解放されたと心の内では喜んでいた。しかし、レイブン領跡地の所有権を巡る争いに、なんの教養もない妻が大手を振って乱入したのは想定外で、血の気が引いた思いをしたのを今でも鮮明に思い出せる。普段贅を満喫するのに忙しいはずの彼女のことだから誰かに唆されて動いたのだろうが、私としては大変迷惑であった。そのため、私は早急に意志を固め、様々な手を使いレイブン領の一切のことから関わりを断ち、以後権利等の争いには関与しないと王には申し入れ、それに関わる権利を国に返還、妻には領内が一番心地がいいようにわざと仕向け、外のことには目を向けないようにした。あまりおつむの良くない妻は、私の手のひらの上のダンスパーティをえらく気に入ってくれたのか、しばらくは平和な日々が続いた。
けれど、最近になり、息子が変な知識を帝都で手に入れてしまったせいか、妻がまたレイブンの遺産がどうこう言い始めてしまった。息子のデイビットはレイブンの血を濃く持つ、顔は整ったきれいであるが中身は欲深くプライドの高い、ほんと、妻そっくりの子供だった。そんな彼を妻はとても可愛がっていた。
「今日、ようやく報告が届いてな。何のことか、君はわかっているのではないか?」
「報告?何のことかしら。」
「とぼけても無駄だ。私は息子が何かしでかしやしないかずっと監視をつけていた。その報告を随時してもらうよう送ってもらっていたが、一向にこちらには届かなくてね。」
「まぁ、デイビットに監視だなんて。フレッドという優秀な側近もいるにも関わらず、息子を信用していないなんて。あの子はもう立派に成人しているのですのよ。」
「アレが立派?笑わせるな。それにフレッドとかいう胡散臭いあの青年、私は認めた覚えはないが。いや、私はそんなことを言いに来たのではない。やっと来た監視からの報告が、デイビットがシュミット領でお世話になっているというものだった。どういう事かわかるか?」
「シュミット領に?別にあそこにあの子たちが行っていたって構わないんじゃないかしら?若いのだし、いろんなところを観光していたって変ではないでしょう?」
妻はツンとした反応で、全く理解していなかった。
「異文化を理解しようとしない、差別的なあいつらがシュミット領に寄るなんて、何か変な事を企んでいたからとしか考えられないんだが………、まぁ、もう何もかも後の祭りなんだがな。」
「後の祭り?どういうことかしら?」
「あいつらはレイン領に侵入しようとして呪われたらしい。シュミットの人間が呪いを解こうと手を尽くしたらしいが、ダメだったそうだ。」
妻は一瞬で顔色が真っ青になった。




